僕は煙草を吸います。今も吸いながら書いています。
キツイのが好きで普段は両切りのゴールデンバット。キャメル、マルボロ、ガラム、ゴロワーズ、葉巻でもOK。
ポイ捨ても散々やってきました。今でもたまに。でも両切りを吸っているときはほとんど罪悪感はないです。(フィルター付きは捨てません)なんでかと言うとあっという間に粉々になって痕跡が無くなってしまうから。ほとんどアスファルト道路の脇に堆積している微量の泥や埃みたくなってしまいます。だから自分の家の庭(と言えるほどの広さはありませんが)でも捨てます。すぐに土と馴染んで後は勝手に分解されます。
それに街を綺麗にすることには大して関心がありません。街から出る他のゴミや排気ガスと較べちゃうと大嘘つきになってしまうのでやりませんが、それを抜きにしても綺麗な街って嘘臭いです。もちろんほんとに綺麗な街というのはあると思うし、そんな街なら僕だって綺麗な街の方がいい。でもそれは本来綺麗でいられるような構造(社会、経済、技術、文化)を持っているから綺麗なのであって、そうでない街はいっそもっと汚くなって着飾るのをやめた方がいくらか魅力的だぐらいに思ってしまうのです。これがかなり暴力的だというのはよくわかってますが、一面としてはシンプルな事実です。そしてこれぐらいシンプルな見方も持っていないとウンザリして胃に穴が開いちゃいます(これはたまに捨ててしまう理由として書いてるわけではないですよ。そっちの理由は灰皿を忘れたり、面倒臭くなってというのがほとんどです)。
これは煙草を吸うことにも言えます。この場合街は自分の体です。どう考えたってまともな生活なんてしていません。街を綺麗にするような行為、例えば健康診断を受けるとかビタミン剤を飲むとかいうことは全くやってませんが、この体は充分街と張り合える汚くて不健全な体だと思います。一部だけ酷使して後は弛みっぱなしだし、文明の利器がなかったら大したことが出来ないし、すぐにバカな無理をするし、その上煙草まで吸ってるわけです。でもここで健康のことを考えようとしているわけではありません。僕がいいたいのはその手前のことです。煙草だけじゃなく全ての総体としてこの不健全はあってそれを自分でわかった方がいいということです。しかも僕は不健全を否定的な意味で使っているわけではありません。そんなもんイイもワルいもないです。体が弱っちいから不健全と言ったまでで、それが原寸大の今なのです。
僕が唯一煙草について駄目だと思うのは、自分が煙草を美味しく吸うための努力を怠っていることです。どうせ吸うんだったらこの努力をするべきだと思っているんですが、どうも負けが込んでいます。


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