髪の毛を切りました。
切って貰ったんですけど、人の髪も切ったりします。これが面白いんです。
最初はどうやって切ったら自分の思い通りになるのかサッパリわかりませんでした。これでも一応モノを作る人間としては髪の毛ぐらい切れるぜ、とか思っていたんですが、とんでもない。髪の流れ、髪質、ボリュームの作り方、減らし方、髪の生え方や頭の形、作ろうとしている髪型とその人の顔との関係など、あらためてこれらのことを観察して、考えなくてはなりませんでした。
こんな時にいつも感じるのは、知っていると思っているものでも、いかに自分が何も見てなかったかということです。
髪の毛なんて何度も絵に描いているし、そのために見たり触ったりもしているし、たとえ絵なんて描いていなくても、誰もが良く見て気にしたりもしているものです。それなのにこの有様なのです。バイクを作ったときもそうだったし、このサイトを作ったときもそうでした。
今だって自分が知っていると思いこんでいて目も向けないようなことに、いかに自分の知らないことが隠れているかを思うと、もっと謙虚で敏感に生きたいとほんとに思います。だって自分が経験した事なんてそうでないことに較べたらどれだけちょびっとか想像もできません。
ただ、こんな事言ってますが、密かに、そして頑なに思っていることもあります。それは「人は全てをあらかじめ知っている」ということです。「人は」というところはほんとは無い方がいい。ひねくれた言い換えをすると「人以外のものは全てをあらかじめ知っている」というのが正しいのかも知れません。人だけがその事実を感じないように生きている。でも人である以前の所では全部感じているような気がしてならないんです。
隣に座った女の子の全ての髪の毛一本一本と、おそろしく高い空の全体と、横たわる川の水の総量と、そこに生きている一匹一匹の生物の全てと、無数の植物が生長していく様に、一瞬のうちに同化して全てを同時に感じるような感覚に、強い憧れと近いのか遠いのかもわからない深い懐かしさを感じます。


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