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20020729: 魔法の瞬間

小学校の4年生ぐらいの時、僕は自転車屋さんの前を歩いていました。自転車屋さんには最新型のサイクリング車(この当時はこの呼び名が主流)が並べてあって、もちろん新しい自転車は欲しいのだけれど、買って貰えるあてもない僕はそのまま通り過ぎようとしました。

ところがその日はやけに天気が良かったせいか、アルミや鉄の部品がやけに輝いて見えて、気がつくと僕は覗き込むようにして一つ一つの部品の造形や、ネジの頭や、魅力的なワイヤーの取り回しや、複雑なギヤチェンジなんかに見とれていました。すると今まで平面的に見ていた自転車が、おそろしく魅力的な立体物に変化していくのが自分でもよくわかりました。そしてそれと同時に強力な喜びがこみ上げてきてワクワクが止まらなくなってしまいました。恋に落ちちゃったんですね。いくら見ていても飽きないし、どんなに良く見ても新しい発見があるし、見れば見るほど深みにハマっていってしまいます。そして一、二時間ぐらい眺め回したあげく、僕は家に帰って自転車の絵を描いたのでした。
それから自転車屋さん通いやカタログ集めの日々が始まったのはいうまでもありません。

何かを好きになるときには、必ずこういう「魔法の瞬間」があるような気がします。その対象が人であれ、ものであれ、生き物であれ、この瞬間に経験されている「なにげないものがかけがのないものに変化する」リアリティは同じものだと思えます。この瞬間によって意味のないものが「唯一のもの」になるのです。

でも赤ちゃんとか見てると、こんな時間ばっかり生きているような気がします。何が言いたいのかというと、この「魔法の瞬間」こそが認識のベースなのではないかと思うんです。これのないところでは言葉も言葉として機能しないかも知れないし、感情でさえ生まれないかもしれない。そしてこうして考えてみると、自分が普段、いかに死んだ言葉や死んだ感情で日々の生活を送っているかに愕然とするのです。

「いのち短し恋せよ自分」

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