「久しぶりー」
「おう、久しぶりー。元気だったぁ?最近俺サイトを作ってんだよぉ、見てみて」
「へぇ、凄いじゃん、全部自分でやってんの?」
「そうだよ、かなり本気で面白いこと出来ないかと思ってんだよね」
「へぇ、ところで最近何やってる?」
「え?だからサイトを作ってるんだよ」
「だからそうじゃなくてなんかやってないの?」
「だからやってるってば.........」
「ふ?ん.........」
どうもこの人にはウェブサイトでなんかやるということは、「何かやる」の内には入らないらしい。たぶんこの人的には「表現じゃない」ということなんだろうと思う。その気持ちは分からないでもない。要するにウェブサイトなんてものは宣伝か商売か意味のないコミュニケーションの場であって、そこで直接創造的な仕事をするような対象ではないと思っているのだろう。絵や映画や漫画や小説とは違います、というわけだ。
確かに[ru]は現状では宣伝や商売がメインになってるけど、それにしてもそこからはみ出している部分だって、今でも自分ではあると思っているし、それに世界中のサイト全体の状況を見渡してみれば、表現の場としての可能性なんてプンプンしていると思うのだけど、どうもそう思ってない人がたくさんいるらしい。
僕がウェブサイトで面白いと思うことの一つは中身と入れ物の距離が凄く近い点だ。小説なら文章にたいして本という形があり、それが流通業者によって運ばれ本屋に並ぶ、そこでお金と交換され最終的な入れ物である読者の部屋へと運ばれる。他のメディアも、例え一枚限りの絵であっても、それなりに面倒な手順を踏まないと最終的な入れ物に届くことはない。ところがサイトは出来たとたんに最終出力に持っていくことが出来る。
問題はそれが個人のモニターという媒体で出力されるために、解像度やデータ量に対して制限があるということだが、そんな欠点を補ってあまりある魅力がここにはあると思う。まだ自分自身が模索状態なのに、理解を求める方が無理があるのかもしれないけどね。


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