October 2002Archive

ファッション雑誌を見ていて思ったのだけれど、今のファッションって奇形性を個別性に変換するような試みをやっているような気がした。そんで、これは自分的にはとってもいいことだと思う。

ただここで間違えて欲しくないのは演出された奇形性は逆に個別性への変換にならずに「新しい奇形」という記号を作り出すのにすぎないということだ。それはグループ化であり新しい差別であり依存の温床でもある。でもいくらデザイナーが頑張ったところで一般化したときにはこのような「新しい奇形」に堕してしまうんだろうけどね。

まあ、そういうつまらない話はおいといて面白いのはまずモデルの傾向だ。モデルなんてその体型からして奇形に近い人たちが多いけど、それどころじゃなくてこのモデルに着せなかったらこのインパクトは出ないだろうってぐらい、異端な感じのするモデルが多いのだ。そこへ持ってきてこのところの傾向は割とディスコンストラクション(脱構築、既にある秩序なりルールなりを一度解体するような行為。アシンメントリーだったりコラージュ的だったり)なデザインが持ってこられるから、なおさらモデルの奇形性(と言うか個別性)が強調されるのだ。

これってちょっと深読みすると現代がいかに「見た目コンプレックス」に悩んでいる人が多いかの裏返しって気もする。だから意味があるのだ。「自分は美しくない」「充分は特殊だ」という思いがどれだけその人の人生を台無しにしてることか。そんな時代には「演出以前のより特殊な外観」つまり「奇形性」が一人一人の「個別性」を当たり前のものとして回復するためにとっても重要な役割を果たし得るんだという気がする。

小学校6年生の時、将来の夢は漫画家になることだと卒業文集に書いた。でもそれは半分嘘だ。漫画家は友達の間で最もウケがよく、羨ましがられそうだという打算が働いていたのだ。別にマンガが嫌いなわけではないのだが、子供心にもあの省略された絵が好きになれなかったのだ。

その頃のスーパースターといえば「川崎のぼる」と「ちばてつや」だ。巨人の星と明日のジョー。カッコいいのはちばてつやでちゃんとしているのは川崎のぼる、というのが僕の感じたことだった。なぜ川崎のぼるがちゃんとしているかといえば、目の輪郭線がほぼ閉じている。指の関節のしわが必ず描かれているからだ。これは僕にとって凄く大事なことだった。目という半熟卵みたいなものと皮膚という肉を境界が曖昧に描くということが許せなかったのだ。だけどちばてつやの絵はどう見ても川崎のぼるの絵よりもカッコいい。このジレンマにどれだけ苦しんだことか。

結局この気持ちが解消されるためには鳥山明や大友克洋の登場を待たなければならなかった。その時にはもう高校生にもなろうという頃だ。今だったら寺田克也や田中達之や森本晃司がいて今のガキは幸せだなぁと思う。

しかし僕がガキの頃って、リッチなグラフィックがほんとに少なかった気がする。印象派の絵なんてさっきの例で言えばちばてつやみたいなものだからなんか許せない。そうなるといきなりルネッサンスぐらいまで(子供の情報源なんて限られてるし)遡ってしまう。でも古すぎてモチーフに親近感が持てないからなんかつまらない(ダ・ヴィンチのデッサンだけは例外だった)。絵本なんてほとんど問題外(ひとまねこざるやエルマーの冒険とかは好きだったけど日本のは全部嫌いだった)。その結果欲しいものに一番近いのが図鑑の絵と設計図というなんとも偏った趣味を持つようになってしまったというわけだ。

そういえば絵の予備校に通っていた頃、誰も「ちゃんと描かない」ということが不思議でしょうがなかった。そのことを先生に聞いたら「へたにちゃんと終わっているものよりも、良くなりそうだという可能性が感じられる未完の方がいいから」だと説明された。でも今考えると「あんた、そりゃ間違ってるよ」と言いたい。なぜなら生徒の方はそんな目で見られているということをちゃんと知っていて「ちゃんとしそうに見える未完をわざわざ目指す」という状態になるからだ。その結果そんな教育を受けた人間は、いつまで経っても自分の欲しいものを最終段階までイメージできない人間に育っていくのだ。

欲しいものを出来る限りリアルにイメージしそれを形にする。モノを作るってこれ以外の事なんてないように単純なのに、なんでこんなにくだらない偏見が多いんだろう。

「不思議の国のアリス-Alice's Adventures in Wonderland」の紹介ページをuploadしました。SAKUBA WORKSのPUBLICATIONから入ります。英語で書いてるのはカッコつけてるわけじゃなくて、外人用です。なんとなく分かってくれるだろう。ルを見たかったら日本語勉強しろよな。

画像は例の如くいっぱいです。9割方見ることが出来ます。お楽しみ下さい。あとキネガワ堂にもウサギボタンをアップしました。

ただ、今回のページデザイン、どうもレイアウトが微妙なようでWindowsでどんな風に表示されるのかかなり心配です。MacでもIE5.0だと多少表示が乱れます。なんとなくごまかしておきましたが......。5.14とNetscape7は大丈夫。あんまりひどいようだったらこっそり教えて下さい。

次はバイクのページと行きたいところですが、あまりにもデッサンが大量でどうしたもんかと思ってます。とりあえずこれは少し時間をかけてやるとして、キネガワ堂のグッズ販売ページを優先的に作ろうかと思ってます。ここでは本やタロットカードやムニャムニャを売る予定です。あとはアリスのシェアピースの準備もあります。気張っていきましょう。

昼ぐらいに起きて遅い朝飯を食べました。コーヒーを淹れてパンを焼きます。あとはスクランブルドエッグ。そんでもってムシャムシャと食べ始めたのですが、ふとテーブルの上を見ると、昨日食べ残したシシャモがラップを掛けられた皿に5匹ほど載っています。

フーム............

ひらめきました。この組み合わせは絶対に美味いに違いない。で、食べてみたのです。パンの上にシシャモを載せて。

............美味い!

イケます。
考えたらオイルサーディンを載せて食べるのと大して違いはありません。それにちょうどいいボリューム感で食べ応えもイイ感じ。ただ問題なのは、パンを選ぶようです。普通の食パンはあまり合わない。フランスパンとかカンパーニュとかライ麦パンとか割としっかりしたパンが合うみたいです。今日はサンドイッチにはしませんでしたが、適当な葉っぱとあっさり目のドレッシングとか組み合わせれば、かなりいけるんじゃないでしょうか?それになにより安いのが嬉しいです。

シシャモサンド。セブンイレブンで売ったら売れるかなぁ?抵抗ある人多そうだけど...

アリスページ完成度70%。明後日ぐらいまでにはアップの予定。

一日アリスのページを作ってました。ああでもない、こうでもないとやっている内にまたもや素材が大量に。
今度のはよくある唐草模様です。へなちょこフリーハンド仕様ですが、絵が絵ですからそれもいいかなと。お気に召したら使ってやって下さい。

ところでこの手の文様を描いていると、昔から随分と似たようなのを描いているなぁと思います。なんだかんだ言って好きなんですね。きっかけはペルシャのミニアチュールです。ミニアチュールというのは、要するに手書き本の挿し絵のようなものです。キリスト教圏では聖書の写本として沢山のミニアチュールが描かれていますし(ベリー公の時祷書とかが有名)、ペルシャでは王侯貴族の読み物として豪華な絵物語が沢山作られています。インドのものにもいいのがいっぱいあるし、日本で言えば源氏物語絵巻なんかがこれにあたるのかもしれません。源氏物語絵巻も一時ハマリまくってました。

アリスを作っていたときは、このペルシャのミニアチュールとケルトの写本にはまっていて、アイデア的にかなりパクらせてもらっています。あとは銅版画や木口木版で作られたような博物図譜。しかしこれらの本ってどれも気が遠くなるような時間をかけて作られているんですよね。最低でも何年。へたしたら親子三代とか。アリスは半年ぐらいで作りましたが、あれがもし色つきだったらどれぐらいかかるかなんてあまり考えたくないですね。でもそれぐらい掛かるもんだと思うんですよ。それに何年掛かったっていいじゃないかとも思いたい。

自動車とかでもそうだけど、たとえばブガッティという「走る芸術」と言われている車があるけど、あんなもん今作ったら、一台いくらで出来るんだろう。フェラーリの何倍にもなることは確かです。つまり「こんなにすげぇものが世の中にあるんだ」というようなモノを作るには、普通じゃ考えられないような相応の手間が掛かるし、それは考えてみれば当たり前のことだったりもするのに、誰もがどこか「それはなしでしょ」と思っているような節がある。なんかこれってつまらない。たぶん損得の計算が働くからなんです。

食えないのは困るけど、馬鹿はやりたい。これを普通に実現するには、馬鹿なことが馬鹿なことだと思われないようになるしかないんですよね。でもそれは今のところ無理そうなので、やっぱり馬鹿を通すしかないのでありました。

モーリス・センダックというアメリカの絵本作家がいます。有名なところでは「かいじゅうたちのいるところ」という絵本を書いた人です。何年か前にテーマパークみたいなのもできているらしいですから、知ってる人は多いと思いますが。

僕はその人の本でとても好きな本が2冊あって、ひとつは「まどのそとのそのまたむこう」(福音館)、もう一冊は「ふふふん へへへん ぽん」(富山房)という本です。どちらも子供向けというには、ちょっと不気味な感じのするお話です。前に「親指トムの奇妙な冒険」という映画のことを書きましたが、あれと同じように、無意識や夢をそのまま放り出したような不思議さがあります。特に「ふふふん へへへん ぽん」の方はこの感じが強い。

お話は、主人公のジェニーという犬が「なにもかもある」場所を捨てて、「もっといいこと」を探しに行くという話で、言ってみれば冥界下降的なお話です。うろ覚えなのですが、この主人公の犬のモデルはセンダックが飼っていた犬だそうで、その犬が死んだときに書かれたものだと記憶しています。媚びも甘さも全くなく、とてもぶっきらぼうなセリフとストーリー展開なのに、全体からは世界と、そしてジェニーに対するとても深い思いが伝わってきます。機会があったらぜひ。

ところで風邪はもうほとんどよくなって、今日はアリスのページを作ってました。例の如く素材が出来たので、キネガワ堂に何点かアップしておきました。

完全に風邪にやられてしまいました。もう寝ます。

ところで風邪をひいているときの夢って、悪夢ばっかりですよね。今日のも非道かった。自分じゃないんだけど、身内が難病にかかったとかで、尾てい骨を削る手術を受けなくてはならなくなるのです。しかもなぜか麻酔を打つことが出来ない。医者のような人はグラインダー(ベビーサンダー)を手にとって、いきなりお尻を削り始めます。血と骨の混じり合った茶色い粉が勢いよく飛び散ります。信じられないぐらいの苦痛に全身汗だらけになり激しく身をよじる姿は見るに耐えられません。しかもそれが一時間ぐらい続けられるのです。

最悪な気分で目が覚めました。この時点で一日分のエネルギーを使い切ってしまったような感じです。

ちょっと生々しかったかな。気分悪くなった人がいたらごめんなさい。
でも、何も焦るような気持ちがないのなら、風邪をひいているときは嫌いじゃないです。このぼやーんとした感じがなんとなく浮遊感があって、ちょっと不思議な感じがするじゃないですか。

ぼやーーん。

では、おやすみなさい。

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