一日アリスのページを作ってました。ああでもない、こうでもないとやっている内にまたもや素材が大量に。
今度のはよくある唐草模様です。へなちょこフリーハンド仕様ですが、絵が絵ですからそれもいいかなと。お気に召したら使ってやって下さい。
ところでこの手の文様を描いていると、昔から随分と似たようなのを描いているなぁと思います。なんだかんだ言って好きなんですね。きっかけはペルシャのミニアチュールです。ミニアチュールというのは、要するに手書き本の挿し絵のようなものです。キリスト教圏では聖書の写本として沢山のミニアチュールが描かれていますし(ベリー公の時祷書とかが有名)、ペルシャでは王侯貴族の読み物として豪華な絵物語が沢山作られています。インドのものにもいいのがいっぱいあるし、日本で言えば源氏物語絵巻なんかがこれにあたるのかもしれません。源氏物語絵巻も一時ハマリまくってました。
アリスを作っていたときは、このペルシャのミニアチュールとケルトの写本にはまっていて、アイデア的にかなりパクらせてもらっています。あとは銅版画や木口木版で作られたような博物図譜。しかしこれらの本ってどれも気が遠くなるような時間をかけて作られているんですよね。最低でも何年。へたしたら親子三代とか。アリスは半年ぐらいで作りましたが、あれがもし色つきだったらどれぐらいかかるかなんてあまり考えたくないですね。でもそれぐらい掛かるもんだと思うんですよ。それに何年掛かったっていいじゃないかとも思いたい。
自動車とかでもそうだけど、たとえばブガッティという「走る芸術」と言われている車があるけど、あんなもん今作ったら、一台いくらで出来るんだろう。フェラーリの何倍にもなることは確かです。つまり「こんなにすげぇものが世の中にあるんだ」というようなモノを作るには、普通じゃ考えられないような相応の手間が掛かるし、それは考えてみれば当たり前のことだったりもするのに、誰もがどこか「それはなしでしょ」と思っているような節がある。なんかこれってつまらない。たぶん損得の計算が働くからなんです。
食えないのは困るけど、馬鹿はやりたい。これを普通に実現するには、馬鹿なことが馬鹿なことだと思われないようになるしかないんですよね。でもそれは今のところ無理そうなので、やっぱり馬鹿を通すしかないのでありました。


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