November 2002Archive

たとえば僕は中学1年の時、小学校3年の弟と汽車の写真を撮りにいって、写真を撮るのに夢中になって離ればなれになってしまい駅のアナウンスで弟に呼び出されたことがあります、たとえば僕は......というようなのを永遠と続けてとみようと思いましたが止めました。

僕は乗り物につけられた荷台や箱が大好きです。カッコよく荷物を運ぶのってカッコいい、という話しを書いてみようと思いましたが止めました。

のっぴきならない状況下に於ける、精神集中の効果はどこまで体調によって左右されるのかについて実験報告をしようと思いましたが止めました。

「ある一定の非常に限定された自由が許された拘束下」では、より自由であるような状況よりも無意識が解放されやすいのは何故かについて考察してみようと思いましたが止めました。

大吟醸の日本酒の限りなく水に近いのに芳醇な味わいについてそれを喜びながらも微妙な違和感を感じるのは何故かについて書こうと思いましたが止めました。

月末の事故率の増加に関する精神医学的考察と、その結果起きた事故によって、どのように乳幼児の歯形が変化するのかについて考えようとしましたが止めました。

掲示板で「ありがとう」を連発するとありがとうがすり減っていくんだよなぁ、お店の人も毎日ありがとうを沢山言ってるけど、あっちのありがとうは活字で残らないから美しいなぁと思いましたがそこで考えるのは止めました。

俺の机にはなんでこんなに無駄なものが多いんだろうと思いましたが考えるのは止めました。

止めましたを連発するのは止めました。
何故なら私はとても眠いからです。

021130.jpgズルっこ!
ここのところ書き過ぎ気味だったので(え?そんなことない?)ちょっと休憩ってことで。

つい最近のイタズラ書きです。

もしくはR指定とか。
今まで一度も苦情とか来たこと無いんですが、外人のサイトとか見てるとかなりマジメに写真とかとってるような人でも注意があったりするんですよね。

自分では「表現」は本質的な意味でのトラウマになることはないのではないかとかと考えています。たとえどんなに低俗とされているようなモノであってもです。でもそれを利用して無理矢理見せるようなことをすればそれはトラウマになりうる。そこで「トラウマになるような経験に繋がりうる表現」は罪だという議論もあるでしょうが、そんなことを言ったらあらゆる事象は人を傷つけることに利用できるわけですから、全てのものが許されなくなってしまうでしょう。バナナを無理矢理食べさせられたことでトラウマを負ったからと言ってバナナに罪があるといえるでしょうか。

例えば僕は小学生の時に駅前の道路の上で週刊誌のヌード写真を目撃して物凄くドキドキしました。「あの人のお母さんやお父さんはどう思っているんだろう」とか「あんな風に裸を写真に撮られて本にまで載ってしまって恥ずかしくないんだろうか」とか「ひょっとして無理矢理やらされているんだろうか」とかそんなことを思いました。でもそれと同時に強烈な憧れの気持ちも持ちました。とても立派に見えたのです。その立派さというのは自分が手が届かないぐらい遠くにいるという感覚によってそう感じたんだと思います。実際はどうだかわかりません。イヤイヤやってたのかもしれないし、コソコソといじけていたかもしれません。でもそれはどうでもいいんです。自分が偶然出会ったにしろ意志を持って出会ったにしろ、主体的な行動の中で出会う限りにおいては「表現」はトラウマにはならない。

もちろん「表現」がトラウマの自覚へのきっかけになることはあり得ます。でもそれはむしろ治療的です。世の中のあらゆる変態行為が治療的であるように。

結局人が傷つくのは実際の人間同士の関係性が決定的に損なわれるときです。きっかけにはなっても一枚の絵がそれ自体でそのような力を持つことは出来ない。そしてあらゆるものはきっかけになりうる。

ある女の子がまだ三歳ぐらいの時にドラエモンの映画を見ていました。するとそのエンディングで泣き出してしまったのです。感動したわけじゃないですよ。恐くて泣いてしまったのです。それは悪者のロボットが壊れるシーンでした。最初は自分から進んでみていたわけですから、そこまではいいんです。でもそこで「なに泣いてんの、ほら、恐くないよ」といってその場にいさせようとしたら、もう手がつけられないぐらい大泣きを始めました。それをやったのは僕じゃありませんが、まあ、とっても可愛かったです。でも本人はそれどころじゃないんです。これは立派な暴力なんですよね。下手したら急にお母さんが別人に見えてしまって地獄の門番のように感じてしまうようなことだって無くはないわけです。

でも表現のために罪を犯しているのであればこれは別問題なのは言うまでもないです。スナッフムービーとか幼女誘拐とか。アメリカとかがピリピリしているのはどちらかというとこっち側の問題なんですよね。そりゃもう想像できないぐらい深刻な問題になってる。しかしこれもサクバの嫌いな因果関係の話しで言えば、そこまで深刻な問題に発展するような関係性の破綻が既に存在しているということの表れです。

[ru]はとりあえず今のままやっていきます。自分にとってはどの作品も外にでなくちゃいけなかった作品だし、この作品達が原因で誰かを不快にすることはあっても傷つけるようなことはないと思っています。

インターネットなんてくだらないぜ!こんなものをやるなんて悪魔に心を売り渡すようなもんだ。なぁにがIT革命だ。情報の高密度化で作業効率アップだと?ふざけんじゃねぇよ、クソみたいな情報を高密度化したところでそんなもんクソが発酵するだけだバカヤロウ。ムービーメールで心が伝わるだぁ?そんなもん面と向かってやれっつうの。だいたい便利なんてのは複雑化の産物だっつうのがわかってんのか?シンプルにお買い物?居ながらにしておじいちゃんにご挨拶?おじいちゃーん、見てるー、よーすけだよー、小学校はたのしーよー、またねー、今度来るときアイボ持ってきてねー、やめれやめれ、おじいちゃんは今エロサイトの無料サンプルを落とすのに忙しいんだからそっとしておいてあげなさい。おじいちゃんだってもっとデカイハードディスクが欲しいんだよ。アイボを買うぐらいだったらテラバイトのハードディスクが買えるじゃないか。最近のサンプルは容量も大きいからね。それに一度保存しちゃうとなかなか捨てられないんだ。おじいちゃんの夢は世界中でアップされ続けている無料サンプルをリアルタイムでコンプリートにアーカイブ化することなんだ。もちろんダブりは無しでね。そのために今おじいちゃんが開発しているのはプライベートウェブロボットだ。名前は純子。20年前に亡くなった最愛の妻からとったのだよ、あははは。気に入ってくれたかね。この子の優れた点はムービーの中身を一瞬にしてスキャンしローカルのデータベースと照合、同一データであればパス、圧縮率が低かったり音質が優れている場合にはローカルデータを上書きしてくれる点だ。それだけじゃない。フォーマットの変換を始め連続データの統合などユーティリティの配慮も忘れちゃいないさ。どうだいよーすけ、大きくなればお前にもわかるさ。これがいかに素晴らしい研究かがな。だがこれぐらいで驚いてもらっちゃ困る。純子の一番優れている点はワシが苦労して作り上げた分類体系に完璧に振り分けてデータベース化してくれるということなんだ。これにほんとに時間がかかった。何故ならどんなムービーでも複合的価値を持つものだからだ。いいか、よーすけ。よく聞きなさい。若い頃は誰でも派手なものに惹かれがちだ。人数とかデカさとか長さとか量とかそういうものだ。しかしそんなものに惑わされちゃイカン。いいかよーすけ、大事なのはパッションだ。つまり情熱だな。本気度と言ってもいいぞ。しかしこれを純子に判断させるにはどうしたらいいか。ワシの研究に少しでも本物の価値があるとすればだな、ここにこそそれがあるんじゃ。価値、今のお前にこんなことをいってもわからんだろうが、今にわかる。ワシはこれを純子にわからせるために10年間エロサイトを回り続けた。そう、ちょうど今のような美しい夕暮れ時じゃった。ついに手がかりを掴んだのだ。最初に気が付いたのはライティングじゃった。彩度が高く輪郭のはっきりしているものには偽物が多いのじゃ。試しに純子に輪郭検知機能とコントラストと彩度を検知する機能を搭載してみた。するとどうじゃ、パッションムービーの検索率が20%もアップしたのじゃ。だがこれではまだ不十分だ。しかし一度手がかりがつかめれば次のヒラメキは以外と早くつかめるものなのだ。そう、音声じゃ。ワシは最高のパッションムービーだと思われる作品をサンプリングしその波長を研究した。高音に混じるノイズが鍵なんじゃ。優れたパッションムービーはそうでないものに比べると微妙にノイズが多いのだよ。あとはノイズの割合によってデータベースを振り分ければ良しというわけだ。これらの機能を搭載した純子は素晴らしい判断能力を持つに至った。なんと95%程の正確さでワシの思い通りの分類が出来るようになったのだ。あとは通常のカテゴライズをどうするかだったがこんなものは訳ないさ。人数やカップリングは音声検知の応用で片が付くし、液体系に関しては色域の自動絞り込み機能で対応できる。これでカテゴリとクオリティを同時に検索できる最強のデータベースの完成.........ぐっ、う...じゅ、じゅ、ん、...............

おじいちゃんは逝ってしまわれました。

そんなインターネットを利用してさらにゴミをまき散らしているサクバでありました。

前から小さい楽器が一個出来たら楽しいだろうなぁと思っています。なんでもいいんですけどハーモニカとか横笛とかメロディが出せるやつ。カスタネットやマラカスじゃぁ、ねぇ。あ、決して馬鹿にしてるわけじゃないですよ。でも打楽器系で小さいのって踊りながらとかそんなイメージがあるじゃないですか。もっと気楽なやつがいいんです。バイオリンとかアコーディオンとか大正琴とかギターとかサックスとかああいうのじゃデカ過ぎる。出来ればポケットに入るぐらいで、旅先かなんかで入れたのも忘れていてポケットに手を突っ込むと、あれ、こんなの持って歩いていたんだ、とかなってプープーやるぐらいがいい。

ということで今一番気になっているのは「口琴」です。知ってます?遊牧民族かなんかがビヨン、ビヨン、ビヨン、ビヨン、ビヤヨヨヨーーーンとかやってるやつです。これって世界中にあるんですね。ヨーロッパにもあるしインドやフィリピンにもあるしアイヌ民族の口琴まであるのです。詳しく知りたい人は「日本口琴協会」のサイトをみてみましょう、って回し者みたいですが、まったく関係ございません。そんでこのサイトで通販もやっているんですけど、これがまたいろいろあって楽しそう。一番安いのは250円!買う、買う?!

この口琴ってやつ、友達のところで(上のサイトもこの人に教えてもらった)一度やらせてもらったことがあるのですが、けっこう難しいんですよ。種類にもよるんですが金属口琴とかは最初は音も出せないでヨダレばかり溜まります。でも音がでるようになるとメチャ楽しい。鼻歌がそのまま音楽になっていくような感じがします。それでこの手のやつの醍醐味は倍音にあるらしくて、これは難しくてその時は全然出来ませんでしたが、これがカッコいいんです。詳しくは知りませんがホーミーみたいにいくつかの音を同時に出すんですね。出来たい?!(←すぐマネしたがるやつ。ホーミーもテレビで始めてみたときその場でやってました。騒々しいったらありゃしない)とりあえずはものをゲットしないと。

音楽は割と困るものだ。他人との関係の話だけど。
普段はほとんど音は鳴らしません。音が鳴ってるとそれにイメージが左右されてしまって邪魔に感じることの方が多いから。そりゃ二十歳ぐらいの頃はずっと掛けっぱなしで絵を描いていたようなこともあったけど、依存度メチャ高かった。最低です。その頃聞いていたのはほとんどクラシック。教会のオルガンとか。対位法とかに痺れていて、絵の描き過ぎで指が開かないのにピアノのまねごとまでしてました。モーツアルトとかああいうのはダメ。好きになれなかった。もっと数学的で無機的なのに感動的みたいのが好み。

そんなだったからロックとかの方には全くと言っていいほど興味が行かなかった。小学生ぐらいの頃にラジオでビートルズとか聴いていたけど、良く出来たポップスとして好きだっただけで、ロケンロールサイコー、みたいなことは思わなかったな。唯一衝撃を受けたのは「暴力教室」という映画で主題歌に使われていた「ロック・アラウンド・ザ・クロック」。これが小学校の三年生の時。放送部がリクエストありますかぁ?というので、これが聴きたいといったら誰にも通じなくて悲しい思いをしたことがある。

そして中学1年ごろ。たまたまラジオで富田勲の「展覧会の絵」のシンセサイザーのやつを聞いた。コンピュータ音楽の走りです。これには大ショック。そんで始めて買ったアルバムがこれ。スピーカーの間を音が走るのが面白くてよく聞いたわ。大したものじゃないけどとにかくギミックが楽しかった。周りでは何故かエルビスプレスリーが流行っていたけど、これも全然カッコいいと思えなくて(若い頃のだったら違っていたんだろうけど、既におデブちゃんで全然パワー無し)友達と意見合わず。そうこうしている内にレッドツェッペリンなんかが出てくるわけだけど、時既に遅くクラシックの方へ。さらにロックのクラシックへの接近もあったりしてなぁんだってかんじもあり、ますますロックは聴かなくなってしまった。

そんなこんなで、途中、RCサクセションがいたりデュラン・デュランがいたりクラフトワークがいたりしましたが、気が付いたらビックリするぐらいいろんなジャンルの音楽があったりしてメロコア?スカ?ダブ?インダストリアル?なにそれって感じになってたわけです。多少は聞いてもみましたよ。あたりまえなんですがイイものはいいです。ごく一部でしたが。たぶんノイズとかインダストリアルとかには探せば好みのものありそうだって感じはします。
でもそれはどうでもいいんです。僕が気になるのはなんであんなに細分化する必要があるのかって事です。美術の世界にもいっぱいありますがさらに10倍ぐらいあるでしょ?系統図とかみると馬鹿じゃないのって気がしてくる。分けたけりゃ分ければいいんだけど、あれって結局聴く側の文化なんですよね。オーディオマニアと変わらない。聴く側が自分のアイデンティティを確立するために作られたウンザリするほどのジャンル。人の音楽で自分を決めようとするなって思うんですよ。でも音楽好きな人ってこの傾向がメチャ強いですよね。だから音楽の話になると困ることが多い。イイものをイイと思えればジャンルがなんだろうが知識が無かろうがいいじゃない。と、こういうことを言うと音楽をやってる人には通じることが多いけど聴いてるだけの人には嫌われたりするのです。やれやれ。

最近いろいろ書いてくれる人が増えて喜んでるんですが、とほほなレスしかつけられなくてすいません。まあ、そんな奴だと思ってどうか気を悪くなさらずに。心の中は感謝の気持ちでいっぱい(ほんとだってば)なんですが、照れるっつうか、なんつうか、ねぇ。

今日はほんとはきのうのNEWSに味をしめて別なお話を書いていたのですが、創造活動というのはそんなに甘くないということを思い知らされました。いつでも書けるわけじゃないんですよね。ちなみにギムノン氏の娘(BBS参照)はキャサリン・ギムノン(姉)とルーシー・ギムノン(妹)といいます。賢い長女と病気がちだけどやんちゃな次女。二人の冒険はまた今度。それじゃまだお仕事なので短いですがこの辺で(って、ルはいつからテキストサイトになったんだ?!)。

......... Older »
Powered by Movable Type

Profile

Archive

Feeds