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20021104: 窓の外

「インターネットって結局コミュニケーションツールなんですよね」ある人と話をしていて僕がそういった。その人も同じように思っていて頷いた。
ただこの場合のコミュニケーションはちょっと限定されている。例えば映画や絵を見ることだってある意味コミュニケーションといえるわけだけど、この会話で言われているコミュニケーションの中には入らない。つまり見る側(受け手)の能動性がある一定レベル以上にあるやりとりを指してコミュニケーションであると言っているわけだ。

例えば買い物。これは立派なコミュニケーションだ。しかも受け手のレベルの高い能動性を必要とする。ゲームもそうだ。掲示板であれチャットであれ「会話」は言うまでもない。つまりインターネットというのは電話やゲームセンターやお店の新しい入れ物だということだ。正確に言うとインターネットと言うよりもキーボードや音声入力端末の付いた計算機を利用したネットワークコミュニケーションと言った方がいいのかもしれない。なぜならネットと言っても入力端末の限定された「放送」という形態では、コミュニケーションツールと言うよりは「窓」に近い機能になるからだ。

ブラウザは「窓」よりも「箱」に近い。窓はそこに映し出されるものがたとえ3次元的であったとしても、受け手のアクションが反映されないという意味では根本的に二次元的だ。箱は違う。箱はまず自分がその中にいるのだ。自分の居場所は窓の外。窓の外では自分のアクションがその世界を変容させる要素となる。なぜなら自分自身がその世界の構成要素として組み込まれた世界だからだ。そこではなにをしようが、あるいはなにもしないということでさえ、その世界を決定していく要素なのだ。

映画を見てその映画にたいしてどのようなリアクションをとろうが基本的にはその映画は変化しない。しかし箱の中では沈黙さえも可変的要素として機能する。なにもかも当たり前のことだけど、この当たり前さをもっと真剣に考えて感じることが出来たら、そこにはもっと面白い可能性がいっぱい眠ってるように思えてしょうがない。

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