
なんだかよくわかりませんが、露光したような感じです。勝手にこうなってしまいました。なんのネタにもなりません。とほほ。
いや、なんかあるんでしょうけどね。言葉にするだけがいいとは限りませんし。
言葉にするってある種、囲い込むような感じがあります。動物園みたいなものだと思ってます。ほっとかれてるものと檻に入れられたものとはやっぱり違うんですよ。同じパンダでも。かといって言葉を否定しているかっていうとそんなことはない。たぶん言葉のような「切り取る」という暴力がないとコミュニケーションなんて出来ないんです。でも絵だって言葉のように既に切り取られたものであるのも確かです。切り取られたものをさらに切り取るとなにが起きるか。なにも起きません。と、思ってます。それは説明された絵ではなくて、ただの新しく切り取られた言葉になるだけなんじゃないでしょうか。
この手のことをちゃんと説明しようとすると、すぐに混乱して迷路にはまってしまうのが目に見えているので深入りはしませんが、一つ思うことがあるのは、言葉っていうのはすぐに返すことが出来ますよね。同じ言葉で。それでぼくは、絵も同じように絵で返すことが出来ると思っているのです。でもこっちの場合は目に見えにくかったり恐ろしく時間がかかったりする。でもそれは普通にあることなんじゃないかと思っているんです。そしてさらに同じように、音楽にも建築にも全部言えることだと思っています。つまり言葉ではないものも長い目や敏感な感覚で見れば既にインタラクティブなものなのではないかということです。とは言っても気付いたときには相手が死んでいたり、あまりにも微妙でただの勘違いや思い過ごしにされたりもするので、そんなのコミュニケーションとは言えねぇよ!と、言われればそれまでなんですけども。


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