August 2003Archive

カエル百個 ゲロゲロ
熟した沼でゲロゲロ
もんどり打ってゲロゲロ
足がもつれてもゲロゲロ
白い腹みせてゲロゲロ
オマエが俺になってゲロゲロ
前後構わずゲロゲロ
オタマジャクシもゲロゲロ
ぬるい水までゲロゲロ
揉まれた草までゲロゲロ
つられた月までゲロゲロ
今日は楽しいゲロゲロ

今日は明らかにダメっぽい。
きのうもダメっぽくてあんなの書いちまったが、さらにダメっぽい。意識が空間と一体化して、ときおり林から吹いてくる風に柳のように身を任せてしまうわ。こころは粒子になって柔らかい風とともに流されていくの。あたしってばなんて詩的なんでしょ。あなたの言いたいことはわかってる。でもあたしは秋の使者に選ばれてしまったの。ほほほ。ほら、聞いてごらん。つくつくぼうしが馬鹿みたいに合唱してやがるわ。あの子達も秋の使者よ。あなたには見えないでしょうけど秋の使者は至る所にいるのよ。枯れて溶けだした腐ったピザみたいな向日葵にも、出来損ないのワンタンみたいなクラゲがひしめいている海辺にも、地下深くから掘り出されてピカピカのアルミ缶になったのに飲み残しのビールのためにゴキブリトラップになっているゴミの山にも......いるんだってば!.........いるのかぁ。わかったよ。しょうがないなぁ。

ああ、こんなの書いてないで今寝たら最高なのになー
酒無くなりそうでヤバイなー
無くなったら買いに行っちゃうだろうなー
買いに行ったら外は気持ちいいんだよなー
買ってきたら飲んじゃうだろうなー
飲んじゃったら寝なくなっちゃうなー
寝なくなっちゃうと後がつらいんだよなー
といってるうちに無くなっちゃったよー

敗北(どてっ)

なんか俺のサイトは、モノを売ったり、芸術ブリッコするには馬鹿すぎるような気がしてきた(わらいわらわら)。つうか本人が愚か者なのでしょうがないんだけど、こんぐらい馬鹿じゃないとやってらんないってのもある。どのへんが馬鹿かと言えば、なんでも見せすぎ、なんでも言いすぎ、その割には分かりにくいこと言いすぎ、愛想悪すぎ、言ってること端折りすぎ、営業努力足りなさすぎ、その他あげつらえばきりがない。全然気にしてないし、本気で馬鹿だなんて思ってないし(ずれた意味では思っているけど)、なるようにしかならないんだよ、としか思っていないんだけど、そういうことを全部ほっといてもいいのかっていうと、ちょっと疑問が残る。

プロパガンダ(宣伝行為ぐらいの意味)が苦手なんだ。昔は逆に得意だと思っていたんだけど、今は明らかに落ちこぼれだ。プロパガンダに一番必要なのは「疑わない心」だ。サディスティックな信仰といってもいい。今さら持てるか、そんなもん。ガキでもないし、心に深い傷を負ったコンプレックスのカタマリのいじけた親父じゃないんだから。

いやさ、傷自慢とか変態自慢をしたってしょうがないっしょ。そんなのはやることやっときゃいいだけの話で、それでもどうにもならなかったら、わけの分からない作品でも作っていればそれでいいんだ。そんなものをバネにしてプロパガンダに走るってのは、やっぱやめとくべきだと思う。でも、人は俺が思っている以上に暴力を欲しているような気がしてならないんだ。プロパガンダ的暴力だ。ファシズムだ。独裁だ。好きなんだよね。圧倒的な暴力に翻弄されるのが。誰が始めたかとか、そんなことは関係ない。ただただ、でかい力に流されてみたいんだ。それはどっかロマンティックでエロティックな感じがしてしまう。

なんの話だっけ。
ああ、俺のサイトが馬鹿すぎるって話だ。
要するにプロパガンダに走るような馬鹿が足りないという意味で馬鹿なんだ。でもそんなに毛嫌いしているわけでもないんだよなぁ。他人がそういう力に押し流される瞬間とかはゾクゾクして好きだったりするんだ。人が自己を捨てる瞬間は基本的にエロティックだからなぁ。バーゲンに血走るおばさんだってエロティックなんだ。ちょっと浅いだけで。

もうちょっとサディスティックになれるポジションを取り戻したほうがいいのかもしれない。

ウェブは今のところ大した力を持っていない。
ヤフーのようにそれ自身の魅力を売り物にするか、じゃなかったら個人かそれに毛が生えた程度の人間を生かすぐらいの市場しかもたらさない(この場合、そこで扱われる商品はリスクの少ないもの、つまり誰もが商品の実体をようく知っていると思えるようなものに限られる)。例外がいくつかあることも知っているけど、それらは既にオフライン上で持っているサービスがウェブによって効率化されるか(航空チケットの販売やマニアックな商品の世界市場化)、もしくは莫大なコストをかけてオンライン上のコミュニティーを構築(成功例は怖ろしく少ないけどネットゲームとか)するかだ。

要するにほとんどの個人やミニマムなチームにとっては、ウェブなんてものは小指の先ほどの宣伝効果を期待するぐらいのボランティア的遊びに過ぎないんだろうと思う。今は。

光ファイバーになったり、利用者が増えたり、決済システムが整ったり、世代交代したり(必ずやってくるけど、これがたぶん一番時間がかかるし、必要)すれば、当たり前だけど状況は変わる。でも今のように、ウェブを宣伝する上で最も効果が高いのがテレビや雑誌(聞いた話では新聞での宣伝はとても効果が低いそうだ。ターゲットが存在しないんだろうな)であるようでは、道のりやっぱり遠いんだろう。

別に悲観しちゃいない。何故なら俺がウェブに求めているのは既存の端末的ビジネス効率ではないからだ。端末的といったのは「仕事下さい」のためにここをやっているわけではないということだ。それにそのような意味での端末的なあり方はウェブっぽくない。全ての端末は発信元でもあり「ここにいるよ」のために存在している。おそらくハードがいくら整ったところで「ここにいるよ」の在り方が変わらないとどうにもならないんだろうって気がする。

問題なのはコミュニケーションだ。
「ここにいる」ことを伝えるために人が持っている言葉や身振りや作品の表現方法がウェブのもたらす可能性についていっていない。たとえば毎日どれだけの数でキーボードのキーが叩かれているの知らないけど、そんなことはこれまでにはあり得なかったことだ。そこで吐き出される言葉は口から出るものとも、一方通行のテレビや雑誌を前にして喋る言葉とも違う。世界中は今まさに「お試し中」なわけです。その混沌は見ているだけでも面白い。ウェブがまだ社会的(ここでは一般人的社会ぐらいの意味。そうじゃないところではウェブ抜きでは考えられないようなシステムが相当深くまで浸透しつつあると思う)に大した力を持っていないのは「お試し中」だからです。褒め殺しの掲示板も、無名の暴力も、壮大な「お試し中」のひとつだ。淘汰の果てに何が起きるのか、どんな力を持つのか、それは結構楽しみだったりするのだ。

sakurakogane.jpgこの前アップしたのはほんとに緑だったけど、これはちょっとお上品な色をしている。和風。死んだマネ中です。

関係ないけど、やたら忙しくなってる。いったいどうしちゃったんだろう。このままだとほんとに[ru]がヤバイぐらいだ。仕事ないのも困るけど忙しすぎるのも考え物だ。贅沢言えるようなもんじゃないけど、[ru]がちゃんとしていないと自分の場所がどこだか分からなくなりそうだ。うぅ、ボランティアでも募集するかな。グラフィックデザインとウェブデザインできる人、っていないだろうなぁ...だいたいそういうことやってる人ってのはみんな時間がないか、自分でやりたいことがあるかのどちらかに決まってるんだよね。本気で無理っぽくなるまではなんとかやるしかないか。
ちと気張っていこう。

部屋ん中がムッとしてる。
夏だからね!昨日と今日は。じゃなくて昨日と今日だけ。
我慢もしちゃるよ。
明日も夏かな。夏かもね。
暑くない夏は夏とは呼ばないんだろうか?
冷夏っちゅうぐらいだから、
暑さよりも時期に依存している名前だってのは分かるけど、それでも違和感あるよなぁ。
だってきのう今年初めてタンクトップを着たなんて嘘みたいだ。それまではそんな形の服があることなんてすっかり忘れていたもん。半ズボンもあんまりはいていないし。

半ズボンで思い出したけど、俺が二十歳ぐらいの時って日本中で夏に半ズボンをはいている大人がほとんど皆無だった。もちろん大人用の半ズボンなんてどこにも売ってない。でも自分はどうしてもサファリパンツみたいなダブダブの半ズボンがはきたくて自作してはいていたです。今は何でもアリになって、よかった、よかったと思う反面、変なカッコがしたい人間には難しい時代だろうなぁとも思う。

そういえばゴムのシンプルなピーチサンダルとかカスケットみたいな帽子とか何もかもがレアだった。寂れた靴屋でデッドストックのサンダルを見つけると狂喜していたのが嘘みたいだ。

流行なんて、どんなにアバンギャルドなものでも基本的にはノスタルジー願望だから、それを作る世代の親世代が模倣の対象になる。でもそれってなんかつまらないんだ。という自分だって思いっきり楽しんでいたわけだけど、そっから抜けていくものだってあるはずだ。機械が好きだったり科学がもたらす新素材や機能主義に惹かれる理由はその辺に大いに関係があると思っている。ノスタルジーだけじゃ人は生きていられない。ノスタルジーを使うにしても、ノスタルジーを超えることが誰にとっても本来の目的だったはずだ、と思うのは暴力的すぎるだろうか。

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