October 2003Archive

高校生の頃、初めて自転車を自分で組んだのだが、買ってきたアルミ製の泥よけが取り付けのためのネジ穴が空いていないやつで、こんなことしてもいいんだろうかと思いつつドリルでグリグリと穴を開けたのだ。

店に売っている製品に穴を開けるというのは、普通でいえば商品価値を落とすようなことだけど、穴を開けなければ自分的な商品価値が発生しないとなれば、これはイヤでも空けざるを得ない。そして、そんな風に人は自分の自由を獲得していくのだ。

消費者はどこまでも自分の主人であるべきだ。
消費するってことはそういうことだ。

自分に引き寄せろ!
使え!

消費者ってのは受動的なヤツではなく、むしろ限りなく能動的なものであるはずだと思うのだ。

久々の個展が決まったわけだが、実質2週間ぐらいしか製作期間がない中でなにをやろうか考えている。じっくり時間をかけたような絵だと、一枚でも無理かもしれない。でも、新しい絵がないのはつまらないのでなにかは描こうと思っている。

しかしそれ以前の問題で絵や作品の展示というはつまらないというのがずっとある。誰かの個展に行くにしても、美術館に行くとしても、エンターテインメントとしてはそうとう魅力がない部類だと思うのだ。そりゃ美術界も廃れるよ。教会の絵だったらそのバックグランドにふれるためのツールとして絵があって、それはちゃんとした使い道で退屈なんてことと無縁だったんだろうと思う。少なくとも昔は。ファンアート(ファイン、じゃないよ。こんな言い方はネットを通じて初めて知ったけど)だって、世界観の共有があって初めて成り立つ。絵がピンであって、それだけで絵を楽しむっていうのはやはり退屈なのだ。

最近のギャラリーでグッズを扱うところが増えているのも、どうしたら楽しませることが出きるのかという試みの一つだ。実際に買うかどうかは別として、買うという前提で見ることが出来る価格帯のものが沢山あれば、それだけでものの見方は変化する。楽しめないものが楽しめるものに変わる。見るものと提供するものとの間にマーケットが成立するわけだ。だが、どうせやるならマーケットに依存しない部分でエンターテインメントを成立させたいという欲望は否定できないのである。買えるかどうかとか、世界観の共有とか、そういう見る側の価値観を無視したところで、どうしたって見入ってしまうような力を持たせたい。

いったいどうやったらいいだろう。
逃げっぽくもあるけどライブペインティングでもやるかな。金と時間があれば徹底的に空間を作り込むぐらいのことをやってみたいんだけど、今回はそれは望め無さそうだ。
悩むなぁ。

トップでお知らせしているとおり、個展やります。
ただ今回、企画展ということもあって準備時間がほとんどありません。なのでこのサイトで展示してあるものが中心になります。デッサン系のものと椅子は展示に入ります。その他は未定。できれば新作を何点か作りたい。作りたい、作りたい。作れるかなぁ。時間が欲しいのです。そんなわけでこのNEWSは当日まで俺はお休みしようかと思ってます。その代わりにチムリクがここを担当する予定。

あとDMはまだ出来ていないんですが、欲しい人もいるかと思うので申し込みフォームを作ろうかと思っています。自分がギャラリーにいる日とかもまだはっきりしないので(初日と最終日は必ずいます)その辺が決まったらあらためてお知らせしますのでよろしく!

興味とお暇のある方とお暇のない方も、ぜひぜひお誘い合わせしちゃって来て下さい!

11月はさぁ写真一個載せてそこに一言みたいのが楽で、それだったら毎日やれるなぁ。[ kinobori ] : webみたく。と、チムリクがほざいていた。あ、あのサイトは知人のサイトで映画、サイト、グッズのレビューを並べるというやつですが、このところ毎日通ってます。映画情報はかなりあてにしてます(メルマガで)。まだ出来たばっかりです。

しかし来月、ほんとに時間が取れ無さそうです。理由は明日お知らせできるかも。お知らせできることになれば良いお知らせです。期待せずに待て!

とってもお疲れさまになってしまったようなので瞼がおもーくなってしまったようなのでタバコの灰がポロポロ落ちるようなのでグラスを持つのもかったるくなってきたようなので脳味噌の中にうずが出来てきたようなのでうずの中にはタマゴが暖められているようなのでヒヨコは孵りそうもないようなのでゆで卵が出来そうなようなので食べられないゆで卵を眺めるのも飽きたようなのでお休みの時間になってしまったようだ。

きょうはもう充分働いたので眠るのである。でもその前にちょっと酒を入れるのである。入れ中なのである。

しかし今描いている絵がどうも気に入らないのである。気に入った絵なんてまったく描けた試しがないのだが、たぶんそれ以上に気に入らないのである。パッションが足りない。ビジョンが足りない。パワーが足りない。といっても最初からパッションもビジョンもパワーもないところから始めた絵なのである。だがそんな始まりを持つ絵であってもそれらは込めねばならないのである。それぐらい出来ないようじゃダメなんである。ここであがきすぎるとありもしない思い込みの囚われの身となるゆえ、それにも注意が必要なのである。それはなにもない絵よりもさらにたちが悪いのである。なんだかんだ言って絵なんてものは100万年後の未来までも綱渡りなのである。

久しぶりにリアルな感じで絵を描いているんだけど、自分の下手さ加減にウンザリした。リアルに見せられない下手さじゃなくて、リアルに振り回される下手さだ。最低じゃん。

マシンのように描きたい。

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