私は今、絶壁に建つ貧相な小屋でこれを書いています。崖の下は海なので波の音が良く聞こえます。でも外は真っ暗なので海は見えません。ときおり波の音に混じって甲高い鳥の鳴き声のようなものが聞こえますが、私はそいつの正体を知りません。
そういえば昼間、見ず知らずの人がこの小屋を訪ねてきました。別にここは観光地でもありませんし、一番近い店に行くにも10キロも歩かなければなりません。車は一応入って来れますが、道のデコボコがひどいので普通の車では腹を擦ってしまって大変でしょう。しかし世の中には物好きな人も居ますから、この小屋に誰かが訪ねてきたからといってそれほど驚くことではありません。釣り人だとか学者だのには、こんな場所でもなにかしらの魅力があったりするものだということぐらいは私だって知っています。
その男はこちらからは目が見えないほど帽子を深くかぶり、白い埃のこびり付いたフリースのジャケットを着ていました。ジャケットにはポケットが付いていて中に入れた手を外に出すと、その手にはコロッケが握られていました。むき出しのコロッケです。そのコロッケは少し割れていて、その割れ目からは中のジャガイモが覗いていました。男は数秒そのコロッケを見つめると私の方に差し出しました。食え、というのでしょうか。男は一言も口をききませんでしたが、私が戸惑っていると顔を上げて私の方を見ました。男の顔はシワだらけのように見えましたが、それは汚かったせいかもしれません。目には目脂がタップリとこびり付き、歯は茶色く、無精ヒゲの生えた口のはしにはティッシュのカスがついていて、その口でとてもすまなさそうな笑顔を作りました。私は他にどうしていいかわからなかったので、そのコロッケを受け取りました。男は二回うなずくとまた手をポケットに戻して去っていきました。
そのコロッケは今、目の前にあります。
そして私は腹を空かせているのですが、これを食べるべきかどうかずっと考えているのです。


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