乗り物って文化そのものだと思う。乗り物というよりも装置といった方のが分かりやすいのかもしれないけど、例えば自分にとっては、ミシンも乗り物だし、コンピュータも乗り物だし、靴も乗り物だし、舗装道路も乗り物だし、服も乗り物だし、掃除機も乗り物だし、ガスコンロも乗り物だし、家も乗り物だったりする。
要するに乗り物っていうのは、ある依存関係において、その関係が保たれた中にも、というより、その関係があるからこそ実現するような、明確な離脱の可能性を秘めた移動手段なのだ。だから、もちろん絵だって乗り物だ。そして言葉も。
人はいろんな乗り物に乗って移動する。賢い人は自分の制御し易い乗り物に乗るし、不器用な人は自分に合っていない乗り物にしがみついたりもする。でもとにかく人間は、乗り物に乗って移動する生き物だ。
天国への自動階段の主人公はバイクに乗っていた。ガラージュの主人公は乗り物と一体化していた。バイクはある意味乗り物と乗る人間との距離が実際の人間関係に近いような乗り物だ。誤解を生みそうだけど恋愛みたいなものだ。レプリカントはそのオートマティズムによって都合のいい文法を生み出してくれて心地よい。でも、次はもう少し誰が見ても「これは乗り物ですね」と思えるような関係で乗り物を扱ってみたいと思っている。屋根があったり、座っているだけで操作できたり、そんな感じの乗り物。必ずしも移動はしなくていいんだけど。そういう乗り物は、乗り物らしくある分、関係性を明確に浮き彫りにしてくれるような気がしているのだ。


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