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20040615: 写真が表現できることと絵が表現できること

モノクロ写真が表現できることと、カラー写真が表現できることと、絵が表現できることについて、なんとなく思いついた。あくまでも俺の個人的納得の範囲なんだけど、モノクロ写真は質感を生かすようなライティングが魅力的に見えて、カラー写真は質感よりも色がコントロールされてそれが表現に結びついている方が魅力的に見える。で、色でも勝負しつつ質感も生かしたい時や、その逆みたいな場合には、写真だったらシャッターを押した後の加工(手彩色するとか、カラーでありながら質感寄りに色補正を掛けるとか)が必要になるように思う。つまり、ナチュラルを求めたら主観に近づくことは出来ないというか、リアリティというのはそんなものだというか、そういうジレンマが写真という手段にはあるような気がしてしまう。といっても、ここで言っているのは他にもある写真ならではの表現の可能性の部分を無視して言っているんで、別に写真という表現自体の規定をしたいと思っているわけじゃないです。

で、絵の場合は、最初から仕上がりに向けて進んでいくので、どのような場合であれ作業手順的な断絶は起きない。まず結果なりエモーションのビジョンがあって、全てはそこから始まる。これって美しい。もちろんここで比較しているようなことは、比較すべきではないような要素も含まれているんだけど(絵にはシャッターを押すこととは比べものにならないぐらいの生理的な快感があったり、それも込みの上での絵の価値だったりもするわけで)、一つの側面としてはこういうことも言えるかなと思った。なんでこんな事を書こうと思ったのかはいまいちよくわからないんだけど、たぶん写真というメディアの、「伝達」「記録」という部分と「表現」という部分の間にある、あまり面白くない段差について、その違和感を解消したかったんだろうなという気がした。

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