August 2004Archive

意識的な過剰は儀式として用いられたときにのみ
美しい

それは手段だから

つまり
求めるものはその先にあるから

ルール
装飾
逸脱

喜びは
やってこないかもしれない未来に
支えられる

それは夢想ではなく
ここにいるということだ

8/31(Tue) 15:02

何十兆枚だかしれない葉っぱが

見ることもできない

行くこともできない

遠くまで

風にあおられている

ざざわ ざざわ ざわわわわ

8/31(Tue) 15:08

それは知る必要がないもの

それは知る必要がないもの

それは知る必要がないもの

それは知る必要がないもの

それは知る必要がないもの


8/31(Tue) 15:15

わからなくていいこと

りかいしなくていいこと

うけいれなくていいこと

やらなくてもいいこと

きにしなくていいこと

ほめられなくていいこと

がんばらなくていいこと

うそをつかなくていいこと

しらんぷりをしなくていいこと

むりをしなくていいこと

あきらめなくていいこと

こもらなくてもいいこと

きめなくていいこと


そんなことばかりのはずだ

ほんとは


そうじゃないことは
ほかにある

040827-1.jpg能登半島とか。仕事がたまっているので詳しい自慢話はまた今度。写真は”のと鉄道”の車窓から見た日本海。寂しくて誰もいないんだけど、食い物が美味くて海がきれいで楽しかったです。
040827-2.jpg

ru]とキネガワ堂は今日からお休みです。
復活は27日ぐらい。
とかいってこのところサボってばっかりでほんとスマンです。プレゼント企画も間に合わなかったなぁ。涼しくなる頃には必ずやるんでそれまで待っていて下さい。というわけでサクバはちぃとばかし羽を伸ばしてきます。

秋のような涼しい一日。
あんなにうるさかった蝉も今日は一匹も鳴いていなかった。静ずか過ぎるどんよりした午後。長袖を着て温かい飲み物を飲んだ。これからまた暑い一日が始まるという予報だったけど、ほんとかなと思うほど肌寒いや。

音楽をたくさん聴いている。この20年ぐらい自分から進んで音楽を聴くということはあまりなかった。絵を描いているときはどうしても邪魔にしか思えないし。けど、恐ろしく手軽に音楽が聴けるような環境がコンピュータによって実現したおかげで、もうちょっと気軽に聴いてもいいかなと思うようになった。今は本腰を入れて絵を描いていないからそんな風だけど、描き始めたらまた聴かなくなると思う。

聴いている音楽はほんとにバラバラ。懐かしいのや新しいのや聴いたこともないのや。今鳴っているのはアンビエントとかいうやつ。音楽ってたとえBGMとしてでも、それがもたらす脳への影響ってすごく強力だと思う。だから聴くんだったらちゃんと聴きたいと思ってしまう。垂れ流しに影響されるのはイヤな感じがする。これはとても個人的な感覚で、誰にでも当てはまるものではないと思うけど、自分の場合は音が無いほうが想像力が自由だ。

音楽は好きだ。でもそれとの楽しい関係がうまく作れていない感じがするんだ。遊びで楽器をいじっていたときはもう少しましだった気がするんだが。コンピュータが自分にとっての音楽ツールになってくれればという期待もあって音楽ソフトをいくつかインストールしてみた。これによってどう変わるかはまだなんともいえないけど、想像力の内側に音が入ってくれるといいなぁと思う。

10年ぶりぐらいに「気狂いピエロ」を見た。とても好きな映画で、最初に見たときにはこれより先にはいけないだろうなってぐらいに衝撃的だった。

でも、今回は普通に美しい映画だった。そんな風に思えた。幼く、シンプルだった。それはどちらも褒め言葉だけど、それ以上ではなかった。

物語がどこにも行かないということに、いつも苛立ちを感じていた。それは、つまり、どこにも行くことができないからだ。そしてそれは、どこにも行ってはいないからだ。行けないことを表明するのは勇気がいるし、その正直さと願望の強さにおいて美しいと思う。でも、本気でどこにも行けないと思っていたら、その未完の戦いさえも生まれはしない。そして、当たり前ではあるけど、恐ろしいことではあるけど、未完の戦いをもう一度繰り返すことはできないのだ。

どこかに行くことが成功した物語りは、それ自体が表現そのものの構造と矛盾しているのかもしれない。それは正しいかもしれない。かといってやめることも繰り返すこともできない。そのことを忘れた場所からは何も生まれないと思う。

ウォークマンとか、そういう外で音楽が聞けるような類のものは持ったことがなかったんだけど、ひょんなことからiPodを貰った。そんで外で自分の聴きたい曲をかけるというのを初体験したのです。

妙な体験だった。映画を見ているような気持ちになった。家でヘッドフォンをしているのとはぜんぜん違うんだね。歩いたり電車に乗ったりしても、まるで空の月がどこまでもくっついてくるみたいに音が途切れることなく鳴り続ける。自分で歌を歌っていたりすれば似たような状況になるだろうけど、そういうときの「主人公感」よりも距離感があって、ほんとに映画を見ているような感じというのがぴったりな感じだ。

映像だったらどうだろうとふと考えた。ウォークマン的に映像を持ち出すのは不可能だと思った。ポータブルDVDプレイヤーなんてのはそういう意味では近そうに思えるかもしれないけど、この時に考えたこととはぜんぜん違う。この体験に近いのはヴァーチャルスコープみたいな超ハイテクじゃないと同じ次元にはならない。むしろ色つきサングラスとかの方が近いのかもしれない。あとは幻覚剤とか。

そういう感覚には興味はものすごくあるんだけど、日常的にそれが欲しいかといったらいらないと答えると思う。でもその感覚はとても強力な商品価値を生み出すだろうなということは容易に想像ができる。今この感覚に一番近いところにあるのはおそらくオンライン3Dゲームかもしれない。それの行く先は「持ち歩く」ものではなくて「中に入る」ものなのかもしれないけど。

忙しすぎるわけでもなく、夏バテしているわけでもないんだけど、この前作ったマシンが調子悪くて3回もOSを再インストールしたり(おかげでやっと落ちついてくれたみたい。それがつい昨日のこと。よく知りもしないくせにあれこれ試すからいけないんだけど)、DVDやMP3が貯め込めるようになったのでせっせと整理やコピーをしていたり、なぜかこの一ヶ月ぐらい飲み会が集中していたりと、なかなか作る方のモードに入れないでいます。Windowsマシンを組んでからもう一ヶ月ぐらい経つというのに困ったもんです。

ところで前にも書いたキネガワ堂のお休みですが8月19日から一週間ぐらいを予定しています。その間はメールの返事や入金確認などもできなくなるので、注文しようと思っている人はそのつもりでよろしくお願いします。

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