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20040929: 今日の落書き

040929.jpg舞台装置が好きだ。
箱の中で完結しているとこがたまらない。別に舞台でなくてもいい。標本箱でもドールハウスでも切り取られた空間の中に成立する世界が魅力的なのだ。その中には物語がある場合もあるし、凍結した詩のようなものが封じもめられている場合もある。どちらも魅力的だ。

ゲームもまた箱のようなものだ。将棋やオセロ、パチンコやピンボールやスロットマシン、人生ゲームやコビットゲーム、そしてもちろんコンピュータゲームも。

考えてみれば絵もまた切り取られた世界だ。多くの現代美術は箱を「制限」として取り払おうと努力したけど、本質的には箱は取り払うことは不可能だろう。なぜなら、人が箱だからだ。箱を取り払ったように「他人に感じさせる」ことは可能でも、本人が箱から出ることは困難だ。むしろ、箱を通してしか箱から出ることは不可能なのではないかとさえ思える。

箱は入れ物であると同時に、出口にもなり得るものだと思いたい。

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