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20041011: 3Dソフト

ずっと3Dソフトのマニュアルとにらめっこしていたら目がイライラしてきた。モニターで字を読むのってホント疲れるなぁ。BBSとかの細切れの字を読むのはそうでもないんだけど、まとまったのを読むとだめだ。

3D、覚えます。つうか、一度は出来るようになっていたんだよ。6年ぐらい前だけど。でも覚えたソフトがいきなり別物になってしまって、その上出来が悪くて、誰も使わなくなってしまって、何の役にも立たなくなってしまったのだ。画像のソフトだったら、大体どんなソフトでも触っていれば分かるんだけど、3Dだとそうもいかない。考え方が違うとまるっきり別のソフトになってしまう。少なくとも昔はそうだったような気がする。今はどうなのかな。今日二つぐらいいじっていたけど、多少は方向性が絞られてきているのかもしれない。

3Dを覚えようと思う理由のひとつは、繰り返しが嫌いだということがある。同じものを何度も描いたりするのが好きじゃなかったりするのだ。アニメーターには絶対になれないな。あとはゲーム、もしくは動画への移行が容易だということもでかい。でも一番大きな理由は「模型的リアリティ」が好きだということかもしれない。

「模型的リアリティ」をどう説明したら分かってもらえるかな。あまりいい説明ではないかもしれないけど、「翻訳された立体、もしくは空間」というのが近いかもしれない。絵でももちろんそういう部分はあるけど、模型の場合はもっとシビアだ。どんなダメな形であろうとそれは実際に存在する形になってしまうからだ。それは絵だって物質だというのとは次元が違う。絵が翻訳するのは立体や空間ということで言えばかなり曖昧なものだし、そうであるがゆえの抽象性が絵の自由さと可能性でもあるわけだ。「模型的リアリティ」はそれに比べるともっとそっけないものだ。見るものの努力を要するものだといってもいい。いきおい技巧の巧みさやディテールの細かさに眼が行ったりしてしまうんだけど、そういうことでもない。かといってそれは「彫刻」なのかというと、それでさえない気がする。なにかもっと「遊戯」とか「横断」とか「覗き」とか、時間軸を含めたような価値なのかもしれない。

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