望遠鏡ってのは不公平なアイテムだと思った。見られている人からは小さくしか見えないのに、見ている人は大きく見える。でももっと言ってしまえば、道具というのは全て不公平だ。道具は持っている人と持っていない人を使える人と使えない人を届かないぐらいに隔てる。
言葉を使える人と使えない人、核兵器を持っている人と持っていない人、ネットに繋がっている人と繋がっていない人、学校に行っている人と行っていない人、知識を持っている人と持っていない人、車に乗れる人と乗れない人、お金を持っている人と持っていない人…
そして、子供や負けず嫌いな人は全部を得ようとするし、敗北感を味わったり疲れた人は得るのをあきらめるし、興味ない人や怖がる人は無視するし、憎しみにとらわれたり嫉妬に駆られた人は奪おうとする。
それでも人間は道具を使う。絶対使う。使わない人間なんて想像できない。お姫様のキラキラも職人の技も戦争の悲惨も美味しいご飯もあったかいベッドも病気のときの薬も楽しい映画も美しい音楽も全部不公平な道具のおかげだ。
子供の無邪気な万能感がなくならないように敗北感も疲れも無関心も恐れも憎しみも嫉妬もなくならない。つまり、道具は不公平であり続ける。いくら道具が使い方次第だといったところで、道具が不公平に使われるということはなくならないのだと思う。
万能感は賛美されたりもするけど、それだって充分人を傷つけ得るものだ。傷ついたり恥を感じたりすることを当たり前のことには出来ないんだろうか。自分の敗北感や疲れや無関心や恐れや憎しみや嫉妬を隠すように生きるから、目の前の人から逃げ出した能面のような政治家ヅラが出来るんだ。
道具なんて不公平なものだ。それでいい。自分に起きたことが自分で解決できれば、そこに起きる不公平は正しい不公平になる。それは起きなくてはいけない不公平になる。とはいったってそれは不公平なわけだから、つらいことだってあるし、ムカつくことだってあるし、卑怯な優越感だってあるし、悔やみきれない後悔だってある。そういうものがなくなるわけじゃない。ただ、その不公平は権力とは無関係だってことが重要なんだ。
と、ここまで書いて、俺は権力の意味を理解していないということが分かった。つまり俺は権力という道具を持っていないのだ。権力って何だ?まあ、いいや。俺のイメージの中では手を伸ばせば触れるとこには権力は存在しない。権力はテレビの中や請求書の中や健康保険証の中にある。つまり、わけが分からないのに、それに捨てられたら自分が困るかもしれないと思うもの、それが権力だ。そしてどんなに工夫を凝らしても公平では有り得ないもの、それが権力だ。
権力の外側ならどんなに不公平だっていい。それは納得できるし、もしそれが納得できなかったらそのために努力したい。そういう不公平はもっともっと太陽の下に晒して当たり前のことにしなくちゃいけないんだ。
11/24(Wed) 13:10
勝手に思いついた権力の定義。
双方向的であると見せかけて実は一方的である関係性。またその関係性において、見せかけた側は見せかけられた側の生存においてその意思や能力の有無にかかわらず保護しようとする行動をとる。結果は推して知るべし。
Comments
There're d
this good
綾木さんはじめまして
どうも、初めまして。
ここ数日の日記、全く
ご無沙汰ー 相変わら
どうも、ご無沙汰して
Thank you.
que beau v
江戸時代の街道とかを