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20050118: 俺の作る草原には

俺の作る草原にはバッタが跳ねているだろう。俺の作る空には鳥が飛んでいるだろう。森には怪しい獣が徘徊し、大木の梢ではすばやい小動物が無重力のようにまとわりつき、小さな洞には目の無い節足動物が蠢いているだろう。人もいるだろう。人は病んでいるだろう。病んでいることも知らずに。病んだままで生きるだろう。

死ぬことが簡単でなければいい。死ぬことが簡単じゃないのがいい。バッタも獣も人も。簡単には死なないように存在するのがいい。死ぬことの簡単さよりも生きていることの不気味さと重みの方がもっと面白い。だって死ぬことを簡単にするのは簡単すぎるんだ。誰からも見える分かりやすい死ではなく、その人にしか起きない死の方が大事だ。それはきっと寂しいだろうけど、寂しいなんて当たり前だ。それはきっと、上手く行きさえすれば、今の俺には想像できないほど寂しいことに違いないんだから。

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