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20050225: 積極的な主人公

物語って主人公があくまで受身で、外側からのアプローチが発生することで進行していくものがほとんどだ。それはおそらく「読ませる」という行為、もしくは見せるというメディアそのものが要求する部分もかなりあるんだろうと思う。そうじゃないと面白さが演出できにくい。

これ、実はエンターテインメントの基本的法則だ。でも、自分でお話を書いてみてそれがすごく不満だった。なんで自分から何かを求めることがこんなに物語を成立させにくいんだろうと、ずっとイライラしていた。たぶん物語や絵にだって「自分が求めることによって成立する」価値を表現することが出来る可能性は充分にあるんだと思う。でも今のところはそれが価値になりにくいようにしか社会の価値観が熟成していない。

で、ゲームだ。
ゲームはまず身体性を要求する。本を読んだり映画館で座席に座っているのとは次元の異なる身体性だ。これが要求することはまさに「自分が求める」ということだ。これは絵や物語が受け身では開くことが出来なかった(じゃなかったらしにくかった)表現を社会的レベルで、つまり表現の可能性の底辺レベルを底上げするように機能するかもしれないと思えているんだ。

これ、俺にとってはかなりワクワクすることだ。

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