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20050519: 「今」

偉そうなことを口にしているくせに、季節に取り残されていたり、体を無視している自分がいる。口だけじゃん。ダサいったらありゃしない。

物を作る時間の嘘っぽさと、今に追いつく時間のリアリティの均衡をとりたいと思うのに上手く出来た試しがない。勘違いならいくらでもあるのに、いつも後になってから勘違いだったと思うだけだ。

「今」という概念に幻想を持ちすぎている嫌いはあると思う。エコが流行るように。それはただトレンドであるに過ぎない。たとえばマイブームとかこだわりとかって、「社会的な今」をやり過ごすには有効な薬だとは思うけど、本質的な苛立ちを鎮めるためには何の役にも立たない。それで乗り越えられるぐらいなら誰も決定的に落ちたりしない。

言葉に出来ない「今」があると思う。それは生きていく自信にもなる。でもこれじゃ何にも説明になっていない。

今日、今、ここは気温が上がっている。この瞬間に細胞が温度によって変化を起こしじんわりと汗が吹き出てくる。自分の体だけじゃなく、カラスや木の葉っぱや、無脊椎動物や、野良猫やサラリーマンなんかも同じ力の影響を受けているだろう。もっと言ってしまえば、今日の株価とか、佐川急便の運転手の気分とか、サツキが枯れたことを悲しむクロアゲハとか、水位の上がった南極の海とか、そういうものがみんな気温の変化の中で影響を受け、そしてその影響を与え合っている。でも、こんな言い方がロマンティックすぎるのはよく知っている。ちょっと興がのってしまっただけの話だ。どんなに他人を勘違いさせるように言えたところで、自分の今との距離は縮まらないのだ。

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