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20050624: マスターベーションの再発見

デジタルゲームとウェブ上のメディア(フラッシュとか)によって、「終わり」を前提としない作品構造が定義しなおされたと思っているところがある。絵なんて元々そういうものだったわけだけど、それは時間的な拘束が完全にフリーだったわけで、デジタルがもたらしたものとは微妙に異なる。本質的には同じだと思っているんだけど。これってもっと言ってしまえば、物語構造に依存していないということだ。映画でも物語構造に依存しない映画というのは沢山試されていると思うけど(具体例を挙げられるほど詳しくないし、なぜ詳しくないかといえば成功例を見たことが無いからだと思う。コレは音楽に対しても言えそうだ)、そこに付きまとう退屈さは「芸術」というフィルターを抜きにしては一般化されないようなものでしかなかったと思っている。

デジタルゲームがもたらす欲望は他者を必要としない欲望だ。マスターベーションの再発見だ。例によってのってきたので飛躍すると、マスターベーションの効用を最大限に評価した場合に、望みうる効果のかなりの部分がこの可能性の中に含まれるのではないかと思う。

マスターベーションは悪い側面ばかりが表現されるけど、発明だって哲学だって創作だって、マスターベーションを完全に無視したら存在し得ないだろうと思う。要するに、デジタルゲームはマスターベーションの積極的側面を再評価するためにとても面白い役割を果たしていると思うのだ。教育とはマスターベーションの仕方を教えることである。

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