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20050730: 新しさの限界

新しさの限界について考えるのが好きだ。まず新しさってのはそれ自体が暫定的な概念だと思っているし、自我の規定にもよるけど、自我を主観的認識ベースで捉えるなら、無限の新しさってのは存在しないわけで、極論すれば単なる「変化」にまで単純化したってなんの問題も無いとさえ思っている。つまりここで言いたい新しさの限界ってのは、自分における新しさでしかないし、それ以外の新しさってものも、どんなに外側に感じようとも、結局のところは自己認識の外側に出ることは出来ないんだよなっていう、ある意味ペシミスティックな意味も含めつつな限界であるわけだ。

こういう思考をひねくれていると片付けるのは簡単。で、こういう思考の限界を面白がるのが好きなんだ。もの凄く飛躍するけど、市場原理とかってこういうロジックに支配されていると思う。つまり誰もが多少は思っている「自分」という認識が、本質的には全てが自分でしかないと論理的には言い切れる側面を持っているとも言えるのに、実際の市場とか社会とか個人的なコミュニケーションは、それが個人的な認識に留まらない共同体であると言う前提によって成り立っている。この手のことって凄く厄介なことなんで、簡単に言い切ってしまうと間違う。でも、これを意識していなかったらどこに面白いことがあるのってぐらい面白い。

いろんなスタンスの人がいるし、だから面白い。でもそれぞれの人がいろんなスタンスを表明していなかったら、ちっとも面白くない。そこに「自分」と「共同体」を超える可能性を感じる。新しさって概念は、自分と共同体を相対化するように存在したときにこそ、その力を発揮するし、限界を明確に現すものなんだ。

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