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20070323: 人の手を借りる

「人の手を借りる」ということがずっと気になっている。

この世の中には人の手を借りていないものは存在していないんだということへの理解が、どうにも浅い、そういうことなんだと思う。

美術の世界では、コラージュとかアッサンブラージュとか引用とかレディメイドとか、あえて「人の手を借りてますよ」ってことを宣言することで、逆に開き直るようなジャンルがあるけど、それらは、それをまず宣言しないと流通しにくいぐらいに、(未だに)一般的常識においては認知の浅いこととして「人の手を借りちゃいけない」ことの美徳が蔓延しているんじゃないだろうか。

人の手を借りるということは、自分ではない生命の恩恵にあずかるということだ。恩恵? んじゃ、もしくは自分ではない生命を食らうということだ。

今作っている作品で、俺はコンピュータを利用して絵を描いている。ヤフオクで落とした、20年前の人が作った金具を利用しようとしている。でも、これをもっと突き詰めると、20年前の人も誰かが掘り出した胴と亜鉛の誰かが調合した合金を鋳込んで作り出したわけで、しかもそれを誰かが流通させたからここにあるわけで、それと同じように200年前の油絵も、誰かが採取した顔料と、誰かが絞った亜麻仁油によって描かれているわけで、もっと言ってしまえば、その画家が生きていられたのは、誰かが栽培した小麦や、誰かが焼いたパンのおかげなわけで、そうやって、こうやって、あまりに美しすぎる論理を展開していると、大事なものも見落とすわけだけど、とにもかくにも、こうやってとりあえず生命は繋がっている。その上で気張ってみたり、張り合ってみたり、意地になってみたり、嘘ついてみたり、喧嘩してみたり、分かり合った気になってみたりしている。

それでもなお、人は、自分ひとりの手で何事かをして見たいと思う。それはきっと正しい欲望なのだ。幻想で充分。その意思と、そして生かされている現実と、両方あるんだ。どっちかではないんだ。意思の無い世界も、繋がりの無い世界も、どっちもつまらなさ過ぎる。綱渡りだよなぁ。

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