August 2007Archive

過程を拡張する、もしくは過程を延長する、ということこそが、文明であり言語であり、フェティシズムであり、リアリズムへの憧憬であり、死への欲望であり、生への欲望、なんだと思った。

ゲームとか、セックスとか、食事とか、遊びとか、スポーツとか、行為そのものの身体や社会に対する意味や影響力よりも、そこで延長や拡張を欲するエネルギーこそが本質であるように思えてならない。「もっと欲しい」という思いに囚われている自分を表明し、それを実行する、あらゆる罠を含みつつ、人はそのように歩んでゆく。そのようにしか歩めない。

俺が欲しいと思うのは、それを認めて、実践して、その上で、欲望がどれだけ淘汰され、どのように単純化され、到達したい一点にどれだけ近づくことが出来るのかということだ。そしてそのように人生を消費することは、これっぽちも特殊なことだとは思えない。

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