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20080727: 暴力

他人を、目の前の人間を、無視した上で行使される暴力はいくらでも生まれ続けているのに、生まれ過ぎているのに、もういらねぇぐらいありまくっているのに、なぜか、自分にリスクが跳ね返ってくるように行使される暴力は足りなさ過ぎる。

まるでビジネスの話だな。
もっと個人がビジネスを始めりゃいいんだ。
だってそういう意味では保育園児でさえビジネスマンでしょ?
保育園児はちゃんとリスクを負ってビジネスしてるよ。それを見えにくくしているヘンテコな取り巻きしかいなくとも、そんなこと関係無しにちゃんとビジネスしてる。

なんで外側を無視するメソッドによる利益だけがもてはやされるんだ?おかしいだろ、それ。ていうか、なんでそこで利益が生まれるのよ。おかしいだろ、それ。いちいちそんなところでジェラシーを感じてんじゃねぇ!って本気で思う。そのジェラシーが利益を生むんだ。でもそんな利益はすぐに腐るんだ。寿命が短いんだ。どのぐらい短いかといえば、生まれた途端に利益が生じた本人にとっても腐るぐらい短いんだ。それを普通幻想という。そしてジェラシーは、幻想の生まれるその瞬間に向けられるのだ。幻想を支えるのは腐る前のその一瞬だけだ。もっと言ってしまえば、腐るどころか存在もしていない電気的にも見える化学反応だ。

スイッチが入った時の一瞬のきらめき。
スパークは美しい。
パチンとはじけてショートする、その瞬間が自分の人生に起きて欲しいと誰もが願っている。でも心配することはないんだ。おそらく。ほんとのショートは誰にでも必ず起きるんだから。

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