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20080828: 上を見る家族

サラリーマンがサラリーを得るためにする仕事には
家族への想像力は必要とされない。
サラリーマンが仕事上で家族のことを思うのは
自分がつらい時ぐらいのものだ。
それは想像力とは言わない。

家事をするためには家族への想像力が必要とされる。
ただし、家族への想像力を働かせることなく家事をすることは
少しも不可能ではない。
でも、そのような家事が行われる家族はすぐに崩壊するだろう。

つまり、共同体を維持するためには関係性への想像力が必要とされる。
関係性への想像力を働かせることが困難な共同体は淘汰される。

しかし関係性への想像力を必要としない共同体がある。
それはたとえばコンビニであり学校であり塾であり会社である。
これらの共同体に共通するのは、共同体に目的があるということだ。
目的とは
受験の合格であったり、
販路の拡大であったり、
物欲の充足であったり、
理想の実現であったり、
利潤の追求であったりするだろう。
そのような共同体では人は隣ではなく上を見る。
関係性は作るものではなく分析の対象となる。
独裁者なき独裁。

かくしてそれぞれが上を見る家族というものが出来上がる。
では、上を見る家族の目的とは何か?


19:55
話はずれるが一つだけ加えておきたくなった。

上を見る家庭に育った子供は必ず欠損を抱える。
夜空の星を見上げているのは見上げている本人だけだ。

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Comment(2)

サクバさんの言っている事、
確かに、ボクに当てはまっているような気がします。

ただ、ただ、上に這い上がらなければ生き残ることの出来ない、
そうすることだけが正解とされる集団から、ぽっと放り出され、
ただただ、ひたすら空虚で毎日が悔恨に苛まれます。

ボクが自分を空虚に感じ、恨み辛みにまみれているのは、
単に過去のボクの努力が相対的に不足していて、それが
祟っているせいなのでしょうか。

ボクは、実は、表層的で本当に一部しか分からないけれど、
サクバさんという人間から噴き出してくるものから、
色々考えさせられています。

俺は何一つあなたに対する答えを用意することは出来ません。たぶん誰も出来ません。答えを求めるより先に、出来ることをするしかないんだと思います。自分に出来ることが、どれほどつまらなく見えても、周りから疎まれることであってもです。良くも悪くも人はとんでもなくしぶといです、でも自分自身に卑下されるととても脆いものです。

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