山手線に透明区間が導入された。これは画期的発明である。都会の過密状況と交通機関の共存についてはかねてより決定的な解決策が求められていたが、おそらくこれこそが最終的な答えとなるであろう。
原理はまだ明かされていないが、空間が音で満たされていると想定した場合に、その音の空間に隙間を作ってそこに物体を通過させるような技術なのだという。だから厳密には透明になるわけではなく、細分化させているのに過ぎないそうだ。
そして今日念願の試乗を果たしてきた。
路線は全て透明化されているわけではなく、外回りのある区間だけである。そして従来の実体区間と透明区間はシームレスに繋がっている。つまり、走っていると、いきなり線路と道床が消え、いきなり民家の中に突っ込んでいくような形になる。とんでもないインパクトである。いきなり塀が現れ、塀は当たり前のように自分の体を通過する。その先にはいきなり墓地が広がり、今度は墓石が通過する。その先では都営バスが電車の横腹を横切って行ったりするのである。これを最初に試運転した運転手はどれほどの度胸が必要とされたことであろうか。死ぬ気にならなかったら試すことも出来ないような認識のギャップだ。
目くるめく体験はあっという間に過ぎ去り、目的地の巣鴨に着いた。今日は友達とここで二葉亭四迷の写真展を見ることになっている。私は脱いでいたズボンと靴を急いで履き終えると待ち合わせ場所に走っていった。
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夢の話。なぜか透明電車に乗ったのは二度目だよ。なんかあるのか。


これは「是非とも」映像化してもらいたい!
いつかそんな体験が出来る時が来ると思う。
身体を突き抜ける物体!そんな経験が早くしてみたい。
途中まで本当の話しだと信じて読みすすんでました。
私もその夢にお邪魔させて頂きたいです。
近くのジャンクショップで古いレンタルビデオを100円で放出していたので、懐かしい映画をしこたま買い込んで来た。今日観たのは「DUNE砂の惑星」。当時「映像化は不可能といわれていた原作をデビッド・リンチが映画化」という触れ込みだったのを思いだしながら、映画の世界で「映像化不可能といわれていた」というコピーが今だに繰り返し使われているのを愉快に感じた。人のもつイメージの映像化への欲求とはそれは貪欲なものであるに違いない。それを共有したい欲求もまた貪欲だ。そんなわけでいつか映像化してください。
突き抜けるときの見た目と衝撃のギャップが面白かったですよ。一瞬微妙に物体が歪むんです。ブンって感じで。でも自分の体には殆ど影響がない。たぶん今やってる怪獣のカメラワークの考えすぎだと思いますw