October 2008Archive

081030.jpg

Click to Enlarge

手書きブログで描いたやつをPhotoshopでさらにいじった。勇者がうどんを食っているところです。いや、ゲーム画面みたいなつもりで描き始めたもんで。

こういうマップで虫採ったり、キノコ採ったり、魚釣ったり、イノシシ獲ったりするゲームがやりたい。だだっ広いマップで、どこまでも行けて、ひたすら歩き続ける。3Dの主観画面も魅力的だけどさ。でもクォータービューで一番困るのは森の中の表現が難しいことなんだよな。大木の中を歩くのが表現できないんだ。これは散々考えたけど、いまだにいい解決案が見つからない。

あ、それと見りゃわかるけど、サイドバーに手書きブログのブログパーツをくっつけてみた。見たい絵のところでクリックするとその絵のページに飛びます。こっちにアップしてないのもそれなりにあるので興味ある人はどうぞ。

さらに関係ないけど、Tumblrもいじってみてます。Twitterよりは使い道がありそうな気がする。継続的に使いそうなら直接飛べるようにリンク貼ります。Twitterのつぶやきはどうも立ち位置がはっきり出来なくて困る。

作品のスタイルなんてどうでもいい。何かになんて別になりたくない。そんなものを確立したいなんて思わない。そんなものはただの技術と物欲の産物でしょ。技術なんてその都度生成されるだけで充分だしそれ以上を技術に求めてちゃどこにも行けやしない。

俺は器用でもないし、これっぽちも上手くもない。
他人が器用という言葉を誰かに対して使う時、そこにあるのはただのジェラシーであることが多すぎる。様々な技術なんて峰の上を渡り歩くための杖でいいじゃないかと思う。上手に渡ることよりも、軽々と渡ることよりも、美しく渡ることよりも、一番大事なのは次の峰に辿り着くことだ。その綱渡りをほんとの終点まで成功させ続けることだ。自分において。それが判りにくかろうと、他人のふんどしで相撲をとっているように見えようと、そんなことはどうだっていいのだ。

081027.jpgきょうはトカゲのブブが死んじゃったので燃やしました。

081026.jpgルゼルブ号の発射にあたって、私は私が失うものを書き出した。
熟考の結果、書き出しには三日が費やされた。
リストは1723項目にも及んだ。
そしてそれらの項目には
私がこれまで抱え込んでいたほとんど全てが含まれていた。

だがもちろん、
私が失おうとしても失うことの出来ないものは残るのだ。
それ以外に必要なものなどあるものか。
私にはそう思えた。

おじいさんがリフトに乗って本を読んでいる。
現在の高度は400メートル。上りだ。
リフトの椅子はクッションが入っていてソファのようだ。
なんの本を読んでいるのかはわからない。
さっきから頬が緩んでいるので小説か何かだろう。

おじいさんのリフトはあとどれぐらい続いているのだろう。
おじいさんは終点まで本を読み続けるのだろうか。
それまでにお話が終わってしまったりしないだろうか。

おじいさんのリフトのスピードは
私のリフトより少し速かったので
それを確認することは出来なかった。
おじいさんは今あの雲の中だ。

平和って言葉を意識的に使ったことが一度もない。
自分を侵害することが起きないということが平和のわけがない。
自分を侵害することが起きないように
自分にとってのあらゆる外側を従わせることが平和のわけがない。
それこそが侵害だ。
居心地悪すぎる。

起きるべきことが起きない状態は
起きるべきことがナベの中で圧縮されている状態だ。

起きないようにすることは
先送りするということであり
先送りするということは
淀ませるということであり
淀ませるということは
圧縮するということであり
圧縮するということは
爆発するということであり
そしてその爆発を抑えるということは

さらに先送りするということだ。
先送りのための沈黙なんてクソだ

別に先は急がない
急いだら負けなのだ

急ぐということも
先送りのための沈黙と同じなのだ


自分が起こすことと
自分以外のものが起こすことの

関係性の中に居たいのだ

081023.jpg

Click to Enlarge

Arma EatersKILLupperで描いた。久しぶりにお絵かき掲示板を触ったけど、手書きブログなんかに比べると普通に絵が描けちゃうね。

......... Older »
Powered by Movable Type

Profile

Archive

Feeds