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20081108: 垢抜けた顔

経済が加速すると人の顔が変わる。田舎の顔と都会の顔は違う。経済成長を経験した国の人々はそれ以前とは違う経済成長を経験した国の人の顔になる。そしてそれを経験した国の人の顔はどの国でも全て同じ顔をしている。顔の均一化が起きるのだ。これは比喩の話しではなく実際の見た目の話だ。

普通それは垢抜けると表現される。では垢抜けるとはどういうことか。

ひとつには人間関係が希薄になるということだろう。それは、その顔に張り付いた表情が特定の誰かではなく、不特定の誰かに向いているということだろう。あなたの前にいるのは唯一の母ではなく、母という記号であるように。

ひとつには地域性と言われる場所の独自性が失われるということだろう。それは、その場所にしかないものに依存することなく生活が成立するように、流通や経済が働いているということだろう。目の前のキノコが裏の林からもたらされたものでなく、外国から船で運ばれたものであるように。

そして垢抜けた顔を美しいと感じる感性が誰もの心に育っていくようになる。その美しさはジェラシーによって保障される。俺の中にもそれはある。しかしそれではやっていけないことを確かに感じる。そのやり方では俺は俺の終点に辿り着くことは出来ないことを感じる。なぜなら全ては唯一ものでしかないからだ。それ以外では有り得ないからだ。垢抜けた顔の魅力なんてクソ食らえだ、と言っておきたいのだ。

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