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20081207: 数字

みんな数字に置き換えることが好き

数字に置き換えれば

わかりやすい
人に伝えることが出来る
自分を励ますことが出来る
目標を設定できる
やるべきことがわかる
自分を律することが出来る
昨日の自分が見える
明日の世界がわかる
利益を増やす基準となる
損をしないために役立つ
達成感を得られる
どれだけが我慢すればいいかがわかる
どれだけ幸せかが確認できる
どれだけ羨ましがられているかがわかる
どれだけ嫌われているかがわかる
恨まれない
疎まれない
恨まれる
疎まれる
公平だ
平等だ

ほんとにそう思ってんの?
ほんとに?

例えば俺は今日

タバコを25本ぐらい吸った
5kmぐらい歩いた
ウェブサイトを150ページぐらい見た
キーボードを1000回ぐらい叩いた
おしっこを10回ぐらいした
ご飯を4回食べた

そして
俺が何カロリー摂取して
何カロリー消費したかは知らない
俺が何回呼吸したかは知らない
俺がいくつの言葉を発したかは知らない

それらが一体何を意味しているのかが俺には理解できない
たぶん何も意味していないからだ

そんなことで
他人を知った気になったり
自分を知った気になったり
することは
つまらないことでしかないと思う

それなのに
いまだに数字に振り回されている自分もいたりするのだ
数字が大好きなのだ
そこで嘘をついちゃいけないのだ
理想がどうかなんてことはどうでもいいのだ

数字に振り回されていることをつまらないと思う自分と
数字に振り回されている自分が居るのだ

自分に必要で覚えておくべきは
自分が進みたいと思っているベクトルだけでいい
どっちに向かっているのかということだけしかない

06:54
でもラジカルな数字は好きなんだ
数字に依存する態度が嫌いなだけで

依存されている数字は不幸だな
数字は依存されすぎている

これって色でもモチーフでもコンポジションでも全部一緒じゃん
あらゆるものにはゲーム化でき
利用価値に変化させられる側面(消費される側面)と
そういうところからは決定的に隔たった側面があって
その消費的側面だけが取り上げられて搾取される状況が気に入らないのだ
そんな風に関わってしまったら
誰もが、色を、数字を、暴力を、忘れてしまいたくなるだろう
消費とは
「とりあえず」によって
自分にとって、なし崩し的に対象を台無しにするテクノロジーだ

消費の奴隷となるテクノロジーは悲しいのだ
奴隷を作るのは奴隷を定義する人だ
勝手に奴隷を定義していい気になってどうすんだよ

それって生贄でさえないんだぜ?
つかただのレイプでしょ

俺はゲームが好きだけど
どんなゲームが好きかと言えば
俺の奴隷になってくれるゲームではなく
俺が奴隷になりたくなるようなゲームなのだ

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Comment(2)

数字は、あくまで道具であって大切なのは、指先の感覚・・・
と、思いたいけどもイナダの行動は、通帳の残高の数字がかなり影響しています。トホホ。

言葉に数字をたくさん使う人は、騙しにかかってる場合が多いかも。

ゲームもたくさんの数字でプレイヤーを騙してるのだけれども
どこかに愛情を持って騙す事が出来たら、
それは、レイプじゃなくてプレイなんだろうな。


レイプとプレイに思い至るイナダさんにラブコール!

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