January 2009Archive

今日という日を振り返ろうとするのは意味づけをしたいからだ。
昨日という日を、去年という一年を、いつかの夏を、これまでの時間の全てを
振り返ることは
意味づけをしたいからなのだ。

なぜ意味づけをしたいのか
そもそも意味づけるということはどういうことなのか?

意味づけるという行為は
思い出という箪笥に整理するためにあるわけではないはずだ。
それは確かに分類学的で言語的で科学的方法論に
繋がるような意味づけであるかもしれない。

しかし意味づけるという行為にはもう一つの側面がある。
身体的で非言語的な意味づけだ。
人は経験を振り返ることによって精神へのダイブを深めることが出来る。
意味づけるということは経験をダイブのための道具にすることだ。

経験が道具になるためには
よく身体にしみこませる必要がある。
そのしみこませることこそが振り返ることであるべきなんだ。

他人によって発見された法則に普遍的価値を置いてはいけない。
同じ法則であっても自分が発見する必要がある。
法則の普遍性を否定することなく
法則に出会わないといけないのだ。
そのための道具だ。

090127-2.jpg090127.jpg夜に走るのは気持ちいい
自転車でもバイクでも車でも もちろん足でも
夜は速い
闇は外部情報を限定し内部情報を増幅させ空間を加速する
なんという万能感!

脳は身体を不活性化させるために使うのではなく
身体を活性化させるために使うべきなんだ

12:14
これはどうでもいいことだけど
そうしてみると
他人に対してズルイと言うことは
自分が自分自身に対して向けた表現だってことがはっきりする
他人をズルイと思うことは
自分の身体を不活性化したいという脳による依存的欲望の表れなんだろう
12:22
さらにほんとにどうでもいいことだけど
「つまり」ってなるべく使わないようにしよう
だって詰まってないし

どうも単なる韻で使ってしまう
言葉ってつくづくメロディの支配下にある
そしておそらくメロディの快楽の本質はダンスなんだ

かつては、
三人称はエンジニアリング、もしくは科学。
そして一人称は身体知。

必要なのは、
一人称のエンジニアリング、もしくは科学。
そして三人称の身体知。

090121.jpg

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3/11に発売される睡蓮というユニットの3rd ALBUMのカバーアートを描かせて頂きました。以前の日記でポーズが決まらないとか書いていたヤツですね。曲の試聴なども出来る公式ページなどは以下です。

睡蓮公式ページ
My Space
My space内のアルバム情報

3rd ALBUM 六花ノ音(licca-no-ne)
2009.3.11発売
NFCD-27170/¥2,100(tax in)
発売:Tearbridge Records / avex entertainment inc.
Amazon
普段あまり音楽を聴きながら絵を描くということはしないのですが、今回は頂いた音源をずっとループしながら描いてました。書籍の装丁でもそうなんですが、こういう仕事の場合って対照を好きになれるかどうかってのがかなり重要だったりします。逆に言うと例えば装丁家の才能ってのは、どんなものでも好きになれる能力だったりもするわけです。そういう意味では自分は装丁家としては失格。デザイナー向きじゃない。でも今回はしっかり好きになって絵が描けたので幸運でした。 LIKKA-500.jpg

090115.jpg

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