今日という日を振り返ろうとするのは意味づけをしたいからだ。
昨日という日を、去年という一年を、いつかの夏を、これまでの時間の全てを
振り返ることは
意味づけをしたいからなのだ。
なぜ意味づけをしたいのか
そもそも意味づけるということはどういうことなのか?
意味づけるという行為は
思い出という箪笥に整理するためにあるわけではないはずだ。
それは確かに分類学的で言語的で科学的方法論に
繋がるような意味づけであるかもしれない。
しかし意味づけるという行為にはもう一つの側面がある。
身体的で非言語的な意味づけだ。
人は経験を振り返ることによって精神へのダイブを深めることが出来る。
意味づけるということは経験をダイブのための道具にすることだ。
経験が道具になるためには
よく身体にしみこませる必要がある。
そのしみこませることこそが振り返ることであるべきなんだ。
他人によって発見された法則に普遍的価値を置いてはいけない。
同じ法則であっても自分が発見する必要がある。
法則の普遍性を否定することなく
法則に出会わないといけないのだ。
そのための道具だ。


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