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20090202: 対象との距離

写真を見ると、必ず写している人の事を感じる。
それは気配として写真に張り付いている。

実は絵でも同じだ。
描いている人の気配を感じ、
その気配が良いものならば、自分にとっては良い絵なのだ。

作為が見え見えだったり、
無理な努力ばかりが目立ったり
自尊心ばかりがでしゃばっていたり
うるさいぐらいに説明的だったり
ネタ以外の意図が見えなかったり

するようなのはまずパスしたくなる。
その上写真で人間を写した場合には
被写体の演技も加わるのでなおさら厄介だ。
写す人に起きることと同じことが被写体にも生じ
ダメ出し度はさらに加速するのだ。

こういう風にビジュアル表現を常に見ているというのは一般的ではないのかもしれない。
でも、そんな見方が不自然であるとはちっとも思っていない。

作為の不気味さによって、それが怖くて泣き喚く子供を想像してみるといい。
世界は作為に満ち溢れていて
それはミッキーマウスの被り物をしたアルバイトのように怖く写るのだ。
そしてその怖さは、明らかに、
例えば防御本能によって牙を剥き出す犬の怖さとは違うのだ。
怖いものは怖くあるはずなのに
優しさが怖くなる瞬間がそこに現れる。

おそらくそれは演じる側の嘘をつき通す態度なのだ。
しかもその嘘は
覚悟のある嘘ではない。
君の前では嘘をつき続けるけど、君の前でない時は秘密だよ
っていう嘘なのだ。

一見、モダンでシャープでシンプルでしかもカッコ良く見える写真が
実はそんなかぶりもので作られていることが何と多いことか。
その不気味さの正体を何と言っていいのか分からないけれど、
少なくともそれを拒否することは可能なのだ。

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Comment(1)

これは内緒ですが、実はミッキーは本当にああいう生き物なんです。
みんな人が入ってると思ってますが実は中に人なんかいないんです!

まあ、そんなことはないんでしょうが。

世の中はのりつっこみでできてるんです。はい。

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