←自分を放棄したくない 三次元的思考→

20090227: ぶれ

モノを作る時に肝心なのは、どれだけ平常心を保てるかだ。だがそれは平らな状態じゃなく、常にぶれ続けている状態だ。綱渡りをしている状態がバランスを取り続けている状態であるように。だから平常心とは、自分がぶれていることを感じ取れる能力だ。

おそらく、何かを作ろうと思うときなんてのは、かなりぶれて揺り動かされている状態なのだ。そして作り始めると、まずその傾きに囚われるし、それが収束し始めると、別な傾きが顔を出す。そのぶれを取り続けることで精度の高い何かが出来上がる。最初からぶれていないものなんて作れないし、最初からぶれていないように思えるものなんて、作る意味が無い。

動機になったぶれは、作る側からしてみれば、喜びと期待以外の何物でもない。冒険の始まりであり、危険の予兆であり、怖れを伴い、ぞくぞくするものだ。その湧き上がる何かがぶれを取り続ける勇気を与えてくれるのだ。

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Comment(3)

ぶれを取り続けるってのは取り除き続けるってこと?
最初はぶれを保つって意味で読んだんだけど…

そこは難しいところで、ぶれというのをより正確に振動と言う言葉に置き換えてもいいんだけど(グルーブでもいい。それは周波数の違い)、人間の生物レベルでの行為として考えれば、振動がなくなるということは死を意味するわけで、生きるためには振動し続けることに価値があると思うんだけど、モノを形にするということは(そしておそらく多数に向けた商品(=道具)にするということは)、振動を無くす方向でしか成立しないということなんだと思う。

個人的な欲求としては、どんなにぶれていても、振動していても、むしろブレまくっていたほうが嬉しいんだけど、そんな風に作られたモノは商品としては流通しようが無い。だからこれは社会性の問題。モノを作るためには振動と共にある必要があるし、社会に属し、ツール(これは物凄く広い意味での道具でありテクノロジー。もちろん言語も含まれる)というものを成立させようと思えば、振動を抑制した結果を提示する必要がある。それは名づけるということ。たぶん振動し続ける個人に必要なのは流動的な名詞という認識なんだろうって気がする。

上のは作る時の話の様だから、後者だったぽいっすね。

中道を行くなら卵の様な状態を目指すべきなんだろうけど、それがどれだけ難しいか見当もつかないな。
流動的な名刺、追々詳しく聞きたいです。

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