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20091231: 身体

誰もが身体飛び越えたくて身体を無視する。羽が生えていたらよかったのに、とでも言いたいように、自分の身体を見ない。無視された体は悲しむ。そして、その悲しみに対して代償を要求してくる。それが病気であり故障であるのだ。痛みであるのだ。

身体は正直、って言うのは簡単。でもそれが言えることにはなんの意味も無い。そんなことは理解にはならない。もちろん身体は正直だ。だが重要なのは、どんな風に身体が正直なのかを感じることなのだ。

今年1年、俺は今までの人生でおそらく最も多く自転車を走らせた。そして今までの人生で最も多く金属を削った。その削られたカスを集めて山にしたら、ちょっと感動するぐらい削った。

なんでそんなことをするのだろう?その答えは判りきっている。それをしたいとずっと思っていたのだ。そんな風に身体の声が聞こえるように、多少は成長したのだ。そしてそれが嬉しくて愛おしいのだ。

たぶん、そうやって開放された身体は、今まで思っても見なかったような道を見せてくれるだろう。そのことを思うと、とてもワクワクする。そのワクワクは終わりと共にあるワクワクだ。それってどういうことかと言えば、終わりなんてものは、実は終わりじゃなく、フィクションがフィクションの中に収まるって事なのだ。フィクションから開放されることこそが、身体を飛び越えないってことなのだ。

だから、たとえ身体を飛び越えた代償として病気になり痛みに向き合わざるを得ないとしても、それがその当事者にとって、人生そのもののように感じられたとしても、それをフィクショナルだといえる場所に立てるということは凄く重要なのだ。

明日を生きられる勇気と共に

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