永遠の反語をずっと考えていた。
それはおそらく、メンテナンスかコミュニケーションだ。
刹那では決して無い。そこに刹那を対比させるのは安易過ぎる。
そしてそう言った時に想定されている状況は新しい永遠なのだ。
2010年Archive
肉体における病の多様性と同じように、心においても風邪があり、癌があり、骨折があり、捻挫があり、打撲があり、内臓疾患があり、血行不良があり、硬直があり、運動不足がある。そしてそれらの症状は、肉体と同じように全て異なる。
しかし、やはり肉体と同じように、それらに遭遇しないようにすればいいというものではないのだ。そんな過保護は糞だ。なぜなら、肉体におけるのと同じように、不可避性のフィールドこそがリアリティだからなのだ。不可避性のフィールドがなければ学習は存在しない。失敗も存在しない。成功も存在しない、技術も存在しない、愛も存在しない。コミュニケーションも存在しない。治癒も存在しない。
誰もが分類の闇から抜け出すことが出来ないでいる。分類の闇とは正しさの基準の根ざすところだ。正しくありたいという欲望が闇を深くしていくのだ。その正しさは存在しない自分の中の他者に向けられている。それは自分の欲望が作り出した沼以外のものであるとは思えない。そしてそこまで思っても、この底なしの沼から自分が抜け出せているかと言えば、いまだにその沼は俺の両足を掴んでいるのだ。
遠くはすぐそこにある。その遠くは目の前に生えている一枚の葉っぱが風に揺られた時に運ばれてくる。その葉っぱが風に吹かれて枝から離れた瞬間にやってくる、その枝から離れた葉っぱが肩に落ちた瞬間にやってくる。肩に落ちた葉っぱが足元に落ちた瞬間にやってくる。足元に落ちた葉っぱが美しい蛾に止まられた瞬間にやってくる。そしてその葉っぱを踏みしめた瞬間に、踏みしめられて土となり、枯葉であることやめて新しい芽となり、音もしない柔らかさをまとった時にやってくる。
遠くはいつも見出されるのを待っている。でもいつも僕はそれを望みながら遠くを遠ざけている。
遠くに近づきたい。もっと近づきたい。
役に立ちそうな言葉は全て役に立たない。
役に立ちそうな画像も、役に立ちそうな映像も、役に立ちそうな音も、全て役に立たない。
それらが役に立ったように思えるときには、全て過去に属している。
それが表現といわれているもの、技術といわれているものの本質だと思う。
役に立つかどうかは、いや、役に立ったかどうかは、実践の後の評価であってそれをしない人にとっては役に立つか立たないかもどうでもいい事なのだ。
誰も自分の未来を先取りすることは出来ない。それを先取りできるとする幻想はあらゆる不幸の始まりだ。つまり保険とは存在しない未来の押し売りだ。だがこれを言い切るためには自分に足りないものがありすぎるのだ。この軟弱な身体と精神をもってそんな事言うのは大嘘つきだと思う。だからと言ってそんなにガチガチになることもないじゃないかと同時に思うのだ。大嘘つきでも何でも、正しいと思えることがあるなら、それでとりあえずは毎日生きていける勇気ぐらいは持てるのだから。
・物理的に閉じた空間の中に破綻無くヴィジョンを収める
・モデルの色相ではなく、オプティカルな効果で距離を顕す
・オプティカルな距離感は平面表現における光の仮想感に近づく
・空間的仮想感の新しい表現体系は存在する。写真が予感したように
・極めて微細な触覚的感覚がデジタル3D表現と現実のモデルを分ける
・固定的な視覚に対してできる限りの自由度で光線の効果が楽しめる
・可能な限りあらゆる角度からモデルを楽しめる
・外装自体がメカニカルフェティッシュであっていい。装飾ではなく
・操作する喜びとメンテナンスの容易さは両立する
・一般的には無視されている物理的な要求を救い上げることは重要だ
・洗練よりも要求の明確さの方が重要だ。要求が明確であれば拙さを恥じることは無い
・印刷物という架空の超フラットが夢を見させてくれた、それを裏切らない奥行きはたぶん実現できる
・その奥行きはたぶん夢想された人生としての白昼夢だ
機械が人に優しく安易になるほど、機械は人から遠ざかっていく。
遠ざかった機械は
個の失われた集団を前提にしないと維持できないものになる。
集団の母数は膨れ上がり続けている。
そのベクトルの行き着く先にあるのは、
単なる都合のいい空想的な他人としての機械だ。
そしてその都合のよさは、
個から離れて膨れ上がった
集団の欲望の最大公約数によって規定されている。
最大公約数によって生まれた空想の巨人が世界を支配する。
機械とはシステムだ。それは自動車であり、ロボットであり、倫理であり、医療であり、言語であり、コミュニケーションだ。
安易であることが革新であった時代。
だが、その安易さが最大公約数によってしか測られないとしたら、
その安易さは単なる牢獄だ。


Comments
Tokiya is
are you re
Sorry.I kn
i just see
明(ミン)さん、お久
ことしは年賀状、送る
hi cosmic
hi! just
綾木さんはじめまして
どうも、初めまして。