February 2011Archive

人は共感を求めている。
強烈に共感を求めている。
共感を求めるためのツールとしてWebがどれだけ利用されているかを考えると気が遠くなる。
だけど、
共感を求めるのは構わないにしても、
何に対して共感を求めるかが物凄く気になる。
共感の快感のために共感を求めるなら、それはファシズムの入り口だ。
孤独の渇きが思考を停止させる。
疎外の恐怖が人を狂わせる。
それらを忘れるためにではなく、
それらに向き合うためにこそ共感の快感を用いるべきだと思うのだ。

自分が物を作り出す過程が「設計」に近づいていくのはとても快感だ。
とか言いつつ、設計という言葉がどういう定義をされているのかは知らないのだけど、自分にとっては、ある目標を達成するために手順が確立されたあとの雛形なんだろうと思っている。つまり設計図というのは、単なるガイドラインなのではなく、素材や加工機材の制約を踏まえたうえでの手順が示された「地図」なのだ。地図としての設計図。それは宝のありかを示した宝地図なのだ。

Powered by Movable Type

Profile

Archive

Feeds