drunkard

とても当たり前のことなんだけど、覚醒していないと何も出来ないと思った。ほんとに当たり前だ。でもそんなこともよくわかっていなかったりする。

例えば今、自分の体にはそれなりのアルコールが入っている。この状態では絵が描けない。少なくとも良い絵は描けない。この酔いを強引に振り切って良い絵が描ける状態に持っていくことも不可能ではないけど、そのためにはかなりのパワーが必要だ。つまり、体のセンサーが寝ているのだ。

絵を描くとかモノを作るとかって事は、センサー全開にして行うものだ。むしろセンサーの奴隷となることによって、センサーを働かせている張本人に出会い、その張本人の操り人形になるようなものだと思う。主人公は「自分」ではない。自分なんてどうだっていいのだ。クソみたいなもんだ。邪魔にしかならない。

体が鈍いと覚醒状態にいることは出来ない。そしてそんな覚醒状態は特別なものでもなんでもない。朝の目覚めと共に誰にだってやってくるものだ。起きたとたんに葬り去られるのが日常であったとしてもだ。

朝の気持ちよさとセックスの快感との間に違いを感じない。夜の恐怖と他者の侵略の間に違いを感じない。細胞が開いていること、センサーが開いていること、外の生命や光や空間に浸透していくこと。なんかのベクトルがそこに現れる。それがなんだかはよくわからない。ただ、そこには怖いことも痛いことも眩しいことも嬉しいことも驚くことも全部あるんだろうってことはわかる。だからもちろん楽なことだけであるはずが無いのだ。センサーを開いた状態にしておくということは。

おそらく、センサーが開きっぱなしの人は社会生活を送るのが難しいだろう。それでもセンサーは出来る限り開いておかなくてはならない。なぜなら人間に限らずそれが生物のデフォルトだからじゃないんだろうか。

開いたセンサー、つまり覚醒状態は、非社会的だ。反社会的ではなく。

日常性の延長にあるポルノはつまらない。そこで行われている行為がどんなに非日常的であってもだ。問題は当事者においての日常性であって、社会的規範においての日常性ではない。つまり、当事者において日常的であるなるなら、それは日常の延長でしかないということだ。

行為の社会的過激さは問題ではない。当事者においてどれだけフレッシュな生肉であったかたかということだけが問題なのだ。

フレッシュな生肉を求めるのが正しい、それを求めなくて何を求めるのか。

好きな人を喜ばせるために自分の手や体を動かすことと、金を使うこと、の、違いを考えることが、ほんとは無意味であるという、ことが、今、書きはじめて、よくわかった。俺は幼い。未だに。でも、まあいいじゃん。

違いを論点にしかったのに、違いは論点にするには満たなかった、なんてことはよくある事だ。

むしろ、体が知って居るにもかかわらず、言語化したいという欲望の過剰さの方が重要なんだろう。

金も使うし、体も使う。もしくはどっちかだけ、もしくはどっちであれ、実はどっちも使っていない、その行為がどのように見えたかではなく、その行為が、その行為をする本人において、どれだけ細胞レベルの沸騰を伴って実行されたかだけが本質なのだ。

でも、沸騰なんていうと妙に熱いものをそこに当て嵌めがちだが、実際のところ、クールな情熱の方が、先走った熱さよりも、現実には遠くにいける手段であるなんてことを忘れちゃいけない。

見たかったものを作ろうと思う。
今までだってそうしてきたんだけど、今までのやり方や、経験や、知識では出来なかったことが沢山あって、今なら出来ると思えることがあるんだ。だから、見たかったものを作ろう。それはもちろん、かつては経験したことがあるのかもしれないけど、いつだったか思い出せないぐらい遠くにあって、今見ようとしても見ることが出来なかったものだ。でも、そこに近づいていく自分の足音が聞こえる。

当たり前なのに説明しづらいことは通過される。通過され続けている。通過され続けていることが沢山沢山ある。足りないことは時代に依存するにしても、それでいいし、そのように依存しているかどうかを判断することがアホくさい。

説明しづらいことが、知りたい。
知らないことを知りたい。
それがなぜかといえば、それが必要だからなのだ。

人は悲しい時に怒る

7/16(Sat) 5:34
higurashi ga nete simatta yo


7/16(Sat) 5:35

カラスがかったるそうに

空を横切ったのを聞いた

何度か

7/16(Sat) 5:42
夏の朝に

朝顔の

研究

をしていたことを思い出したけど

今の夏の朝は

ここにあって

ここから始める

夏の朝を

始めてみるのも悪く

ない

んじゃなくて

もうちっと

ちょっと先から


この湿度と

ねばりと

すがすがしさと

ながれるものと

温度の密度

心地よいと

薄紫の朝方に

窓を通して

誘われている

思い出の

思い出と

区別のつかない

今を

始めている

おじいさんの時計


7/16(Sat) 6:22

喜びと悲しみと怒りの違いはなんだろ?


7/16(Sat) 6:24

今日、生きたことを

悔いないで生きよう。


7/16(Sat) 6:26

欲しいもののために

自分の人生をささげた

てなことを思い込みたがる

そんな自分とは

疎遠になりたいものだ。


7/16(Sat) 6:28

そうやって

今日の身体の温度が少し下がる

そんな自分を

恥じてはいけない


7/16(Sat) 6:34

「僕はここにいる」
というときの「僕」
に含まれる
嘘を
媚を

忘れないでいようと思う


7/16(Sat) 6:37

今日飛び立つ飛行機。

と言ったときに

寄せられる期待

に、

揺られたくない


7/16(Sat) 6:40

またあした。


あしたという言葉は嫌いじゃないけど

あしたと言った
自分に含まれたいとは思わない


7/16(Sat) 6:44

幾何学的に美しいものが好きなのに

俺がとる行動はそうではない。


それでいいじゃん

俺が欲しいのは新しい幾何学だ

文様だって発見されうる
いまだに!

朝の八時。眠くて酔っ払っててヘロヘロなんだけど、起きてからだとイヤになりそうなので更新しておこう。

ちょっと前に七つの大罪のことを書いたけど、予想通りあの分類はもっとニュートラルに適用できることがわかった。ゲームにおけるキャラクターのステータスだけでなく、ゲームの基本システムとの対応とか、現実世界におけるテクノロジー、時間軸を含んだ博物学(要は生態学)、それにメタファーや反語まで含めると、いかがわしいんだけど説得力はある、みたいな世界観が構築できる。

で、これをさらに進めてカバラ(体が寝たがっているので説明が面倒くさい。検索しておくれ)の世界観にまで拡張するともっと可能性が広がる。占いとか数秘術とかって、その論理に依存するような興味はまったく持ち合わせていないんだけど、それを探求しようとする人たちが用いてきた方法論はとても興味深い。なんか絵を描いたりすることに近いんだ。これ、勘違いする人がいっぱいいそうだな。でも、まあいいや。

ここで酔っ払い特有の飛躍をさせてもらうと(すでに飛躍しまくってるって)、七つの大罪で使われた(罪でさえないんだけど)七という数字が十になる。って説明が足りなすぎて意味わかんねー!要するに(要するにって、なにもまとめられるような素材は提示されてないって!)メタレベル(ますますわかんねーよ)があと三つぐらいあると、物語的にもシステム的にも、終わりが終わりになれるように出来るかもしれないってことだ。

あかん。人に伝えようという誠実さが欠け過ぎてる。ま、サクバは前進している気になっているということで。

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