人は物語を求めている。それも自分のものだと思える物語を。重要なのは自分のものだと思えるということだ。
叱られたり、諭されたり、導いてもらったり、縛られたり、決め付けてもらったり、することが大好きなのだ。自分の物語であると思うことが出来さえすれば。そしてそのようにさえ思い込めれば人は自分の物語の中でとんでもない力を発揮する。あたかもスーパーサイヤ人になった悟空のように。
だから多くの人が自分の物語だと思い込めるものは、とんでもない利益と熱狂と強制力を生む。映画だろうがライブだろうが選挙だろうが小説だろうが宗教だろうが全部一緒だ。
ここに起きているのは、多くの人が自分と同じ物語の中に居てほしいという欲望だ。それは裏返せば、あなたの物語じゃないんじゃないの?という事になるんじゃないかと思うのだが、そうはいかない。それはおそらく、欲しかったものの本質が、自分の物語ではなく、自分の物語だと思えたものが多くの人々と共通であったということにあるからなんだろう。
つまり、よりわかりやすく言えば自分の物語など、どうでもいいのだ。重要なのは自分に都合よく引き寄せることの出来る共有感覚なのだ。もっと言ってしまえば寂しいのは嫌だということだ。さらに寂しい自分は生きている気がしないということだ。寂しい中では生きられないということだ。そんな中では力が発揮できないということだ。私にはスーパーサイヤ人になることが出来る資質が備わっているはずなのに、その資質が封じられていると誰もが感じているということだ。お願いだから私じゃない外側の誰かさん、私を開いてください、と言い続けているわけだ。フリーザ、ラブ。
分かり易いとはそういうことだ。何が分かり易いんだか知らないが。



Comments
俺もあまり詳しくは知
築40年の長屋から世
話はちょっと変わるん
世界を影から操るハッ
ken: 大抵の画家
世間では絵を始めとし
ロールプレイの先に価
人間の情報伝達手段が
自分が受け手の立場に
追記: 私小説的なス