[OUTSIDE]

lrg_radio_robots.jpgModern Mechanix
フィクションとノンフィクションの区別が曖昧だった時代の発明や空想を見るのは楽しい。まだあまり深くまでは見ていないけど、このブログは情報量がかなり充実している。後で探検しよう。ついでに似たような系列のサイトをいくつか。

The Steampunk Workshop

ここはマニアテイストが強い。レベルはともかく、自分たちで作っちゃっているところは好感度高い。

The Automata / Automaton Blog
オートマタ関連のネタを集めているサイト。しかしツボにはまるブツにはなかなか出会えない。この手のはネタ自体が少なかったりするんだよね。

The Museum of RetroTechnology
以前にも紹介したサイト。いまだに最強か。

「崖の上のポニョ」を観たんだけど、言葉が全体を台無しにしていると思った。アニメートされた映像は素晴らしいところが沢山あるのに、というより、見たことないようなレベルで圧倒的にアニメートされていてるのに、それを言葉や物語がとても陳腐に見せてしまっていてすごく残念だった。これは「もののけ姫」以降の宮崎アニメに対してずっと感じていることでもある。映像と言葉の間にどこか決定的な亀裂を感じる。

でも他人の作品をダシに使うのはフェアなやり方じゃないな。しかし連鎖なんてそんな風に起きるものでもあるし…まあいいや。

言葉は、言葉自体が時間軸を持っている。絵だって時間軸を持っているけど、ここではそれは無視。で、言葉を表現にするということは、意味だけでなく、この時間軸を含めて表現のうちに取り込むということだ。そうなって初めて言葉は表現になり得る。なぜなら言葉は、意味である前に音だからだ。つまり、音楽としての言葉が美しくなかったら、それは表現としては成り立っていないということだ。そして音楽と言ったけど、例えば小説にも音楽はある。それは文体や、流れる密度のメリハリに現れる。詩に比べれば音楽的純粋さは劣るにしろ、それもで紛れもなく音楽なんだと思う。もちろん音楽性のかけらも無いようなエンターテインメント文学がむさぼり読まれていたりもするわけだけど、それでもなお言語表現は音楽的時間軸の内にあるんだと思う。


これは今までにも何度か書いていることだけど、言葉が嫌いなのだ。全部の言葉が嫌いなわけじゃなく、音楽的でない言葉が嫌いなのだ。表現物かどうかに関わらず。

自分にとって美しいということは、身体的であるということだ。グロいとかエロいとか残酷とか優しいとか下品とか上品とかゴージャスとか清楚とか貧相とかリッチとか重いとか軽いとか冗長とかシンプルとかそんなことは美しさにとってどうだっていいのだ。どんな風であっても構わないのだ。身体的でありさえすれば。だからここで言っている「音楽的」であるということの意味は音楽のようであるという意味ではなく、音楽の身体性を指したいと思っているわけだ。

音楽の身体性なんて言うと、また小難しく聞こえるかもしれないけど、要は歌った時や踊った時に、音楽という表現物をガイドとして、潜るなり登るなり移動するなり出来るかどうかということだ。そこで、潜ることも踊ることも移動することも出来ずに、脳みその一部分ばかりが刺激されるようなものはつまらないことだと思うのだ。

意味は人を停滞させる。だから意味自体が流動的でなくてはいけないんだと思う。意味から始めちゃいけないんだと思う。なぜなら意味は後から生まれた道具に過ぎないからなんだろう。

kurogane.jpg怪獣の設定用に昔の車画像を探していて見つけたサイト。

「昭和30年代の車」

乗用車以外の大型トラックなんかの画像もいっぱいあって嬉しくなってしまいました。運転席やエンジンの画像もとてもありがたい。乗用車やバスはマニア画像が沢山あるけど、トラックとかは難しかったりするんだよね。このへんこのへんにたくさん資料があります。

いまさらだけど周防正行監督の「それでもボクはやってない」を見た。そんで掴まれまくってしまった。

気持ちのどっかで、面白いんだろうし、まじめに作ってあるんだろうし、見て損はないんだろうし、でも別に、って思っていた映画だった。だいたい裁判ネタとか、権力絡みとかは苦手なのだ。なぜなら、舞台として、あるいは小道具として利用されるだけで、それらの嘘くささが棚上げされるから。でもこの映画は違った。

とっても偏見に満ちているかもしれない第一の感想は「社会は作文で出来ているんだな」ということだ。それがネチネチと余すところ無く描かれている。素晴らしすぎて嫌になりまくる。丁寧すぎて開いた口がふさがらなくなる。。

社会はどこまでいっても作文だ。ヤクザのハッタリでも、先生の講義でも、法律でも、友達同士の会話でも、愛の囁きでも、そしてもちろん裁判官の判決でも、権力(暴力、もしくは仮想的借り物サイドの力)を持つように編集された言葉は、その時点で全て作文になってしまうのだ。そしてその作文は論理的でなくてはならない。一体いつからそんなに論理的であることが力を持ったのか不思議でしょうがないんだけど、つうか詩的な法廷とか、歌うヤクザとか、勝手につぶやくだけの先生とか、参照するに値しないぐらい頻繁に書き換えられ続ける法律とか、まあ、そんなものは役に立たないにしろ、いやむしろ、役に立たないものであって欲しいんだが、とんでもないぜ、いかに社会が作文かを見せてやるぜ、って心意気を感じたのである。

気持ちを動かされた強度が最初の20分ぐらいから最後までずっと続いていた。何が自分を掴んだのかよくはわからないし、他の人がそんな風になるとはあまり思えないんだけど、少なくともその理由には、作文に対する怒りだけじゃなく、なぜ作文に至るのか、なぜ作文は現実に虚構を再生産するのかという視点がずっと寄り添っていたからだろうと思う。とてもいい映画だった。

080818.jpgこのツール、Flashを使ったPhotoshopみたいなものなんだけど、かなり凄い。

Pixlr

今までにもこの手のFlashお絵かきツール(というよりこれは画像編集ツールだけど)はあったけど、ここまでツールに徹しているものって見たことない。こういうものがあれば、ネットへ繋がっているだけで、画像編集ソフトなんか持っていなくても、ホテルのロビーのパソコンだろうが、携帯電話からだろうが(現状では動かないにせよ)、誰でもどこからでも絵を描いたり画像の編集が出来るわけでしょ。ウチの劣悪なネット環境とPen4のCPUじゃ、かなりもっさりした感じはあるものの、それでも充分未来を感じるなぁ。最新環境だともっとサクサク動くんだろうか?とりあえずグラデーションツールと筆圧感知対応希望。

080816-1.jpg080816-2.jpgNarrow Gauge Chaosという狭軌軌道の鉄道模型を作っている人のサイトで、資料用として公開されているpdfファイルが素晴らしい。アメリカのC. W. Hunt という工業設備会社の1905年のカタログのようです。船舶への鉱石積み込み設備や、それに使う車両などが図説されています。他にもAir Locomotiveのカタログなどがありますね。

こういう鉱山軌道などの施設を見ていると、ローリングボールジェットコースターループゴールドバーグマシン(ピタゴラスイッチのカラクリみたいなもん)などと同じような魅力を感じる。複雑さや延長された過程や遠隔操作が、隠されたブラックボックスの中ではなく、剥き出しで存在していることの魅力。

二週間ほど前にチムリク経由で教えてもらった犬のしっぽブログというサイト、思いっきりツボにはまって、凄い久しぶりに言葉で刺激されまくった。

普段、文章を読むためにネットを利用することってほとんどない。もしくはそういうサイトに行っても、文章でハマることなんてないし、ましてや読み漁るなんてことにはまったくならないんだけど、過去ログ一気読みとか有り得ない事をしてしまった。

何が気持ちいいって、この人が思考する為に立っている場所だ。世間一般に流通している意味での哲学でもなく、科学でもなく、芸術家や宗教家のようでもあるのに、明らかに違い、かといって俺みたいな曖昧で飛躍しまくりの酔っ払いと区別無いような言動とも違う。肩書きからしてデザインサイエンティストとか言ってるし、ある意味なにそれって感じなのに、書かれている事はこれ以上マトモなことなんてないぐらいすっきりと単純に本質を突いてくる。とにかく好きだ。

しかし、この人の言っていることを説明しようとするといきなり言葉に詰まる。キーワードはいくらでもあげられる。メタフィジック、テンセグリティ、エコロジー、宇宙、地球温暖化、シナジェティクス(これはバックミンスター・フラーの考えた概念らしいけど、大昔にこの人の本は漁ったことがあるのにまったく記憶に残っていなかった。残っているのは浮遊都市とジオデシックドームぐらい。というかこのブログの梶川泰司という人は、フラーのところで一緒に研究をしていた人なんだそうだ)…。でもこれらのキーワードを羅列したところで、もしくはこれらのキーワードを知っていたところで、そこから想像する世界には収まることは稀だろう。

例えば現在流通しているエコロジーという単語が日々どのように形成されているかを考えると、エコロジーなんてただの金儲けの道具でしょ?トヨタやソニーは車売ったりテレビを作るのを止めればいいんじゃない?アホくさ、とあっさり切りたくなるし、環境問題だの地球温暖化だの言われても、それは関東地方でナガサキアゲハが捕獲できるぐらい深刻で、クマゼミだってモンキアゲハだって千葉県市川市に定着するし、アオスジアゲハなんて遥か昔から確実に北上を続けているわけだから、人間がヤバくないわけないよなぁ、生物的な危機感が弱すぎるんじゃないの?クーラーの運転時間を短縮することよりも前に真剣に考えなきゃいけないことがあるでしょ?って思っちゃう。この、無視は出来ないぐらい目の前に迫っているのに、周りがとち狂って動いてるがゆえに「違うんだよ!」としか言えないもどかしさ、を感じている人だったら、何かしらの発見があること確実。と、全然説明になってないけど超お勧めです。

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