game

Twitterで教えてもらった。いまだに問い合わせのメールがあったりするので、せっかくだから貼り付けておこう。

ついでにいくつか。
地震のあとに、地震とは関係無くPCが壊れてしまい、いろいろとデジタル環境が限定されています。メールアドレスのru_post@t-s-k-b.comのメールも取れてません。すみません。もし問い合わせなどある場合はtsakuba@gmail.com(@を半角に直して)までお願いします。

PCは原因もわかっているし、お金も大してかからないのでさっさと直せばいいのだけれど、なかなかそんな気になれない。理由はいくつかあるのだけど、家の周りの放射線量が思っていたより高かったのもその原因の一つ。年間3mSv前後ってかなり嫌な感じだ。子供がいたらさっさと引越してる。そうじゃなくても微妙だ。低線量被曝については諸説あるし不明確な部分が多々あるのは理解できるが、少なく見積もってもICRPやIAEAなどの基準や見解が過小評価だというのは間違いないと思っている。なんといっても彼らは原発を推進するための組織であって、人間の安全を保つための組織ではないからね。ちなみにチェルノブイリ事故のときの低線量被曝地帯(年間1.1mSv?5.7mSv)の影響はこんな感じらしい。現在、東京の東から茨城に続くこのレベルの線量地帯には子供を育てている友人や知人が何人もいる。とても心配だ。福島の人は言わずもがなだけど、それぞれが自分と家族のことを考えて行動するしかないのだ。クソ政府は嘘しかつかない。

080730.jpgこれは3年ほど前に描いた自分のゲームプロジェクト用のテクスチャーテスト画像(クリックすると拡大します)。建物の方はいまいちだけど、草はずいぶん試行錯誤している。このあとこの草原に木を生やそうとしたら途端に上手く行かなくなって座礁した。

まあ、それはいいとして、このテクスチャーで目指していたものの一つは、「そこにある感」だ。実際以上に近く、空気が薄まったかのような空間。それをジオラマ感といってみる。考えてみれば、去年作ったレンズから覗く箱も同じものを求めている。ただ単に精巧に作られた模型や、写真のように描かれた絵じゃつまらないのだ。俺の見たいものはそこにはない。そんな風には見えていない。どんな風に見えているのか、どんな風に見たいのかといえば、ジオラマ感を伴って見たいのだ。そのジオラマ感は自分の中で非常に濃密な時間に結びつく。ゾクゾクするのに落ち着く時間だ。

63393285_223.jpgブックレットの方も含めていったいどうなるのか?!

って予約どころじゃないね、これ。
鬼のように働いております。
とにかく今のところはとっても素敵なものになる予定!

water2.jpgゲームのためのマップ描きに明け暮れている。といってもまだ素材作りの段階で実際に使用するマップは一枚も出来ていない。

自分がどれぐらいのクオリティでマップを仕上げたいのか。どんな光で、どんなディテールでそこにあるのか。そういうことを試行錯誤しながら一つ一つ決めていく。たとえば草のテクスチャが上手く行くとそれまでいいと思えていた地面のテクスチャが良くなくなる。地面と草が上手く行くと樹が上手いこと描けなくなる。こういうことの繰り返し。これらの問題は俺が最終的なビジョンをしっかりと掴んでいないから起きる。草だけをハイコントラストのカリカリのディテールで仕上げたところで、その上に似たような樹が自然に生えるわけが無い。空間と光が掴めていないのだ。でもこの果てしない作業を繰り返していれば多少は学習もするもんだ。ちょっとづつ自分が居る場所が見えてくる。

こういう作業ではまりすぎると先に進めなくなる。よくある罠だ。だけどもうちょっと詰めないと。このわがままが許されることって凄く幸せだ。

04:42
樹や草や地面など一つ一つはかなりコントロールできるようになってきたんだけど、それぞれのバランスがまだ取れていない。この問題はほとんどクォータービューの視点によるものだ。たとえば一面に敷き詰められた草原に生える樹木。牧草地みたいな草原や芝生の草原に樹を生やすのは簡単だ。色のコントラストも明度のコントラストも簡単に作れる。ところが立体的で多様な植物が生えた草原に生やそうとすると、とたんに難しくなる。

これがヨコからの視点だったら、空気遠近法や空間の構成でいくらでも回避する技はあるんだけど、クォータービューだとそうは行かないのだ。毎日樹や草を見まくっているんだけど、まだつかめない。早くしないと葉っぱが落ちちゃうよ。

07:15
ゲーム画面をデザインしたり描いたりしていつも思うのは、「絵になりにくい」ところをいかに無くすかって事だ。スクロールしない絵だったり、量産を前提としない世界なら、いくらでも「絵になる」画面を作ることが出来る。でもゲームはそんなに甘くない。もっと細やかに丁寧にバランスをとってあげないと大雑把で不明確なところがどうしても出てきてしまう。なんとかしてそれを回避したいんだけど。

こういうのって映画や漫画にも言える気がするな。

07:55
スクロールするってことは、あらゆる場所に奥行きを無視して焦点があっているということだ。それはとても不自然なことなんだけど、そういう画面にはとても惹かれるし、絵ってそもそもそういうものなんじゃないかとも思っている。「記号的」で「人工的」で「装飾的」。ただ、これまでに開発された絵の技法に今やろうとしていることが当てはまらないだけで、絵という現実の解釈の仕方には背いていないやり方のはずだ。写真ではこういうのをマルチフォーカスといったりするけど、ちょっとしっくりこない。もうちょっと拡大してフラットフォーカスとでも呼びたい気持ち。
08:28
フラットフォーカスってエロくない?
08:37
ボッシュやブリューゲルはけっこういい線行ってると思うんだけど、やっぱりかなり都合のいい空間を構成している。これは別に彼らの作品の質の問題ではなくて、時代のリアリティの問題だと思う。俺が欲しいものはそこにはないけど、その時代においては充分にリアルだったんだろうなってことは感じられる。同様にペルシャのミニアチュールとか源氏物語絵巻とか宗達の屏風とかもフラットフォーカスだ。今ここに上げた作品はどれも大好きで沢山喜びを貰ったものだ。でも欲しいものはそこにはないし、それで当然だと思う。

過激じゃなくていい。過激さは邪魔だ。
重要なのは敏感であることだ。

050817-1.jpg050817-2.jpg050817-3.jpgこのところ四角ばっかり描いているのです。正方形やら長方形やら。要するにゲームのマップを考えたり、基本的なフォーマットのサイズを検討したりしているわけです。最終的な世界の広さとか、一つのマップにどれぐらいの情報量を入れるべきかとか、機械の処理能力との兼ね合いとか、自分の処理能力との兼ね合いとかを想像しながら。これが楽しくてしょうがない。楽しすぎるので日記を書くどころじゃないと、まあ、そういうわけです。写真からちょっとは雰囲気が伝わるかな。まだ海のものとも山のものともつかないので、具体的なことは自主規制しときます。下のは試験的なスクリーンショット。ちょっとだけオマケ。
interface800.jpg


●遊び方
start地点にカーソルを合わせるとゲームスタート!
あとは道から外れないようにゴールを目指せ!
ジャングルには残忍で陰湿な悪魔や、危険でエロで臭い変質者や、からみだすと止まらない酔っぱらいががウヨウヨしてるぞ!
さあ、あなたは無事このジャングルを抜け出すことが出来るのか?!

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超単純ゲームです。おこっちゃダメ!
千里の道も一歩から。オヤジのハゲも一本から。
ってことでお試しの道はまだまだ続く。線路は続くよどこまでも。
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ガラージュ動作確認アンケートもよろしくー!

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