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170807-02.jpg久々の自転車ネタです。
半年ほど前にカメラが壊れてカメラを買い換えたのですが、初めてのレンズ交換式カメラで写真を撮るのにはまってしまい、自転車に乗って写真を撮りに行ったりしていました。ところが自転車に乗っていくと、あまりにも乗り降りが激しくて、トゥクリップに足を突っ込むのが面倒だったり、スタンドが欲しくなったりで、どうしても自転車をいじりたくなってしまったのです。というわけで散策自転車を徹底させるべく、ポジションから大幅見直しとなったのでした。

まずはスタンドを装着してペダルは三ヶ嶋のSILVAN STREAMに。スタンドはフレームチューブを押しつぶすようなクランプは使用せず、接触面が大きくて軽量なクランプを削りだしています。ペダルはこれまでにもMTB用のフラットペダルやアルミ押し出し材を使った軽量ペダルを試したことはあったのですが、主に足の踏み位置が決まりにくいという理由で使うのがいやになってしまったのでした。やはりペダルシャフトと踏み面の位置にある程度の落差のあるペダルが使いやすい。


170807-01.jpg次にハンドル周り。前のアップハンドルも決して悪くはなかったのですが、120mmのステムを使ってもまだハンドルが近すぎたり、アップライトポジションの限界が低かったりで、びしっとポジションが出ていたとは言い難かった。なので思い切ってフォークをカーボンからスチールに戻してスレッドステムを導入することに。すごい重量化ですが、まあ輪行をやらなければ許容範囲です。この状態でも8Kg後半ってところです。使っているステムはルイステムとかいう商品名でとっても安くて重いやつです。そしてハンドル。NITTOのノースロードバーですが、現行品ではないやつで、幅が少し狭くて260gとそこそこ軽いものです。これにTEKTROのFL750というブレーキレバーを組み合わせています。


170807-05.jpgここまで決まったところで試乗を繰り返してポジション出し。500kmぐらい走ったでしょうか。いろいろ試しましたが、サドルは8mmバック、3mm下げ、ちょい前上がり、ハンドルは現状の高さが前後2:8ぐらいの荷重分布です。ここからさらに2~3センチほどハンドルを上げると完全にハンドルから荷重が抜けるところまで行きますが、これはかえって腰に良くないことがわかったので、ちょっと前に加重を残すぐらいが一番楽でした。しかし、前回のほぼ水平ポジションと比べて、あまりの違いに驚くやら面白いやら。

決して良いことばかりではなく、マイナス面もあります。まず使用しているフレームに対して明らかにテールヘビーです。最初に驚いたのはあまりにも後輪の接地面の情報がダイレクトに来るのでホイールが歪んだのかと思ったぐらい。次にこれまで痛くもなんともなかったサドルが急に乗り心地の悪いサドルに変化してしまった。前者はもう慣れましたが、サドルはアルミ製なので強引に曲げ直しました。フレーム変えろという意見はごもっともですが、まあやってみたかったんです。だいたいこのポジションにちょうどいい軽いフレームなんてまず手に入らないですから。

で、良い面。これは楽ちんの一言に尽きます。長距離も何の問題もなく、疲労は明らかに少ない。ただしドロップハンドルなどのポジションに比べるとアベレージは落ちます。これは上げられないという意味ではなくて、そのように走ったほうが気持ちがいいので結果的にアベレージが下がるということです。でも写真を撮ったり路地に入ったり寄り道をしたりするにはかえって好都合です。見たいものが良く見える、立ち止まりたいときに躊躇なく立ち止まれる、という性能が欲しかったわけですから。

でもサドルは、ここまで荷重が掛かるようになると革サドルにしたくなる。しかしこのポジションが出せる市販サドルはありません。なので欲しければ作るしかない。実は革サドルはすでにオリジナルのを作っていたりします。


150128.JPGこれは3年ほど前に作ったTimrck用の自転車です。ワンオフのキャリアにチェーンガードにフロントフェンダーにライトステーに革サドル。友人からはデコチャリとか言われていますが、いやいや、そんなことないっしょ。かっこいいよ、と自分では思っています。そうそう自転車はやっぱりカッコ良くないと、ってことで今回一番苦労したのがヘッドライトです。


170807-06.jpg170807-04.jpgやっぱりアップハンドルの何が抵抗があるかというと、かっこ悪いという思い込みが抜けないところなわけで、これをどうにかするには、それなりにボリュームがあってイカしたヘッドライトを正しい位置に装着するしかあるまい、となって、探し出しました。5万円もするようなビンテージライトじゃなくて、中国製のバイク用テールライトです。このクソ重くてリフレクターも何にもついていないアルミの塊を削りまくり、LEDユニットと電池を仕込んで、仕上げにアルミのファスナーを自作しました。これを自作のライトステー兼フロントキャリアに取り付けて、とりあえずは悦に入って眺められる姿に、なったかなー

110419-01.jpg110419-02.jpg110419-03.jpg110419-04.jpg去年の12月からずっといじってきたアップハンドル仕様のt-s-k-b号がやっとまともに乗れる状態にこぎつけた。ちょっと前にアップしたアルミのサドルもこのポジションにあわせた専用のものだ。幅が広く、後ろにセッティング出来、ロードフレームでもサドルのふちに足が干渉しない形状。ハンドルはちょうどいいものが無いので、ブルホーンと呼ばれているハンドルを逆につけ、カットし、一回り細いパイプで延長してある。後はオリジナルの木製グリップに、例によって削りまくったテクトロのエアロレバーなど。パッと見「プロムナード」という車種に見えるかもしれないが、長距離ツーリング可能なポジションを実現すべく、サドルは後ろに、ハンドルは前に、落ち着いたハンドリングと剛性の確保も両立させているつもり。

何でこんな風にしたかというと、30km/hまでの快適性をメインにしたかったからだ。この自転車は元々ドロップハンドルをつけて40km/h以上で走ることを前提としたようなロードレーサーだったわけだけど、自分の体力や使い方だと、本来の使い方からはかけ離れた使い方しかできていなかった。もっと好きな路地に入って行きたいし、気になるものがあれば立ち止まりたい。そうかといって、短距離専用ののろのろとしか走れない自転車が欲しいわけではなく、その気になれば150km以上だって楽に走れるような軽快性は残したい。本来ならそのような設計の専用フレームでやるべきなのはわかっていたのだが、そうそう散財できる訳も無いので、手持ちのもので試してみたというわけだ。まだ細かい問題はいくつか残されているが、とりあえず当初の目標は達成出来たかもと思っている。

このところエネルギーとか家の事ばかり考えている。例えば昔の価値観で言えば、贅沢とはエネルギーを湯水のごとく使うことだ。そのエネルギーには電気や石油だけでなく、使用人という人力エネルギーや、調達自体に膨大なエネルギーが必要とされる希少食材なども含まれる。そしてその結果得られるのは、労働から解放された時間だったり、希少性に目のくらんだ調度品や料理だったりするわけだ。しかし労働から解放されるにしても、美味しいものを食うにしても、もっと違うアプローチや価値観はいくらでもあるわけで、自転車を例にすれば、漕ぐという行為から開放されるのは自転車における贅沢ではない。そこでの贅沢は良く進む自転車に乗ることだったりするわけだ。これと同じように家事からの解放ではなく、楽しい家事を考えることだって出来る。それは掃除のしやすい部屋であったり、料理のしやすい調理器具であったりするだろう。環境だの何だの言う前に、自分の身体のことや自分の欲望についてもっともっと考えるべきだと思う。全てはそこから始まっているのだから。

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地震の前から作っていたアルミのサドル。手で叩き出して作ったものだが、難しくて4個目にしてやっと形になった。地震の翌日も叩いていたしその翌日も叩いていた。乗り心地は100点満点とはとてもいえないが、それは素材のせいではなく、技術の未熟によるものだ。それでも今のところ200kmぐらい走ってみてどこかが痛くなるなどということにはなっていないので、何とか使えるものにはなっているようだ。

地震の後から、自転車に対する要求が随分と変わった。まず荷物が積めない自転車はダメだと思うようになった。今でも小さなバッグぐらいはつけて走っているけど、10kgぐらいの荷物は積めるようにしておきたいと思うようになった。自転車だけじゃない。たとえば家も、小さくて軽くて、自分で楽にメンテナンスができる家を作りたいと思った。電気は自分で発電したい。出来れば食べ物も自分で作りたい。今までにもそういうことはずっと思ってきたし、そのための場所探しをしていた時期だってあった。だけどずっとそれをしないで生きてきた。昨日の日記、読み返してみるとちょっと誤解を生みそうに読めるなぁと思った。別に避難しろとか、今までの生活を捨てろとか、そういうことが言いたいわけじゃない。もっと静かに出来るリセットが幾らでもあるはずなのだ。

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随分長いこと掛かっていますが、製作中のサドルがやっと使い物になりそうなところまで漕ぎ付けたようです。といっても俺はなんもしていなくて、頑張っていたのはGull Craft代表だけなんですけどね。

試作品からの主な変更点は、真空成型製法の改善、レールとシェルの一体整形化、裏面の支持方法の変更などです。

写真に写っているのは、白いのがケブラーとカーボンのハイブリッドバージョン。赤いのはカーボンレールを採用したキャンディ塗装バージョン。ヌードカーボンのヤツはチタンレールバージョンです。でもケブラーのヤツは扱いが難しいので販売は無しです。素材の特性としてはサドルに物凄く向いた素材なだけに惜しいところですが仕方ありません。実際に販売できるのはカーボンレールとチタンレールのバリエーションに、オプションでカラーリングと言う感じでしょうか。重さはカーボンレールバージョンが75g前後(+-10g程度)、チタンレールバージョンが115g前後というところ。仕上げによっては60gぐらいのものもいけそうなので、軽量モデルを加えるかもしれません。

そして気になるお値段ですが、えっと、物凄く高いです。まだはっきりとはしていませんが、今のところ5万から7万ぐらいの感じで考えています。しかし完全ハンドメイドなんで、作る側からするとこんなもんなんですよ。それにこのサドルの、他の軽量サドルでは得られないソフトな乗り心地にはその価値があると思っています。普段使いでもツーリングでもオールラウンドに対応できるサドルに仕上がっているつもりです。試乗してもらった人達からも、非常に良好な反応が得られているので、それなりの汎用性も確保されていると思っています。最終的な価格は専用サイトでの販売を考えているので、それが出来るまで待ってください。支払いはPayPalで海外通販も対応予定です。

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2010_01.jpgヴァニラ画廊主催の企画展”Alternative Gothic”に参加します。開催期間は4/12-4/24。詳細はヴァニラ画廊のサイトでどうぞ。サクバは3点の出品予定です。新作はありませんが、自分の作品以外にも多彩な作品が展示されるようですので、興味のある方はぜひ足を運んでください。


100301-1.jpgせっかくなので近況報告も。あいかわらず自転車にはまってます。この写真はフライス盤でチェーンホイールを作っているところ。まさか自分がフライスを使うなんて!新しい工具や技術に触れるのは、ドキドキするしビビリまくるし、失敗も沢山あるけど、出来てしまうと楽しいことこの上ない。そんなわけで、今や全く手の入っていないt-s-k-b号の自転車部品はペダルとシートピラーぐらいになってしまいました。

それとオリジナルカーボンサドルに関する問合せをいくつか頂いています。ウチのサイトをチェックしている人で自転車に興味を持っている人なんて随分少ないと思うのですが、ありがたいことです。こちらは大分時間が掛かっていますが、試作品の5個目が現在製作進行中で、ここへきてかなり完成度が上がってきたかなというところです。全体のフォルムはほとんどそのままなのですが、製法や強度面での見直しが多く、やっと目処が立ってきたところです。見せられるようなものになったらまた公開します。

しかし、アルミを削ったり、粘土を捏ねたりするのは楽しすぎるな。絵を描いている時にはなかなか得がたい、身体が優先で入る没入感がたまらない。これって絵でも可能なんだけど、コンスタントにかなりの枚数をこなしている時じゃないと起きにくいように思う。

090528-1.jpg090528-2.jpg090528-3.jpg090528-4.jpgGull Craftによる製作中のサドルの試作品が出来上がってきた。真空成型によるフルカーボン製です。通常のカーボン製品だと、プリプレグと言って、最初から樹脂が浸みているカーボンを使って高温の釜で焼いて硬化させるのが一般的な製法なんだけど(こうすることで樹脂の含有量を最小にしてカーボンの特性を引き出すことが出来る)、これは樹脂の浸みていないカーボンを使って、真空ポンプで樹脂を引くやり方で作られています。大きな船の部品などを作るために編み出された最近の製法なんだそうだ。まだ技術が確立されていない部分も多く、当然情報も少ないので、このサドルの作り方も企業秘密(笑)ということで。しかし毎度のことながら、自分の考えた形が使えるものになって出来上がってくるというのは格別な嬉しさがあるな。090528-5.jpg重さは何と68g。世界で5本の指ぐらいに入る軽さだね。ちなみに現在売られている最も軽いサドルが54g(倒産してしまったメーカーのものだと43gなんてのもある)なんだけど、軽量バージョンを作れば同じぐらいの重さにすることも出来るかもしれないとGull代表は言ってた。自転車の世界は過剰すぎるくらいにとにかく軽いことに意味をおく世界なので、最軽量を目指してみるのもいいかもしれない。もちろんこのサドルにおいては乗り心地こそが重要で、軽さは二の次の価値に過ぎないんだけど。090528-6.jpg090528-7.jpgてことで早速50kmぐらい試乗してきた。まだ裏側の構造などが検討段階なので製品版になるにはまだあと何ヶ月か時間が掛かる模様。

090416-1.jpg090416-2.jpg090416-3.jpgこの二週間ぐらい、ずっと自転車の変速機を削っていました。元ネタはシマノのXT(RD-M772-SGS)というやつなんですが、ものの見事に変わり果てた姿になってしまいました。欲しい変速機が無かったから作ろうと思ったわけですが、どうせやるなら軽くてカッコイイのがいいし徹底的にやっちまえとなったわけです。ケージの部分は完全に作り直しました。裏はカーボンケージです。表はアルミじゃないと嫌なのでアルミで。ちゃんと動くかどうかはまだ揃っていない部品があるので未確認。いや、大丈夫だとは思うけど。ちなみに重さは現状で170g。まあまあの軽さです。最後まで部品が揃って鉄製のブラケットを作り直すことが出来れば150gを切れそうな感じ。090416-4.jpgこちらは以前メモ帳で描いていたチェーンガード。とっくに作って快調に役割を果たしています。もう病気が止まらないです。次はブレーキレバーとブレーキに行く予定。

090328-01.jpg自転車に取りつかれている男のメモ帳です。これはギドネットレバー(正面からも横からもブレーキが掛けられるレバー)のアイデアとか。090328-02.jpgチェーンガード。フロントのギアをシングルにしたら、やたらチェーンが外れるので。ほんとはギア板のデザインからやり直したいんだけど、欲しい歯数のパターンレスギアが手に入らないのでしばらくガマン。090328-03.jpg090328-04.jpgライトブラケット。090328-05.jpgで、だいぶ怪しいオーラが漂ってきたハンドル周り。もしもフレーム作っちゃうとこまで行ってしまったら、作品だと言ってしまおう。

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やっとサドルの原型が完成した。削り始めてから一ヵ月半ぐらい。考え始めてからだと二年半ぐらい。その間に自分で改造したサドルは五個。座ってみた既製品はたぶん30個ぐらい。アホか。

これからこの原型はガルクラフトの手によってさらに面出しをされてから型取りされ製品になる。これはこれでとんでもなく大変な作業だ。製品としての面の完成度、構造を出来る限りシンプルに成立させるための製法、新しい工法への習熟とトライアンドエラー、形にしてみてから判ることとその修正。それでも一ヵ月後ぐらいにはプロトタイプに跨れるだろうか。物凄い楽しみ。ちなみに今までの経過はこちらで見られます。

しかしこのところテンションあがりすぎて異常な状態に陥っていた。睡眠時間5時間ペースになっちゃうし、眼が覚めるとサドルのことしか考えてないし、起きると16時間ぐらいずっと削ってるし、少し形になると10kmぐらい走ってくるし、いくらやっても疲れないし、ドーパミン出まくり状態。こんなのはHideout展以来かもしれない。おかげさまで髭も髪の毛も伸び放題。日記の更新なんて出来ません。メールの返信もウェブのチェックもしてません。唯一細々と更新していたのはTumblrぐらいのもんだw

で、肝心のサドルはというと、何回座面を削り直したかわからないぐらい削り直しをし、100回ぐらいシートポストに付けたり外したりし、2-300kmぐらい試乗し、考えられるあらゆる形を試し、天国と地獄を何回も行き来した結果、とりあえず自分だけは有り得ない乗り心地を体験することが出来た。ガチガチなのにまるで座布団に座っているみたい。誰も信じてくれなさそうだけど。あとはこの乗り心地がどれだけ多くの人に感じてもらえるかだ。前回の形に比べると、お尻の支え方そのものが違うので、汎用性は相当上がっているはずなんだが、こればかりは座ってみてもらわないことには判らないので凄い不安。確かにセッティングはシビアだし、自分でも取り付け角度がたった1度ぐらい変化しただけで、その乗り心地は再現されなかったりもするんだけど、それはどんなサドルでも同じことなので、その人のベストセッティングが出せさえすれば、かなりのイイ線はいけるものになっているんじゃないかと思うんだが。まあ、あとは出来てからのお楽しみだ。とりあえず人間のお尻にはもの凄く詳しくなりました。

090215-01.jpgきのう、友人二人に製作中のサドルのテストライドをしてもらった。最初は渋い顔をされるものの、その場でペーパーで削って変更を入れ、要求を取り入れていくと、すぐに何とか乗れる状態になり、何度かそれを繰り返すことで、そこそこの乗り心地まで持っていけたようだ。どの変更もサドルの基本的な面構造を変えることなく、自分ではシビアじゃなかった部分に対する許容度を広げるような変更で済んだので、このままより多くの人に座らせていけば、かなり汎用性と快適性を両立できる方向に持っていけるんじゃないかと思っている。その後原型は友人に託し、大阪まで旅をさせることに。090215-02.jpg昨日の成果を忘れないように、断面図を加えてメモ。基本的な構造はそのままに、もう一回ぐらい座面を削りなおす必要がありそうだ。

090212-01.jpg自転車のサドルのことしか頭になくて、更新が滞りまくってしまいました。これは4回目の削りが形になってきたところ。かなり骨盤が要求する面の構造が理解できてきて、シンプルでなおかつ荷重が理想的に分散されるラインがわかってきた。嬉しくてひとりでニヤニヤしています。当たり前だけど面白いのは、全くといっていいほど意匠を与えていないのに、ちゃんと美しい形になっていく点。何が当たり前かって、意匠を施してないから美しいんです。でも改めて、そういうものなんだなぁ、と感心してしまう。もちろん自分のケツに限って言えば乗り心地も夢見心地になりつつあります。090212-02.jpg夢中で骨盤の要求を理解しようとしている図。
090212-03.jpg歴代サドル

090206.jpgこの三日間、ずっと自転車のサドルを削っていました。オリジナルサドルです。既に削りは三回目。描いたデザインは数知れず。

一応カーボンかケブラーで商品化予定です。モデリングとデザインは俺。製作販売はガルクラフト。普通の人からすると信じ難いお値段になる予定。ママチャリ何台買えるのよ、みたいな。果たして無事販売に漕ぎ付けることが出来るのか。乞うご期待(ってここを見てる人はほとんど興味なさげだがw)。

製作過程や細かいうんちくは、あとでa bicycle tripにでもアップするかもだけど、とにかく乗り心地優先の軽量サドルです。今売られているどんなサドルよりも乗り心地のいいサドルにしたい。さすがに全ての人にとってというわけには行かないだろうけど、過半数ぐらいの人が超快適になれる位のものは作れそうな気がしているんだが、どうなることやら。

090127-2.jpg090127.jpg夜に走るのは気持ちいい
自転車でもバイクでも車でも もちろん足でも
夜は速い
闇は外部情報を限定し内部情報を増幅させ空間を加速する
なんという万能感!

09010101.jpgあけましておめでとうございます。
元旦、一日だけのお休みを遊んで過ごそうと、Timrickガルクラフト代表と三人でサイクリングに行ってきました。最初の目的地は千葉県柏市にあるこんぶくろ池というところ。手賀沼の水源の湧水池です。写真はあまりに良い所に写りすぎていますが、それでも不思議な感じのする場所でした。09010102.jpg次は利根運河へ。江戸川と利根川を結ぶ運河です。両側がサイクリングロードになっています。向かい風でしたがとても気持ちのいいところです。09010103.jpgここは東京理科大の理窓会記念林自然公園というところです。とにかく水辺が好きなので、ウォータースポット巡りなのです。朝の10時ごろに出発して、この時点で既に昼過ぎ。ファミレスを探して昼飯です。09010104.jpgあとは追い風に乗って江戸川をひたすら南下し、家に着く直前で初夕日。nenga2009.jpgこれは今年の架空干支動物年賀状です(今までの年賀状はこちら。牛は難しかった。虎とかどうしてくれよう。特徴がピンポイント過ぎだよ)。プリントとサイン入れは終わっているんですが、宛名書きは今日やる予定です。では、今年もよろしくお願いします。

08122501.jpg08122502.jpg今日も朝から自転車でひとっ走り。埼玉県側から大回りで行ったので20kmコースです。下の写真は公園の外側を流れる水路にある、使われていない船着場。昔はうなぎでも獲っていたんだろうか。いつも気になる好きな場所。

さあ、今日も絵を描こう。年賀状まで辿り着けるかなぁ…08122503.jpg

08122401.jpg08122402.jpg08122403.jpg朝の運動に水元公園まで自転車で走ってきた。ウチからだと往復で10-20km(回り方で変わる)ぐらいなので、お散歩には丁度いい距離なのだ。

この公園には子供の頃から随分とお世話になっている。今はバードサンクチュアリになっているような水辺も、その頃はまるでジャングルのような手付かずの状態で、探検するにはもってこいの場所だった。数は少なかったがクヌギの木ではカブトムシやコクワガタが取れたし、河には1メートル以上もある巨大な草魚(?)なども居て、釣り人のオジサンに「持って帰ってもいいよ」とか言われてどぎまぎしたりしたものだ。

今日は寒くて暗くて冬らしい日だ。ぬくぬくと仕事しよう。

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とりあえず組みあがった自転車。
ちなみにいじる前の状態はこんな感じでした。↓
さらに前はこんな感じ031201-01.jpg基本の考え方は、自転車に乗っている時の身体の要求を汲み上げることで、身体への無駄な負担を減らして自分が自由になることです。これは気楽で手軽にすることでもあるけど、身体が動かなくてもいいようにすることではなく、むしろ、より動くようにしたいのです。それと時間から自由になること。時間を競うための効率より、目の前の坂道が辛そうに見えないこととか、興味を惹かれるものを見つけたときに寄り道する気になれるとか、止まりたい時にすっと止まれる気持ちになるとか、そういうものを大事にしたい。

オートバイに乗っている時もこういうことはよく思っていたんですが、自動車よりは自由であるにしても、やっぱり走り出すと走り続けちゃって、気持ちが置いていかれるんですよね。それがより気軽な自転車に乗っても同じだというのは納得がいかない。せっかく簡単に止まれて簡単に走り出せる乗り物に乗っているわけだから、もうちょっと自分の気持ちが楽に汲み上げられる乗り物にしたいと思ったわけです。で、これはレーサー側から見たときの話。

ママチャリや実用車側から見ると、それらは確かにお気軽であるかもしれないけど、無駄に重くてとてもじゃないけどそれで100kmとかを走りたいとは思えないような乗り物です。つまり日本を走っている自転車の9割以上は、せいぜいが10kmぐらいの距離を走るための物として作られているわけです。そしてそんな自転車は使い捨ての乗り物でもあります。盗まれたって惜しくないから安い自転車にするとか悲しすぎる(盗まれることを前提に所有するということは、盗む人に依存するということです。盗む人がいなかったらそれを買わないということです)。いっそのこと10kmぐらいのための乗り物なら、そんなもの持たずに歩けばいいじゃんと思ってしまう。そっちの方がよっぽどシンプルでしょ。

モノを持つということはモノが所有者に要求する負担を受け入れるということです。それは構造への理解であったり、メンテナンスであったり、置き場所であったり、移動する際の重さであったりします。それを受け入れるからにはそれに相応しいものであって欲しいのです。服でも自動車でも洗濯機でも家具でも一緒です。なのにそんなただのつなぎのために、9800円とかで買えちゃう自転車が外国の安い労働力とずさんな設計で量産されている状況はどう考えても好きになれない。それを利用するということは本人に自覚が無くとも搾取です。盗む人に依存するのと同じように安い労働力に依存しているわけです(ああ、そう考えると俺の生活も搾取しまくりでイヤになる)。もちろんそんな風に扱われない幸せなママチャリだって存在しているだろうけど、そんなママチャリは希少価値もいいところだろうな。まあ、そんないろいろな思いを含めつつ色々いじってみているわけです。

以下、自転車に興味がない人には全くつまらないと思われる文章が続きますが、なるべくわかりやすく考えたことなどを書きます。それにほとんどの人は自転車を何らかの形で利用しているでしょうし、何かのきっかけでより深く自転車に興味を持ったときに役に立つなんてこともあるかもしれないですし。

主な変更点は、リアホイールを軽くて剛性の高いものに(車輪のついた乗り物ではホイールの軽量化は最も効果的な軽量化だといわれています。長距離トラックなどでは劇的に燃費が変化します。自転車も同じで山岳レースなどでは何十万円もするような軽量ホイールが有難がられています。あまりに軽すぎて犬にぶつかっただけでひしゃげてしまったりしますが、それでも軽いホイールは羨望の的なのです)、スプロケット(後ろのいっぱいついているギア)をロード用のものからマウンテンバイク用のものに(写真を比べるとギアが大きくなっているのがわかると思います。これはより軽いギアが使えるということです)、フロントフォークをスチール製からカーボン製に(重さが半分以下です)、フロントギアをダブルからシングルに、そしてハンドル周りの変更です。普通の人が見たらハンドル以外は同じに見えるかもですね。

ハンドルは見ればわかるように、以前はドロップハンドルがついていました。とにかく飛ばす人やレース用には最適なハンドルです。力も入るし、下を持てば前傾姿勢も強まるので空気抵抗もそれなりに少ない。

でも自分の場合ほとんど上を持っているんです。9割以上。しかも上を持っていると、ブレーキが本来の制動力を発揮できません。とは言っても通常の使用では充分なぐらいの制動力は得られるわけですが、緊急時などの制動力としては充分じゃないという意味です。

じゃあマウンテンバイクに使われているようなフラットバーはどうかというと、あれは不整地を走るためのハンドルですから、必要以上に幅が広い。で、それを詰めればいいかというとそうはいきません。幅が狭くなると、ハンドルが真っ直ぐだと力が入りづらくなるのです。出来れば手前に絞られている方がいい。ドロップハンドルなども多くのものは上はまっすぐです(中には同じ考えで手前に絞られているハンドルも存在します)。

でもドロップハンドルにはもうひとつのいい点があって、それはマルチポジションだということです。とにかくいろんなところを持つことが出来る。これが周りの状況や自分の疲労具合などによって使い分けられるのはとても有難いのです。これはやはり活かしたい。
031201-02.jpgというもろもろの要求を考慮したのがこのハンドル。基本は金色のバーテープが巻いてあるところをもちます。黒いバーエンドは疲れたときや背中を伸ばしたいとき用。前に伸びている部分は向かい風の時などに前傾姿勢を取る為のものです。まだ仮組みなのでこの先もいろいろ変わりそうですが、基本的な要求はほぼ満たされているみたいです。
031201-03.jpg駆動系は完全に今の時流に反しています。今はどんどんギアの枚数が増えています。2009年モデルでは11速ギアまで登場しています。前が三枚なら33段です。普通の人が考えたら、なんでそんなに必要なの?と思うかもしれませんが、自転車競技もF1と同じでスピードを競うものですから、常に最適なギアが選べるということは大きなアドバンテージになるわけです。でも俺のは前がギア1枚で、後ろが9枚。以前は前が2枚で後ろが10枚でした。

でもフォローしているギア比はほとんど同じです。ということはギアとギアの段差が大きくなったわけです。実際には例えば20段でもかぶっているギア比がかなりあるので、二倍の段差になったというわけではありませんが。

ところでいつも最適なギア比で走るということは、それだけシフトチェンジをしているということです。逆に言えば常に最適なギア比を選ぶようにしていないなら、何十段もある変速比は無駄だということです。だから、現在のテクノロジーはいかにライダーに変速をさせるかというところに向かっています。今度レース用の電動コンポが売り出されますが、それも電動にすることでライダーにストレス無く変速させるためです。

じゃあ自分の乗り方はどうか。今はインデックスシフトといって、パチパチとレバーを動かすだけで変速できるので、昔に比べれば頻繁に変速をするようになりました。信号で止まる時には軽いギアにいれ、加速するにしたがってギアを重くするなんてことも普通にしていますし、実際にそうするととても楽に速く走ることが出来ます。同じぐらいのスピードで巡航する時でも、足の負担にあわせてギア比を少し変えてやると、それだけですごく楽になったりもするものです。

でも前が二段であることで、本来もっと軽いギアで登りたい坂を、フロントの変速が面倒なために重いギアで登っていたり、クロスしたギア比(段差が少ないギア比)にしているのに、ほとんど使われないギアがあったりしているのも事実。それと大きいギアになればなるほど、段差がペダルの重さに与える影響は少なくなっていくので、ロー側の段差はもっとあってもいいとずっと思っていました。

まあ、こんなことを言ってられるのはレースをしないからですが、レースをしないなら、しないなりの最適なギアがあるんじゃないかと。そう考えての選択です。これが正解だったかどうかはもうちょっと乗って見ないとわからないですけど、これでもいけそうだなぁというのが今のところの感想(あ、それと今回試験的にインデックスシフトをやめています。軽くてシンプルでいいんですけど、やっぱりインデックスシステムは偉大だというのが正直なところ)。

次はブレーキレバーとサドルだな(サドルは今付いているのも自分で削りまくりのとんでもないヤツだったりw)

081127.jpgやっと買い貯めたり、改造していたりした、自転車の部品が組みつけられる準備が出来たので、きのうからずっと自転車をいじっていました。おかげで更新はサボりまくり。何とか走れる状態に漕ぎ付けたので、明日試乗しにいくつもりです。とても楽しみ。完成写真(といってもまだ仮組み状態ですが)は明日アップしよう。

基本的にのめり込みすぎるたちです。オートバイもゲームも、それで結局デザインしたり監督するとこまで行っちゃったりする。自転車も既にヤバい域に達しています。もう性分なので自分ではあきらめてますが、周りはいい迷惑です。知ってます。すみません。

ところで自転車のことを考えていて思ったんですけど、現在のテクノロジーって中庸に対しては全く真剣さが足りないんですよね。自転車で言うと極端な話ママチャリとレーサーしかない。そこでレーサーのスペックを持ったママチャリがあったっていいと思うんだけどそんなものは存在しないわけです。自転車は軽ければ軽いほど楽に走ることが出来るんですが、ママチャリってのは16kgとか18kgぐらいの重さです。ロードレーサーなら市販車でも9kgとか8kgとかで、最も軽い自転車だと4kg以下です。この重さが例えば坂を上るとき、そして加速する時に足の負担として掛かる。18kgの自転車で坂を上るということは、その重さをペダルの回転で持ち上げるということです。つまりロードレーサーで坂を上ることに比べると、10kgの米を積んで登るのと同じぐらいの負担が足に掛かるわけです。この米を降ろせば今まで登れなかったような坂が登れちゃうなんてことも起きる。だからママチャリだって軽いほうがいいに決まっているわけです。で、なぜママチャリが重いままでいいかというと値段ががネックなわけです。ただそれだけ。自転車なんかに10万円とか100万円も出せないと。

しかもこれは自転車だけの話しじゃないわけで、服にもヤカンにもフライパンにも家にも言える。特に家なんてのは極端な話ハイテクテント(これが自転車のレーサーポジション)と伝統とデザイン(機能を限定した上での遊び、もしくは言語的な解釈の押し付け、もしくは極端な単純化、もしくは過剰な複雑化、もしくは新しさの幻想。これもある意味レーサーポジション)しかない。極端が魅力的なのはわかる。冒険はワクワクするし、羨ましがられ憧れられるのは気持ちがいいだろう。とりあえずは。でもそれだけじゃやっていけないところにママチャリや住宅があるわけで、それがクソ重かったり非合理的だったりするのはとっても納得がいかない。なんでもっとシンプルに要求を汲み上げないのか。と思う。

そんなわけで俺の自転車は軽くて気兼ねなくてラクチンで遠くに行ける自転車を目指しています。現在の重量はは8.4kgぐらい。このコンセプトでもお金を使えば6kgを余裕で切れるけど、そこまで無理しなくても充分快適になれるだろうと思っています。タイムトライアルには全く向かないけど、競わないけれども楽だということを追求したらどんな形になるのかを見てみたいのです。

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楽になりたいならエンジンをつければいいんじゃない?っていうのはこれまでの方法論。エンジンをつけるという事は、自分の体にとってどうかということを無視することになってしまう。俺が欲しいのは漕がなくてもいいということではなく、気持ち良く漕げるということなのだ。漕ぎ続けられるということなのだ。そしてエンジンをつけるという事は社会に対する依存を決定的に増大させる事でもある(税金、免許、メンテナンス、法律、出力という暴力、忘れてしまう重量、マジョリティであるという嘘、消費され続ける燃料)。問題なのは素っ裸の身体とマシンのコミュニケーションなのだ。自転車が変われば、おそらく自動車も変わるだろう。ちなみにいわゆるエコには興味がない。そこには嘘しか見えない。

081111301.jpg何ヶ月ぶりで朝起きることに成功したので081111302.jpg行き先も決めずにサイクリングに出かけた081111303.jpg空気はずいぶん冷たくなって
コスモスはもう終わりかけていた081111304.jpg朝の光はくっきりと世界を照らし出し081111305.jpg陽が高くなる頃には初めて訪れる町にいた。

工場に囲まれ閑散とした駅前のベンチに座り

陽射しを浴びながらサンドイッチを食べていると

遠出をした中学生の気持ちになっていた。


memo
今日行ったのは千葉県野田市。有名な醤油工場の街。この前首都圏外郭方水路に行った時にこの駅を通り過ぎて、なんとなく惹かれていた。最初は手賀沼でも行くかと思っていたんだけど途中で思い出したというわけ。081111308.jpg市内には醤油工場ゆかりの古い建物などもちらほらと見かけられる。
この建物は興風会館081111307.jpgキッコーマンの工場には「もの知りしょうゆ館」というのがあって、工場見学が出来ました。見学自体は期待はずれもいいとこでしたが、おみやげに特選丸大豆醤油を貰って得した気分。お金が無くて醤油に困った時は工場見学に行きましょう。入場無料。081111306.jpg本日の走行距離は70kmぐらいかな。

081111.jpg久しぶりにお休みモード、というわけで、自転車の部品などを引っ張り出して眺めている。去年はよく乗っていたのだが、今年は春ぐらいから忙しかったり体調が良くなかったりして、改造計画がストップしてしまっていた。写真は改造中や改造予定の部品など。他にもゴッチャリあるんだが目に付いたものだけ。手前のブレーキレバーなどはかなりフルスクラッチに近い削りっぷり。機能を持ったものの形を考えて、それを作り出すのは何と楽しいことか。そろそろ形にしてあげよう。
08111102.jpg

080825-1.jpg080825-2.jpg絵を描くのにかかる時間なんてどうでもいい事だ。10分で仕上げようが、何年かかろうがどうでもいい事だ。逆にどれだけの時間が掛かっているかを気にしながら良い絵なんて描けない。良い絵が描けている時は、時間は流れるように流れるだけだ。良い絵は時間の外側で描かれる。

という前提の上での描画時間だ。二つ前のエントリーでも少し触れているが、速く描けるようになりたいのである。絵をツールにしてしまいたいとさえ思っている身としてはスピードは重要なのである。スピードが遅いために実現できないことは沢山ある。そしてそれらはスピードが速ければ実現できるだろう。例えば漫画、映画、ゲームなんかだ。あるいは一枚絵だとしても、スピードによって描かれる絵は変わるはずだ。しかし遅いことが悪いことだとはこれっぽっちも思わない。それはむしろ資質の問題だ。速く描けないなら、速く描けないなりのやり方を見出せばいいだけのことだ。

単純な比較の話で言えば、自分の描画スピードは遅いほうではないと思う。でも無駄が多いのも事実だ。理由は大体わかっている。一つにはわかりきったことを描こうとしないからだ。わけのわからないものから始める。手探りで形を出していく。手探りで色を探していく。もちろんこういう描き方でもスピードが出せる描き方もある。しかしこれをリアリズムに近い形でやろうとすると物凄く時間が掛かるのだ。それは単純に描かなければいけないディテールが増えるからでもあるし、描こうとする対象自体をデザインし直すような作業も含まれてくるからだ。ここでこだわりだすとキリの無い泥沼がようこそとお待ちかねなわけだ、しかし作りたいものが、誰かに撮られた写真や描かれた作品でない以上、これを止める訳にはいかない。だから出来ることといえば、増えたディテールの処理を最終結果に照らし合わせることで、最小限の手間で実現することぐらいだろう。要は3Dレンダリングで隠れたポリゴンのレンダリングをパスするようなものだ。とはいえ、対象のリデザインがエキサイティングなものだったりすると、これも難しくなったりするんだけどね。

もう一つの理由は、個人的に、達者な線や、論理的な認識を意識的に避けてきたというのも大きい。達者な線や論理的な認識は、確かにスピードアップには物凄く有効だ。見栄えもいい。だけどこれにハマってしまうと肝心なところを飛び越えてしまうという罠が待っている。見栄えの良さに酔ってしまうのだ。これは頂けない。でもこれをコントロールして味方にできるならば、それは悪くないかもしれないと最近思い始めた。大昔の日本画(とりあえず江戸時代以前)の人とかはとても良くコントロールしてる。あんだけ上手いのに。カッコつけてる内はろくなもんじゃないって事だな。

目標描画時間三分の一。いや、せめて半分。

画像は自転車のブレーキのためのアイデアスケッチ。
描画時間各30分程。電車の中で描いた。思考ツールとしての絵。

欲しいものが無い。
欲しい自転車が無い。欲しい家が無い。欲しいバイクが無い。欲しいヤカンが無い。欲しいベッドが無い。欲しいポットが無い。欲しい洋服が無い。欲しい仕事が無い。欲しい生活が無い。欲しい葬式が無い。欲しい祭が無い。欲しい絵が無い。欲しいゲームが無い。欲しいオモチャが無い。

無いんだったら作ればいい。それは自分が発見し、自分が発明し、自分が現実に移し変えない限り存在しないのだ。

ではどんな自転車が欲しいのか。どんな家が欲しいのか。どんな生活が欲しいのか。それが分かっていなければ発明することも移し変えることも出来ない。

俺には俺が欲しい自転車は分かる。とりあえず。それはママチャリでもなく、ロードレーサーでもなく、マウンテンバイクでもなく、レトロランドナーでもない。ましてやデザイナーズシティバイクであるわけも無い。俺が欲しい自転車は、タイムを競うためのものではなく、長距離を走ることが容易で、気負いが要らず、その気になれば荷物を運ぶことも出来て、神経質でなく、耐久性を犠牲にせず、6kgぐらいの重さで、メンテナンスし易く、美しい自転車だ。

同じように俺が欲しい家は少しだけ分かる。俺が欲しい生活も少しだけ分かる。俺が欲しい絵はもうちょっと分かる。

俺が欲しいものは、俺に必要なものだ。誰かに必要なものではない。どこかでシンクロすることがあるにしろ、一般化することがあるにしろ、あくまでも個人的なものなのだ。というより、誰にとっても個人的なことでなくてはならないのだ。なぜなら、そのように全てのことが実現しない限りは、精神的自給率のバランスが崩れるからだ。誰もが自分において発見しなくてはならない。自分において発明しなくてはならない。自分において移し変えなければならない。

他人の成果から学ぶことが出来るのは、その勇気と孤独だけなんじゃないだろうか。自由という言葉がいまだに有効であるなら、そのような関係性の内にしか見出せない気がする。

2008_nenga.jpgいつもながらの遅い年賀状を作ってます。

あけましておめでとうございます。チャリンコ病に冒され続けてているサクバです。t-s-k-b号をオリジナルパーツ尽くしにしたいという、とんでもない野望に身を苛まれておりますw
672598376_66.jpgいや、仕事もしてますよ。ちゃんと。近いうち(といっても2月ぐらいかな)にお知らせできることがいくつかあるんで楽しみにしてください。

229649257_110.jpg229649257_143.jpg229649257_181.jpgご無沙汰もいいところのひさびさ日記です。

個展が終わってからの四ヶ月、いったい何をしていたかというと、ひたすら自転車で遊んでいたのでした。大昔からの俺の本を読んでいる人はご存知かと思いますが、乗り物大好きなんですよね。それが乳母車であれトラクターであれ蒸気機関車であれF1であれ、そして自転車であれ。んでもって一度夢中になると止まらないという。自転車なんてカムバック組ですから、いってみれば下地が出来ているわけでして、あっというまにハマってしまったと、まあ、そういうことです。おかげさまで新しいブレーキのアイデアやら、カーボンフレームのアイデアやらが頭の中をグルグルしまくっているという、とってもしょうもない子になってしまいました。

とはいえ秋です。
秋といえば引篭もりの心躍る季節です。遠くに行きたい少年が切ない思いで胸を一杯に膨らませる季節でもあるわけです。俺にとってはどっちも一緒ですが、要はひんやりした風に頬をさらしながら前に進んでいく季節なんですよ。素敵。

てことで、47年ぐらい生きてきたらしいオヤジもそろそろ復帰します。

小学校の4年生ぐらいの時、僕は自転車屋さんの前を歩いていました。自転車屋さんには最新型のサイクリング車(この当時はこの呼び名が主流)が並べてあって、もちろん新しい自転車は欲しいのだけれど、買って貰えるあてもない僕はそのまま通り過ぎようとしました。

ところがその日はやけに天気が良かったせいか、アルミや鉄の部品がやけに輝いて見えて、気がつくと僕は覗き込むようにして一つ一つの部品の造形や、ネジの頭や、魅力的なワイヤーの取り回しや、複雑なギヤチェンジなんかに見とれていました。すると今まで平面的に見ていた自転車が、おそろしく魅力的な立体物に変化していくのが自分でもよくわかりました。そしてそれと同時に強力な喜びがこみ上げてきてワクワクが止まらなくなってしまいました。恋に落ちちゃったんですね。いくら見ていても飽きないし、どんなに良く見ても新しい発見があるし、見れば見るほど深みにハマっていってしまいます。そして一、二時間ぐらい眺め回したあげく、僕は家に帰って自転車の絵を描いたのでした。
それから自転車屋さん通いやカタログ集めの日々が始まったのはいうまでもありません。

何かを好きになるときには、必ずこういう「魔法の瞬間」があるような気がします。その対象が人であれ、ものであれ、生き物であれ、この瞬間に経験されている「なにげないものがかけがのないものに変化する」リアリティは同じものだと思えます。この瞬間によって意味のないものが「唯一のもの」になるのです。

でも赤ちゃんとか見てると、こんな時間ばっかり生きているような気がします。何が言いたいのかというと、この「魔法の瞬間」こそが認識のベースなのではないかと思うんです。これのないところでは言葉も言葉として機能しないかも知れないし、感情でさえ生まれないかもしれない。そしてこうして考えてみると、自分が普段、いかに死んだ言葉や死んだ感情で日々の生活を送っているかに愕然とするのです。

「いのち短し恋せよ自分」

眠いです。いつもだったらまだまだこれからなんですけど、早起きしたり、超運動不足のくせに自転車に乗ってそれなりの距離を走ったりしたせいです。

それにしてもあんまり自分の足が弱っちくなってるのにはあせりました。こりゃ本格的になんかしないと足がなくなっちゃいそうです。バイクに乗るようになるまではほんとにどこへ行くのでも自転車だったのに、まるで自転車からそっぽを向かれてしまったような感じです。かなしー。あんまり悲しくてまたちょっとよりを戻そうかと真剣に考えてしまいました。

でも風は気持ちよかったです。「自転車に乗ってるときの風ってこんなだったな」と、すごくいい気分になりました。バイクに乗ってる時みたいな暴力的な風ではなくて、あんなに柔らかい風だったなんてずいぶん忘れていました。それにとっても静かなのにもあらためて感動。静かに移動するって、これも気分がいいです。だけど都心とか走っているとすぐにこういう感覚って鈍っちゃうんだよね。静かな場所を静かに移動して柔らかい風を感じる。これはそれなりに非日常的経験なのかも知れません。

今日はキネガワ堂にいくつか素材をアップしました。プリントページに使われる素材です。ほんとは同時アップの予定だったのですが、だいぶずれ込みそうなのでこちらだけ。
明日はお茶の水にでも繰り出して、プリント用紙や包装用の紙などを漁る予定。

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