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JUGONG_000581.jpgゴジラのとても太くてとても重くてとても短い足(もちろん「最初の頃の」ゴジラの足だ、と、曖昧に言っておこう)。

あの足を一歩踏み出すためにどれだけのエネルギーが必要とされることだろう。それはもう、もしも、あの大きさの生物が存在したとすればの話しだが、どのような種も比較にならないほどの膨大で無駄なエネルギーであるはずだ。

ゴジラのような生物が生きていくためにあの足は相応しくない。ここにゴジラがゴジラである全てがある。ゴジラはフリークスなのだ。もしくは、病を病んでいるのだ。ゴジラとは異形であるからこそゴジラなのだ。そして、異形であるということは、その生物が本来まっとう出来るだけの生を享受できる可能性が極めて低いことを意味する。

生物としてのリアリティは、正常形だけをもって語られるべきものではない。分類できるものだけが、測定できるものだけが、リアルなのではない。リアリティとはあらゆるものが、区別なく個別のものとしてある状態にこそ宿る。

ゴジラのリアリティとは儚さである。その重い足を一歩踏み出すごとに死に近づいていく儚さである。ゴジラが電車を食いちぎることも、戦闘機をなぎ払うのも、その儚さの上で、切ない暴力となるのだ。

もっとゴジラを思おう、と思った夜。

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お腹に虫の神様が宿りました。 だから、ほら、お腹がこんなにパンパンに膨れてしまって、とっても苦しいです。でもこれで今までみたいに寂しくなくなりました。

神様は私だけにわかるやり方でいろんな事を伝えてくれます。もうすぐ嫌なことが起きるから逃げたほうがいいよとか、5分後に私の気持ちが暗くなるから口をつむって我慢する準備をしておきなさいとか、ちょっとお腹が空いたからなんか食べましょうとか(神様には私の栄養が必要なのです)、どんなことでも教えてくれます。どんな風かは上手く説明できません。それは私にしかわからないやり方だから。急にウンチがしたくなったときにクゥーッとお腹が痛くなるような感じに近いけど、ただそれだけじゃなくて、その痛くなり方にいろんなやり方があるみたいな感じです。でも心配なのはお腹がずっと大きくなり続けていて、私のお腹が破裂してしまうんじゃないかということです。どうしたらいいかわかりません。でもわたしは神様無しでは生きられないので、我慢するしかないし、それも仕方無いかと思っています。怖いけど、大丈夫だって気がするから。

時々、おへそからお腹の中に手が入れられるんじゃないかという気持ちになります。そうしたら神様に直接触ることが出来るのに。でもひょっとするとお腹が破裂するときに何かが起きるんじゃないかと思っているんです。じゃなくて起きるんです。私はその時にほんとに生まれるんです。きっと。だからそれが起きるのならおへそに手を入れるのは止めておこうと思います。神様に失礼です。

jamilla.jpgジャミラというのはウルトラマンに出てきた怪獣です。昔は有名な怪獣でしたが、今は知らない人もたくさんいるかもしれません。よくセーターなどを頭に被せてジャミラごっこをしたものです。でもこの絵はぜんぜん似てません。

知ってる人にはつまらないでしょうけど、ちょっとお話を紹介すると、火星(だったと思う)に打ち上げられた宇宙飛行士が水が全くない環境によって苦しんだあげくに変身してしまったのがジャミラです。とにかく地球に帰りたい一心で地球に戻ってくるのですが、そんなことを知らない地球人は化け物が侵略しに来たと思って攻撃しまくるのです。そして最後には可哀想に思ったウルトラマンが火星に帰してあげると。

救いのない話ですねぇ。話の中でジャミラが泥水の中でのたうちまわるシーンがあるのですが、そのシーンがなんとも哀れで(記憶曖昧ですが、たしか水を求めているのに、水を受け付けない体になってしまったんじゃなかったかな)、当時小学生だったサクバは見ていられないぐらいせつない気持ちになりました。世の中にこんな悲しいことがあっていいんだろうかと。しかし年をとった今の自分は思います。どんなに悲しいことだってあるのだと。そしてそれは特別なことではなく、誰にでもあるのだと。そんなわけで私は時々火星でひとりぼっちで生きているジャミラのことを思うのです。きっとジャミラのことですから、無性生殖を可能にするような進化でもして、立派なジャミラ一家でも作っているかもしれません。

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お絵かき掲示板で描きました。ひょっとして既に見た人もいるかも。だいぶ使い方がわかってきました。しかしアプリケーションを持っていなくても絵が描けるってけっこうスゴイです。なんといってもタダだし、みんな平等。パソコンを持つこと自体は敷居が高いですが。

話は変わるけど、今日雑誌を読んでいたら、たった一つの分子に1024bitの画像を書き込むことに成功した科学者が現れたそうです。たった一つの分子ですよ。まだぜんぜん実用になはならないみたいで、書き込んだ画像はあっというまに消えてしまうそうですが、それが実用化されると2.5インチのディスクの中にエクサバイト(メガ<ギガ<テラ<ペタ<エクサ、だったかな)のデータが保存できるようになるとか。一生分のデータを入れてもあまりそうです。

画面解像度300dpi(新しく出たザウルスは217dpiだそうです。ちなみに普通のモニタは72dpi。1インチに72個の点でデータが表示されている)で筆圧感知機能と傾き検知機能のついたタブレットPCを持って、フォトショップよりも優れたウェブアプリケーションで絵を描き、商品はデータのダウンロードで売り、入金はネット決済、あとはカードがあれば、自分の家も持たずにサイトを運営し、作品を作りながら世界中をぶらぶらし続けるなんてことも可能になるわけです。

それがよいか悪いかは別として(自分に都合のいい変化ばかりが起きるわけではありませんから)、そんな風にしている自分を想像するとちょっと楽しくなってしまいます。

elephant.jpg吐き出そうとしているのに自分が吐き出そうとしているものと一体化してしまうというのは怖い。それは吐き出すことが出来ないものかも知れないし、今気が付いただけで、最初からずっとあったものなのかもしれない。もしくは吐き出しているその時から時間が止まるようなことだったりするものかも知れない。

いずれにしても怖すぎる。
でも怖いことには蓋をしてはいけないのです。
蓋をしてもどこにも行ってくれないからです。
蓋をしている限りは永遠に存在し続ける。
いくら忘れたと思っていても、ふとした瞬間にそいつは目を覚ます。脅しているわけじゃなくて、なんでもそういうものなんだと思うのですよ。

怖いことがあるならば、それにはいつか向き合わないといけない。だったら向き合いましょうとも。

なんか絵がないと淋しいですね。
そんなことないですか?
やっぱ描こう。

チッチッチチチ・・
25分経過

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カネゴンです。
かわいいー。
カネゴン大好き。

カネゴンのデザインってすごく優れてると思ってます。
いろんな怪獣が好きだったけど、いまだに認められるのってゴジラとカネゴンがなんといっても一番です。次に来るのがキングギドラとかバルタン星人とか。B級な好みも入れると爆発的に増えそうですが、まず思いつくものというとこんな感じなんですよね。怪獣じゃないけど最近気になっているのは蠅男と半魚人。カネゴンやゴジラのような創造性はないけどベタな感じが逆にグッと来る。プロジェクトの方には変身エピソードを是非入れたいものです。

変身話に興がのってきたので、さらに続きを。

「ゲゲゲの鬼太郎」という水木しげるの有名なマンガがありますが、あれのアニメ版の一話(前編、後編で二話分)に「大海獣」という話があります。リメイク版の方ではなくて最初に放映されたやつです。何年か前にはあの話が映画化されたみたいですが、それはみていません。よく知らないけど塚本晋也(「鉄雄」というカルト映画を撮った監督)の「海獣シアター」という名前もここからとったのかなと想像していました。

話はというと、主人公である鬼太郎がナントカという妖怪に身体を乗っ取られて毛むくじゃらのクジラの怪物に巨大化してしまうのです。でも意識は微妙に本人の意識が残っていて(ここがミソ)巨大化してしまった自分が守りたいはずの人間社会を破壊する側に回ってしまうことに苦しむわけです。

ただ歩くだけでビルは壊れるわ、人は死ぬわ(死にませんが、実際はきっと死んでます)ですから、その存在自体が許されざるものになってしまうのです。人間達はそんな怪物はとっても迷惑なので戦闘機に乗ってミサイル発射、となります。でも鬼太郎だって好きでそんな身体になったわけじゃなく、人間達を救おうと思ったらそんな結果になってしまっただけなのです。鬼太郎はこのまま自分が元の身体に戻れないなら、いっそのこと自分が死ねばいいんだと考えます。悲しみと憤りに引き裂かれる目玉親父。
「鬼太郎、ワシがきっと助けてやるぞ!」
「とうさん!もういいよ、僕はこれ以上みんなに迷惑を掛けたくないんだ...」

小さな小学生は、生まれて始めてテレビの前で「グッと来る」という経験をしたのでありました。

さらにおとといの話を引きずって。

僕の中で変身映画の最高峰は(と言っても完全に趣味的で個人的な評価ですが)クローネンバーグ監督の「ザ・フライ」です。前にも一回書いたと思いますが、クローネンバーグはかなり好きな監督です。映画としては破綻しているような作品がほとんどだし、それほど才能溢れる映像作家だとも思わないのですが、彼のタナトス志向は本物だという感じがします。簡単にいっちゃえばヘンタイさんなんです。

クローネンバーグの物語を動かす原動力はコンプレックスとジェラシーです。ビデオドロームもそうだしクラッシュもそうだしザ・フライもそうです。裸のランチやイクジステンスはちょっと毛色が違いますが、ジェラシーの色は薄くてもタナトス志向であるところはまさにクローネンバーグです。

僕はこれらの映画を見ていると、クローネンバーグが自分が生きていることをドキュメンタリーとして記録しているような感じを受けます。映画の中では皮肉な結末や救いのない世界しか待っていないのですが、本人はそれらの映画を作ることによって、しかもそこで出来るだけ真剣に自分に向き合うことによって、結果的に自分を生かし続けているような風に思えるのです。

もし同じ様なモチーフや物語を他の監督がやっていたら、ただのポーズとしてしか作ることが出来ないぐらい、良く言えば独自、悪く言えばしょうもない話を、あのように「訳の分からない魅力」で包み込めるのは、彼が本気であるからに他なりません。そして本気であるとは、この文脈の中では「自分が正しく死ぬために生きる」ということです。

きのうの宇宙人の話ですが、僕はどうも、ああゆうシチュエーションに過剰に反応するみたいです。
しかも肝があって、それは自分が決定的に一人になるということです。だから周りが宇宙人になるのでも、自分だけが怪物になるのでも同じように反応してしまいます。

BIOGRAPHYにも書いてありますが、変身モノが好きな理由はここにあるようです。僕の書いた唯一の絵本「みんなきえちゃえ」も変身モノではありませんが、ふとしたきっかけで自分が一人になってしまうという話でした。

思うのですが、世の中には二つの話があって、それは「誰かに出会う話」と「自分が一人になる話」なのではないでしょうか。これをエロス志向とタナトス志向と言い換えてもいいかもしれません。もちろん物語的にこれらが合体したものもあるでしょうけど、それは割と希有な存在だし、通奏低音としてはどちらかの立場に立って語られることが多いような気もします。
まあ、それはいいとして、この「自分が一人になる話」、タナトス志向の話ってネガティブにとられる事が多いと思うのですが、僕はそんなことはないと思っています。確かにネガティブに語られるだけでカッコつけのニヒリズムになっているものは多いですが、「自分が一人になる話」というモチーフが持つ普遍性と重要性は、もっとずっと深いし生きていく上でなくてはならない大事なものだと思うのです。

これを否定的に捕らえてしまうことは(もしくは色眼鏡で見てしまうことは)、ある意味自分が生きているという認識を半分放棄するようなものです。生物はほっといたって死に向かっているわけだし、そこでは幻想や逃避ではない「死の認識」を求めるのは、例え不可能であっても当然の要求であるはずです。偉い坊さん達もみんなこれを求めていたわけですし、安易な誘惑に負けない意志さえあれば、それはこれ以上ない冒険でもあるはずです。

小学校の三年生ぐらいの時、一家で車に乗って海だか山だかに出かけて、その帰り道。
レジャー帰りの渋滞にハマって、遊び疲れでグッタリしている気持ちに追い打ちを掛けます。外はもう暗くなり始めていて7人ぐらい乗っているのに誰も喋りません。喋っているのはカーラジオだけです。

僕は心地よい疲れと渋滞に退屈しながらなんとなくそのラジオに耳を傾けていました。流れていたのはラジオドラマでした。ラジオなんて音楽だろうがドラマだろうが、小学生の耳には大して面白くなく雑音のようなものだったので、始めはぼんやりと聞き流していたのですが、気が付くと僕はそのドラマに引き込まれていたのです。

主人公の男の子は小学6年生ぐらいで、普通に学校に通っています。ところがある日の帰り道、宇宙人が密かに地球に侵入していて、街全体が宇宙人とすり替わってしまうのです(よくある話ですが、始めて聞く小さい子の気持ちとしてはこんなに怖いことはなかったんです)。最初に近所のおじさんか何かがおかしいということに気が付いて、急いで警察に行くとおまわりさんも既に宇宙人。ひょっとしてと家に帰るとお父さんもお母さんも宇宙人、という展開です。要するにまだ人間なのは自分だけで、ひとりぼっちでいつ宇宙人にされるかもしれないという恐怖と戦わなくてはならなくなってしまうんですね。

車に一緒に乗っている家族が全員宇宙人かもしれないと思ったのは言うまでもありません。戦慄が走りました。だってこんなに誰も喋らないなんておかしい。疲れてるだけじゃないんだ、きっともう言葉を喋ることが出来ないんだ。前の車も後ろの車も乗っているのは全部宇宙人なんだ。このドラマはドラマのふりをして、まだ人間の人が危機を伝えようとして真実を流しているんだ、絶対そうに違いない。と、思ってしまったんですね。ほんとに。
トラウマドラマです。どちらかというと感謝してますが。

もう一回聞いてみたいなぁ。原作があると思うのだけど、誰か知りません?

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