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どんなことが起きていようとも、暖かい日差しと、それを受けてむくむくと圧倒的に生まれ出る緑と、ささやかに、そして盛大にはじける花と、その甘さに誘われて飛び回る蝶たちの間を歩いていると、他に何もいらないと思えるほど幸せな気分になる。

落ち葉が パキパキ カリカリと

アスファルトの道路を飛んでいく季節

空気はひんやり冷たいくせに

やけに太陽のまぶしい朝で

その光をまぶたの裏から見ようとして眼をとじる


すると体は一瞬で沈黙に包まれ

自分の体が丸くて黒い影になったような気がしてしまう

でもその影は怖いけれども暖かくて

それが光を感じることだ納得する

きのうのNEWS、酔っ払って書いてるから飛びまくっててかなり意味不明なことになってるな。まあ、自分がわかってるから良しにしよう。とかいいつつ今日も終了直前なわけだが。

と、ここまで書いたら腹が減ったのでカップ焼きそばを食った。最近お気に入りの具入りラー油も追加。リンクを貼ろうと思ったらネットがやけに重くていらいらしたんで中止。

と、ここまで書いたら我慢が限界に達してきたので水風呂を浴びた。ふう。

やっぱ夏はさぁ、パソコンの前でマッタリするためにあるわけじゃないんだよな。虫取りに行ったり、走ったり、アイス食ったりしないと!

夕方、なんかやけに怪しい天気で、上の空は曇って雨がぱらついているのに、西の空は開けていて沈みかけた夕日が建物の壁を光らせている。ぞわぞわする天気。すると見事な虹が出た。端から端までぐるっと。しかも一方は二重になっている。虹の直径ってどれぐらいあるんだろうとか思いながら、ずっと空を見上げて歩いていたら、急に目の前の町のスケール感が変化したような感じがした。町が小さくなったというか、空が大きくなったというか、そんな感じに。全部が虹の手前にある。虹をバックにした舞台と言うかオモチャと言うか、それがとてもリアルなんだけど、逆に嘘くさいようにも見える。こういうとき、いつも自分は世界を掴んでいるような気持ちになる。世界と対等になっているような気持ちになる。それはたぶん、もっと日常に必要な感覚であると思う。

さっき夜中のスーパーに買い物に行ったら霧が濃く出ていて気持ちよかった。途中に大きな給水塔があるのだけど、そのてっぺんが霞んで見えない。街灯を見ると細かい霧の粒が煙のように漂っている。いつもは坂の上から東京の街の光が見えるのだけど、そんなものも見えるわけが無く、30メートルより先はどこも霧の中だ。

ふと、孤独にとりつかれているよなぁ、とこのところ考えていたことを思い出す。孤独に惹かれてしょうがない。孤独を感じない作品には魅力を感じない。バカな作品だって好きなんだけど、どっちを取るかと言われれば迷わず孤独を感じる作品を取る。孤独を感じる作品というのは必ずしも孤独を表現した作品ではない。孤独を感じる作品というのは、作者が孤独な作品だ。そしてその孤独が強力であるほど良い。だからバカな作品だって強力な孤独の上で作られたものなら、それは自分にとって大変魅力的なものになる。

こういう欲望って誰にでもあるんだろうけど、大抵は弱いところで収まるものだ。しかし強いか弱いかにかかわらずある種の病として誰もが抱えていると思うと面白い。ちょっと飛躍させてもらえば、生命力の現れであるようにも思える。強くなりたいとか速くなりたいとかってことと同じように孤独を求める気持ちがある。そういうものなんだ、きっと。それはただ単に過去の清算なのかもしれないし、あるいは死への準備なのかもしれないし、もしくは快楽への予感なのかもしれないけど、理由はどうあれ人は孤独を求める。

霧の夜はいいな。

今日(つかもう昨日だけど)は暖かかった。春一番だったんだってね。土手を歩いていたら梅は咲いてるし木の枝も芽が膨らんできているし、なんかウキウキしてくる。今日は確定申告つうウキウキなんかとはまったく無縁なことをしていたんだが。いや、それが逆に良かったのかもしれないけど。

暖かくなると自転車に乗ったり歩きたくなる。そしてどこまでも行けそうな気持ちになる。一体どこを頭の中に描いてそんな気持ちになっているんだろう、と思うんだが、その答えの一つは「どこでもいい」ということだ。今を継続して辿り着くところがそこのどこかだ。もう一つの答えは「ここではないどこか」だ。自分にここは今までに来たことがない場所だという認識の変化が起きるまで移動し続けるってことだ。どっちも遠い場所だ。でも遠い場所に行きたいという気持ちがウキウキさせてくれるんだ。

でし、ってなんだ。いやただのミスタイプでし。ホントなりよ。

今日は良い天気の中、初詣にいってきました。別に何の信仰も持っていないんですが、屋台がいっぱい並んでいるだけで楽しいです。射的でオネーチャンの絵が描いてあるライターを落とそうとしたんだけどダメだった。子供の頃は正月の初詣なんてまったく縁がなくて、かわりに春の花祭りというのがあった。近所で屋台が出るのはそのとき一度きりで、ここぞとばかりにいかがわしい食い物やちゃちいギャンブルに夢中になった。今の子供の感覚で言ったら、ディズニーランドとコンピュータゲームとトイザラスが一度にやってきたような浮かれた気分になったのだ。

よくハレとケという言い方をするけど、ハレというのは祝祭的な時空間を表していてケというのは日常を的な時空間を表すらしい。つまり祭事とか祈祷とかいうのはハレの空間なわけで、そこは神と一体化したり大漁や豊作を祈ったりするための神聖な時空なわけだ。数多くの芸術といわれるような作品だって、このハレの空間のためのものだったりする。でも、今って、ハレがないよなぁと思う。あってもとてもショボイ。神がいなくたってハレは必要だ。ディズニーランドのパレードに参加したり、映画のエンディングに感動したり、クラブで踊り狂ったりするぐらいじゃ全然足りないと思う。もっとハイで集中力が必要で怖いぐらいのものがビシビシと伝わってくるぐらいじゃないとハレの意味がない。ハレが欲しい。せめて自分用のハレがあればいい。そして絵を描くのは自分用のハレを作り出すのには結構有効だったりするのだ。

東京は明け方から雨が降り始め、やがてみぞれに変わった。コンビニでビニール傘を買って駅まで歩き、電車に乗っていると川面には湯気が立っていた。冬らしい朝だ。なんだか懐かしい気持ちになる。家についてお湯を沸かす。ウィスキーをお湯で割って飲もう。するとみぞれは雪に変わっていた。静かな一日になりそうだ。

ゆうべ、携帯で書いた、今日のNEWS。
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台風が来ている。ブラインドカーテンを開けると、普段は遠くの救急車の音しかしないこの出稼ぎビルの一室も激しく叩き付ける雨の音に包まれる。窓を伝う無数の水滴。それをぼんやりと眺めているとまだ小学生の頃にやはり同じように窓の外を眺めていたことを思い出した。あの時も台風が来ていた。外は昼間で、見ていたのは校庭だった。空は嘘のように暗く、薄いガラスが割れそうなほどに雨と風が騒ぎ立て、授業なんてまったくと言っていいほど聞き取れなくなってしまい、先生でさえ風と雨の狂ったような踊りに見入るしかなかった。

そして、風と雨のなかで誰もがひとりぼっちになった。それは素敵なことだった。いま起きなくてはならないことが起きているのだと感じた。いつもはニュースや映画の観客にしかなれなかったけど、これはホンモノなのだ。そう感じた。息苦しいほどの期待で胸がいっぱいになった。

…で、
いったいなにが起きたんだろう。枝が折れ道路は水浸しになり、川は氾濫したけど、なにが起きたんだろう。

小学生の心の中に小さな穴が空いたんだ、たぶん。なにもかもを吸い込んでしまえるのに、そのくせ普段は忘れてしまえるような小さな穴だ。

台風は小さな穴をたくさん空けて通り過ぎていく、次の日には忘れられても、その穴は塞がらない。それは怖くても悪い穴じゃない。その穴はホントに起きたことの証だ。

きょう、千葉県市川市方面では夕焼けがとてもきれいだった。おそらく東京方面でも静岡方面でもきれいだったろう。だって富士山まで見えたから。下の方が一直線に青空で、そこから上に細かくて薄い雲がとても繊細に見事に広がって、鮮やかなオレンジ色から赤い色へとゆっくりと変わっていった。それはもう夕焼けってほんとに夕焼けだなぁと夕焼け番長になってしまいたいほどの夕焼けだった。空を見ただけで幸せな気持ちになれるなんてお得だなぁ。

台風が通り過ぎて今はとても静かになった。空も晴れて虫も鳴いている。

すばらしい。

台風もすばらしいが、台風が行った後もすばらしい。明日の空はきれいだろうなぁ。土手に川を見に行こう。

夜になって雨が降ってきた
夜になって雨が降ってきた
夜になって雨が降ってきた

急に涼しくなった

急だなぁ

秋雨前線が降りてきて
冷たい空気も降りてきたんだ
ということを
テレビで見たので
それが起きたんだと思った

これからどんどん涼しくなってくんだなぁ

草の虫もたくさん鳴き始めたし

草の虫は木の虫が木に近いよりも
草に近い
見た目が似ているだけも知れないけど
そんな風に思ってしまう
そしてそれは秋っぽい

意味わかんないけど
出来事がそんな風にまぎれるのは
秋っぽい感じが
なぜかする

秋は分解の季節
だからだな

せいぜい生きたエネルギーの残骸が
分解されるんだ
冬も生きる生き物は
それを感じてせいせいするんだ

なんでせいせいするかといえば
一人ぼっちに近づくからだ
勢いだけでうるさかったものは消え
どうにかしなくてはいけないものだけが
どうにかしようとする季節だ

今年は彼岸花の写真をアップしなかった
見たけど

そんな風に小さなことが変わっていく
その思いはセンチメンタルかもしれないけど
それだけじゃない

このサイトのこの文章を書くことで
いろんなことを復習できた

復習は必要なとき以外は必要ない

ああ、そうなんだよ
必要ないことがもっとわかったほうがいい

そぎ落とすことのリアルに
もっと向き合わないと

雷が落ちたぁぁぁぁ!!!!!!!!!!

いや、直撃じゃなかったんだけど、あろうことか買ったばかりのPCが逝ってしまわれました。息子のiMacもお釈迦。そんなぁぁ!!やっとシステムも落ち着いてこれからってとこだったのにぃ!!!モデムも壊れてしまってネットにも繋げません(このNEWSはこれを更新するためだけに外に出て書いている)。当然メールも読めないので私家版やプリントの販売も出来ません。幸いプリンタだけはプラグが外れていたので助かったみたいだけど痛すぎるよぉ。マザーボードやCPUやメモリやグラフィックカードは全部交換ぽい。後から作った方のもう一台はとりあえず生きているんだけど、話によると半年ぐらいかけてジワジワ壊れるようなパターンもあるらしい、ってことは最悪5台のマシンがダメってことも…もう、どないしてくれよって感じだわ。

落ちた時は俺はたまたま電車に乗っていて家にはいなかったんだけど、いきなりものすごい音が車内に響き渡って、電車に乗っている人全員が飛び上がるほどびっくりしていた。それがまさか,自分のうちの周りに落ちたやつだったなんて。チムリクの話によると、あんなにとんでもない音は生まれてはじめて聞いたそうだ。鼓膜が破れるかと思ったぐらい、その後コンピュータや古い方のプリンタが勝手に起動してガーガーピーピーいいだしたらしい、三軒隣に住んでいるやつの家では、ビデオデッキの蓋が吹っ飛んで、テレビもぶっ壊れてしまい、上に飾ってあったミニカーが床に散乱していたんだと。ここまでくると火事にならなかっただけでも感謝しなきゃって感じで笑えてくる。

まあそんなわけでNEWSもキネガワ堂も復旧するまでしばらく休業になります。一週間ぐらいでどうにかなればいいんだけど…

みんなかわいそうなサクバに励ましのメールを出そう!(って読めないけどさ。いいの、直ったら読むんだよ)

暑いので麻婆豆腐を食べた。
暑いのでビールを飲んだ。
暑いのでロードオブザリングを全部見た。
暑いので頭が坊主になった。
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毎年書いているんだが、ウチにはクーラーがないのだ。そんでこれも毎年書いているんだが、別になくてもいいのだ。いや、今まではたとえ欲しくても買えなかったんだけど、買えるようになったところでやっぱりいらないのだ。クーラーなんてものは「無いとやってらんない」とき以外は必要ないわけで、問題なのは「無いとやってらんない」ときがあまりにも多すぎるということだ。

クソ暑い日中に熱気を出しまくるコンピュータなんてつけたくない。そのスイッチを入れないで済めばそれで問題なし、そういうことだ。さらに比じゃないぐらい熱いエンジンを掛けなきゃいけないとか、スーツを着なきゃいけないとか、汗を掻かないで接待しなきゃいけないとか、好きなときに水浴びできないとか、そんなことがあり過ぎるからクーラーが必要になる。

とは言っても実はウチは、都心の方とかに比べればかなり涼しい。裏が林だったり、川が近かったりするせいで、確実に何度かは温度が低いと思う。ということは、都心の人達は「やってらんない」ことの一つとして「より暑い」ってことを既に抱えているんだろうなって気がしてくる。「無いとやってらんない」のだ。「無いとやってらんない」場所から離れるわけには……簡単にはいかないんだろうな。

暑いなぁ。今部屋の中が30度あります。3日ぐらい前には蝉も初鳴きしていました。いくらなんでも早過ぎねぇか?

あ、今も鳴き始めた。ニイニイゼミ。この辺じゃ最初に鳴くのはこいつです。山の方だともっと早くにハルゼミというのが鳴く。そういうえば蝉って出始めの頃は鳴き方が下手なんだよな。ウグイスもそうだけど、そういうもんなのかって感じだ。鳴き方なんてDNAに組み込まれていて最初から同じ鳴き方しか出来なさそうなものだけど、気温とか(昆虫は変温動物だから外気によって筋肉の動きとかが相当影響を受けると思う)慣れとかで上手く鳴けたり下手になったりするんだな。そんでもってやっぱり鳴き方が下手だとモテなかったりするに違いない。求愛が下手だって事だもんね。

ところで昆虫とかの人間以外の動物に対しての個体差って普通はあんまり問題にされないけど、ペットだったら明確に意識されるように(アメリカ人からみたら日本人の顔が区別できないのと同じで)、それってただの情報量不足による鈍さがあるだけで、実際のところは地球上の全ての生物に個体差があるわけでしょ?この単純で当たり前なのに驚くべき事実はもっともっと意識されてもいいことのように思う。ある個人にとって世界が新鮮に見えるということはそういうことだ。

曇ったり、雨が降ったり、晴れたり。きのうは風が強くて春の嵐って感じだったし。

天気に翻弄されるのって嫌いじゃない。普段眠っている自分が目を覚ます。たとえその時間に不快になったとしても嫌いじゃない。不快よりも大きいんだ。呼び起こされる眠っているものの方が。だから、不快かどうかは大したことじゃない。不快なのには変わりがなくても。

不快に固執してしまい勝ちだ。日常は。別に坊さんのように超越したいわけじゃないし、そんなことはどうでいいんだ。ただ、不快に負けて、それを言い訳にするようには生きていたくないし、そんな風じゃなくて、起きている変化に対して自分の体の中に生まれる反応をよりよく感じたいと思う。

「可能性」は、必ず不快であり得るものの中にしかない。つまり、不快でなかったとしても、それはたまたまそうであっただけで、どう考えても不快にならないようなものには「可能性」は宿らないだろうと思える。

そして今は曇り。春の曇り空は素敵です。

ずっと春のいい天気が続いています。切なくなるぐらい。なぜ切なくなるかといえば、それはいい天気と共に生きていないからでもあるわけですが、ほんとに共に生きていたら、たぶんもっと切なくなるでしょう。つらさに耐えられなくて喜ぶしかないぐらい。だから今の自分は切なくなんかないのです。残念なことに。こういうときに「切なくなるぐらい」なんて表現を使うのは最低だと今思いました。酒を持って縁側に出ます。

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毎年、こんな端っこで咲く。 他に土がないわけでもないのにわざわざアスファルトの端に、しかも何十株も列をなして。 一株家へ持って帰り、ここよりはまだましと思う環境においてやったつもりでも、定着しないのだこれが。 何処で生きていくとかって、最初から決まってるのだろうか。
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桜がある場所ではどこででも宴会が繰り広げられる。近くの由緒ある公園も例外なく閉園時間が延び、夜になっても家にまでカラオケの音が聞こえてくる。

きのう枝垂れ桜があるお寺に行く前に、ちらっとその近くの公園に寄ったら簡易舞台が設置されていて、着物姿の老婦人方が輪になり妙な歌謡曲の唄と共に足をがに股に開いたりくねったりの不思議な踊り(やや下品な)を堂々と見せていた。
苦笑しちゃうような感じなんだけれど、見ていられないとまではいかないような。でもちょっとなー、おかしすぎる。
幼児はいち早く反応し最前列に詰め寄り今にも踊り出しそうに手拍子を打っていた。素直でほんと羨ましい。で、その踊りの唄の題名なんだけれど「恋のもんじゃ焼き」だって!ぷぷっ

今晩の月、大きめにしてみた。なかなかうまく撮れません。
今日のサクバ氏は元気満タンを10としたら、1.5位か。

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またまた忙しい、サクバ氏。わらじを3足ぐらい履いているかも、なので久々の「ほとほとニュース」です。

春の陽気に誘われて、太陽に当たりに、2時間ほどの散歩休憩。


「伏姫桜」(ふせひめざくら)樹齢405年。
立派な枝垂れ桜です。

ちょいとばかしヘロヘロなのでレスとかメールの返事とか何日か待って下さいね。

最近どうも休み勝ちでいかんなぁ。
そういえばきのう、ものすごい強い北風に向かって土手の上を歩いていたんだけど、斜めに立てるぐらいで面白かった。結んだマフラーもほどけちゃうような風の中で、おいらはコロッケを食いながらスコッチをラッパ飲みしていた。コロッケの味がよくわからないんだ、風で。でも酒の味は分かる。そんでコロッケを食い終わって、煙草に火を点けようと思って看板の陰に隠れたら、犬のクソを踏んだ。とっても新鮮なの。ちぇー、とか思ったんだけどそんなにムカつかなかった。風に向かって斜めになったり、犬のクソを踏んだり、その両方をやったりするのは、とってもよく知っていることなのに、とっても久しぶりでとっても楽しかったのだ。

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夜半、雨が静かになったと思えば。

今日の朝焼けはとても綺麗でした。
雲がいっぱいあって、まだ夜の暗さを宿した濃い青と、染まり始めたばかりの強いオレンジが、すごくクリアに、静かに横たわる街を包んでいました。北風が強く吹いて、明るくなってからも空は透明で、山がとても遠くまでくっきりと見えました。僕は自分が大きく大きくなったような気になったか、じゃなかったら、自分がいなくなったような気になって、いい気持ち、になりました。いまも、外では、強い、大きな、北風が、ゴウゴウと我が物顔のようです。

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冷たそうな今宵の月。


サクバ氏の個展も、あと10日間となりました。

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今宵の月。


サクバ氏、ギャラリーに居る日の追加。
18日(木)Pm5:00?7:00。

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今晩の、月とからす瓜。

街ではもうクリスマスディスプレイ。まだ11月なのに気の早い。

DMの申し込みありがとうございます。まだまだ受けつけてますよ、遠慮なく。
月末にサクバ氏の予定も立つでしょう。気軽な気持ちで遊びに来て下さーい。

higan2.jpg彼岸花です。
去年のNEWSでもこの花のことを書いたな。綺麗です。
しかしなんて大胆な花だろう。
動物にしても植物にしても、熱帯と違って日本の生物っていうのはそんなに派手なヤツはあまりいません。でも満開の桜とか、この彼岸花とか、オオルリオサムシとかアオタテハモドキ(これは沖縄とか)とか、特別なヤツもいる。自然界の中では特別もクソもないんだろうけど、人間の目にはとても特別に見える。なにかをそこから見ようとするんだろう。見えそうな気がするんだ。特別なものはそんな気にさせる力を持っている。見たいものの答えはいずれ見つかる。見たいものはたぶん既に存在しているものだからだ。ただ、光が届かないだけで。

今日は何かを思い出す日だ。
なにか良いもの。懐かしいけど懐かしいだけじゃないもの。この天気のせいなのは分かっている。秋で、晴れていて、ちょっと暑いんだけど、乗り物に乗って風を感じると後戻りできないぐらいに冬に向かっているんだってことが実感できる。そんな感じ。

細かい記憶はいくらでも思い出すことが出来る。一人で自転車で土手を走っていたときの記憶とか(確か川の絵を描きに行こうとしてパステルとスケッチブックを持って出掛けたんだった)、退屈そうだけど本人は大緊張だったデートの記憶だとか、そういう連なるものはたくさんある。でもそれもこれも、そんなことがあったからいいと思うんじゃないんだ。そうじゃなくて、こんな日だからそんなことがあったんだと思える。おかしな話だ。とってもおかしい。でもこんな日をなにか期待で溢れさせるような原因はもっともっとずっと昔から続いていて、その正体をいつか丸ごと捕まえてみたいとずっと思っているんだ。

たぶん、どんなに古いものよりも新しいものが、そこにはある。

入道雲がいっぱいだったよ。
もこもこ
カゲが黒かったよ
しみしみ
汗をかいたよ
ぷつぷつ
首が焼かれたよ
ちりちり
風呂に入ったよ
ざぶざぶ
寝る時間だよ
ぐーすか ぐう

ru000046.jpg林から流れ込んでくる風がひんやりしている。
夏がなかったような今年は、秋に移るときはいつもみたいにワクワクしないのかもと思っていたんだけど、そんなことないみたい。夏から秋への移り変わりは自分にとって特別な感じがある。思い出があるわけでもなく、季節と呼べるようなものでもないんだけど、この変わっていく日々と共に自分の気持ちの中に満ちてくる、何かに深く向かっていきたいという欲望が大好きなんだ。切なくなるぐらい好き。細い草の中に飛び込んで、下の湿った地面に顔を埋めて、顔がゆっくりと沈んでいく小さな音を聞きながら体の中には沈んだ後の準備が細胞レベルで進められていくような高揚。たまらない。

台風一過、今日はとても夏らしい一日でした。
江戸川は思ったほど増水していませんでした。

一足早く夏休みをとったサクバ氏は、これから何だかとても忙しくなるようです。

本来のニュース(更新情報)の場として、ここを機能させていきたいとも考えていたので、これを機会に少し変わっていくのかも知れません。
とは言え、サクバニュース(日記)はちょくちょく入ると思いますが。

明日は満月かな。

台風10号は昼頃、関東地方に強風と大雨を降らし、今は北へ行ってしまった。ゴーゴー、ザバーザバーという中、ずっと蝉が鳴いていたのが不思議だった。木の葉がめくれ上がり裏側の白っぽい緑色が泡だって、グルグルと螺旋を描き続けていた。

強く吹く風は、疲れさせるがとても好きだ。竜巻ときたらトラウマになるほど好きだ。
子供の頃、道幅6メートル程に広がったまるで駒のような形をした竜巻に遭遇したことがある。いきなり目の前3メートル位のところに現れた。とっさに近くの電信柱にしがみついたが、ヒュッヒュッと唸りながら反対方向にジリジリと移動して行き、ヒョイッと浮き上がったと思ったら、あっという間に近くの長屋の瓦を飛ばし、並んで干された洗濯物を竿ごと巻き込み、空高く上っていってしまったのだ。

その後「オズの魔法使い」という映画で、天につながる黒い竜巻があらゆるものをなぎ倒しながら、ドロシー(主人公の女の子)を別の世界へ連れて行くというのを観たときに(本当は夢の中の出来事なんだけれど)、あの竜巻体験の恐怖がよみがえり心から震え囚われ、いつかこの黒々した化け物によって、余所の知らない街なり異次元なりあの世なりに見事飛ばされようぞ!と密かに決めてしまった。驚異には逆らえない、それにどんな状況になっても自分は大丈夫なような気がした。恐れに打ち勝つには、受け入れる道しかないことを学習したのはその時、つまり竜巻のおかげなんである。

これからお出かけだぁーーー
帰ってこれないよーーー
風で吹き飛ばされちゃうよーーー
怖いよーー
死んじゃうよーー
楽しみだよーーー

ガキの頃はほんとに風で空飛べると思っていたよー
バカだよー
でも風に押されると体が軽いんだよー

去年のNEWSでも台風でハイになっていたのを思い出したよー
なんにもかわんねぇー

natu1.jpgnatu3.jpgnatu4.jpgnatu6.jpg夏に写れ!と念じながら撮ってみたけど、あんまり夏にならなかった。念が足りないようだ。身体はいやんなるほど夏なのにな。念写もムズイ。

それと明日からちょっとお休みするかもしれません。
決まりなようなら、またお知らせします。

今日は関東地方は暑い日だ。
梅雨明けたのかな。明けたんだろう。
明けたことにした。

小学校の3年生ぐらいの時、まだ夏休みが始まっていなくて、でもちょうど今日みたいな日。
オラは学校から家までの3分ぐらいの道のりを帰ってくるところだった。いつも通りの帰り道だったけど、ただ一つ違っていたのは猛烈な便意を我慢しながら歩いていたのだ。

ああ、あと少しですぐ家だ。
と、思いながらお尻に手をやりながらモゾモゾと歩いていたのだが、家まであと40秒というところでやっちまったのだ。ブリブリと。小学3年生にもなってウンチを漏らしちゃうなんて!絶望がオラを襲いました。重くなったパンツのなんと情けないことよ。強い日差しの中で、オラは世界中でひとりぼっちになっちまったような気分になりました。家の影がどんどん黒くなっていって、道と空がどんどん白くなっていくような気がしました。このままこの場所が誰も知っている人のいない遠い場所になっちゃえばいいのにと思いました。

こうして人は孤独を学んでいくのだ(偉そうに)。
夏の暑い日はひとりぼっちにもとても相応しい気がするのはひょっとするとそんなわけかも知れない。ウンチ様々だ。

hanabi9.jpgどんなに忙しくたって花火だけは行くんです。何をおいても行くんです。歩いていけるし、もうずっと行ってるし、大した時間じゃないし、なにより好きなんです。

hanabi6.jpgてわけで、サンドイッチとビールを持って花火見物に行って来ました。でも今年の花火はずいぶん様子が違っていたな。音楽鳴ってるし、アンパンマン花火(一応顔に見える)やらドラエモン花火(これはちょっと厳しい)やらキティちゃん花火(なんとか判別できる)やらのこどもに媚び媚びプログラムもあるし、いや笑って流すけどさ、取り敢えず音楽は無しでお願いしたいって、そうも行かないのか。でもまあ花火なんで、しかもこの俺がデジカメ持って出掛けるようなんだから、どっちもどっちだぁね。写真なんて撮っていたら楽しめないこと甚だしいったらありゃしない。でもとにかく花火なんで写真は前半でとっとと切り上げて、後半は手ぇ叩いて声だしながらしっかり楽しんできました。

いきなりアツナがきおった。
ヒサキまであれほどヒアリだったに、テンコの高くダイジリの強いこと。ほれフタリミがあんなにカッキリと。ルはマシロくダイジリに焼かれ、エンエンと続いておる。カワモはヒサキまでのシトリを集めミナミナゆうとる。モサコはドサドサと茂りコウベのテンをごついハグロメガネがユタユタと飛んでいきよる。ほれ、そげにモサコの上、たいそなメンコビラがさいとるぞ、なんとまあメショボるよなダイダイじゃ。ナマチ人なぞこぞってきおってナザオの並びの見事なことよ。アツナじゃ。アツナの始まりじゃ。メェからヨボくれとるがリンとしたメンコが歩いてきよる。ヨボメまでアツナに誘い出されて来よったか。ヨボメのマシロのコロモロの、なんとヒアリしことよ。

対訳:
いきなり夏がきやがった。
昨日まであんなに涼しかったのに、この高い空と強い日差しはなんだ。ほら影があんなにくっきりとしてやがる。道は真っ白に日差しに焼かれどこまでも続いているし、広い川は昨日までの雨を集めてナミナミしてるぜ。草木なんざウンザリするほどギッシリと寄りかたまって、その上をでかくてカッコいいヤンマが我が物顔で飛んでいく。そこの茂みを見てみろよ。なんて立派な花なんだ。目がつぶれるほどの黄色じゃないか。釣り人なんて誰も彼もが我慢できずに出てきやがって、釣り竿が行列を作ってら。夏だ。夏が始まったんだ。おや、前から小さくてお上品なおばあちゃんが歩いてくる。ばあちゃんまで夏に浮かされたか。ばあちゃんの白い洋服の涼しげな佇まいといったら例えようがないことよなぁ。

ru000029.jpg今朝バイクで走っていたらとってもいい気持ちでした。空が高くて、風が吹いていて、雲がいっぱいで、高い雲と低い雲は形が違って速さも違って、低い雲は速く、高い雲はゆっくり。すき間には濃い青の空が見えています。いつも通る道なのに、どこを走っているんだかわからなくなってくる。行ったこと無いけど、ブラジルのスコールのあとでもヒマラヤ山脈の上で雲が通りすぎた後でも同じような気持ちになるんじゃないかと思えるような新しさ。世界が新しいって素敵です。そろそろ梅雨も明けるんですね。

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涼しいな。 暑いあとの涼しいのは秋みたい。 きのう起きちゃったニイニイゼミはどうしているだろ。 寝てるかな。死んじゃったかな。 ここには雨が降ってるから どちらにしても濡れてるね。

世界の車窓から。
今日は、
千葉県の夏の夕暮れをお楽しみ下さい。
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ヒグラシが初鳴きしたので変なもん作っちゃいました。音だして画面大きくしてみて下さい(大したもんじゃないけど)
flashです。92kあります。
ガラージュまだなんもやってません。スマン。
これからちょっとやります。

しかし久しぶりにflashいじったらすっかり忘れていた、くそう。忘れるの早すぎだよ、ってちょっとしかいじっていなかったもんなぁ。やっぱり一度ぐらいはいじり倒すぐらいやってないとダメですね。もっと遊ぼう。

あんまり素晴らしいのでお風呂を讃えなければいけないような気持ちになってしまった。と言ってる俺は風呂上がり。今日は暑いけど気持ちいいこと。子供の時には銭湯の帰りにはコーヒー牛乳(たまにフルーツ牛乳)を飲むのがすんごい贅沢だった。そんで今はビール。と言ってる俺はビールを飲んでる。

なんでお風呂に入っている時って暑い日でも暑くないんだろ。窓から外の風が入ってきたりすると、もうそれだけで幸せって感じになっちゃう。冬のお風呂も好き。モクモクの湯気の中で冷えた体を浸からせると、最初はじーんときて、何回か鳥肌が立って、だんだんお風呂の温度に体が馴染んでくると、ふーっ、ってなる。とか言いながらかなりめんどくさがり屋なので、入るまではウダウダしたりもするんだけどね。それにしてもシャワーだけの生活なんて耐えられないな。シャワーは便利だけどさ。洗うだけなんてそれこそめんどくさい。やっぱお風呂でしょ。

ところで半身浴ってどうしても我慢できない。肩まで浸かりたくなっちゃう。ウズウズしちゃって気持ちが落ち着かないんだけどなんで?そういえばバスタブ(寝そべる奴)もダメだったな。

030508.jpg春っていつまで春というのでしょうか?
五月はもう初夏ですか?
五月晴れ(さつきばれ)っていいますね。今日は雨だけど。こんな日には、なんか不思議なことが起こりそうな気がしてしまう。たぶん知っている暦に当てはまらないような気がするからです。どこにも属さない一日。取り残されてしまったようで不安なのに懐かしいような一日。

世界中が部屋の中のような気がしてくる。机の上に置いてある恐竜の人形と傘を差して外を歩いている人が同じものに思える。オモチャの自動車と高速道路を突っ走る長距離トラックが同じものに思える。引き出しの中のガラクタと広い国が同じものに思える。でも耳だけはいつもよりも敏感になっていて、ラジオ放送とか電話の中だけでは元気なおしゃべりがされていたりする。気持ちは無線と有線の回線に入り込んでいってほんの少しの実らない冒険をする。僕は不毛な冒険を諦めて口を閉じる。耳が沈黙を聞く。気持ちが時間を超えてたくさんの取り残された一日を連れてくる。こんにちは、小さかった僕。こんにちは、ひとりぼっちの僕。みんな、なにも言わないけど、僕はそれらの取り残された一日たちと共にいる。

春は寂しい
なんで?

春はウキウキする
なんで?

 ウキウキするのに寂しい
              なんで?

    ナゾがいっぱい

        春はナゾナゾ?

       なんで?

   ナゾはナゾだからナゾなので
   ナゾのままでもいいのかも

  でも答えはたぶん知っている
  答えを知っているのにナゾなだけ

 春だしね
それでいいのかも

sakura.jpg昼間、お花見をしてきました。
1時から4時ぐらいまでの間。最近のわたしはちょうど12時間ぐらい人とずれているので、夜中の1時ぐらいにヘロヘロになって散歩に出かけた感じです。もう既にビールの感じではなくなっていたので、安いスコッチを小瓶に詰めてポケットに忍ばせて出かけました。

お花見スポットは近所にたくさんあります。というかいつもの散歩コースがそのままお花見コースになるのです。お弁当を持って食べるわけでもなく、カラオケセットを用意して歌うわけでもなく、ただ酒をチビチビやりながら、散歩するだけです。お目当ても桜だけではありません。春は他の花もたくさん咲いています。家の前にはユキヤナギ(たしかこんな名前)が、「いいの?」ってくらい白い花を咲かせていますし(思わず花の塊に顔をつっこんでしまいました)、ホトケノザやスミレもたくさん咲いています。菜の花も黄色いワクワクするような花を咲かせているし、名前も知らないような花もそれ以上にたくさん咲いている。お花見は言ってみれば、春のキモチイイ日に散歩するための口実みたいなものです。

ただ一つ残念だったのは、今日は平日だったので出店が焼きそば屋しか無くて、たこ焼きやお好み焼きが食えなかったことです。ガキの頃から買い食いは大好きですからね。ちょっと悔しかったので、少し離れたコンピにまで遠征してブリトー(甘くないクレープみたいな奴)のサルサとサンドイッチとタイムスリップグリコ(おまけ菓子)を買いました。それからもう一カ所の花見スポットに移動。こっちは人出も少なくてとても落ち着いています。東屋に陣取って、眠くてボケーッとしながら池の縁に生えている桜を眺めました。すぐ横には柳の木が新芽をいっぱいにつけています。グリコのおまけは、欲しがっていた「電柱に登っているカネゴン」でした。幸せだわね。

030402.jpgなんとなく春っぽい気持ちでラクガキ。
春ってなんか曇りのようなイメージがあります。それも明るい曇りの日。そして曇りの日のモノの見え方がかなり好きなんです。晴れの日のように影がくっきりしていないで、どこからが影なんだかわからないような綺麗なグラデーションが出来る。目の前のモノが一つ一つその形を、服を脱いだみたいに見せてくれているような見え方です。自分の認識の中では、一番形をはっきりと認識できるような見え方なのです。曇りの日の光の中で見えている形がそのものの本来の形であるというような(これも偏見の内なのはわかっていても)、妙な基準が自分の中に出来上がっているようです。

前に質感を描くのに抵抗があるということを書いたけど、それもこの好みとつながりがあります。ツルツルしたモノやヌルヌルしたようなものを描こうとすると、どうしても反射や写り込みやハイライトを無視できなくなって、「曇りの日の本来の形」が見えにくくなるのがイヤでもあったのです。

最近そういう描写に抵抗が無くなってきたのは、たぶんツールの影響もかなりあると思っています。元々アナログで絵を描いていたときは、とにかくマットな質感が好きで、どんな画材を使うにしろ、そういう仕上がりの絵にはあまりツルツルしたような質感表現は向かないように思っていました。でもモニタ見ながら描いていたら、そんなの関係ないですからね。透過光だし、まるで窓をみながら描いているような感じです。これが自分にとっていいのか悪いのかは、今の時点では判断が付きませんが、変化が起きていることだけは確かなようです。

関係ないけどこのNEWSを午前中にアップするようになったら、午前中のアクセスが急に増えるようになってちょっと驚いてしまいました。なんだかんだいって楽しみにしてくれている人がいるんだなぁ、と。有り難いことです。

0303252.jpg今日はあったかい!桜もチラホラ。春はもちろん嫌いじゃないけど落ち着きません。絵なんて描いてる場合じゃないって感じ。アレやアレやアレでもしてる方がよっぽどいいでしょう。夏もそうだ。絵なんて描いてる場合じゃないって感じ。あんなことやあんなことやあんなことをしてる方がよっぽどいい。もし南の国に住んだら作品なんて作る気がなくなるんじゃないだろうかとよく考える。そしてほんとに住んでしまったら、それならそれでもイイかも、と思ってしまうかもしれません。そんときは仕方ないやね、でも、南の国なわけだから、一年中あったかいわけでしょ。一年中あったかかったら、あったかいからといって落ち着かなくなったり、動きたくなったりしなくなるかもしれません。逆に一年中冬のように過ごせたりして。それはそれで悪くないな。なんだ、結局何でもいいのか?この俺は。何でもいいのが正解だろ。きっと。

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8枚の絵を逡巡無しに描き、それをまた逡巡無しに張り付け、さらに逡巡無しにいじる。それだけのことをしてみた春の夕べ。昨日関東地方に吹いた風は春一番だったのか。それとも違ったのか。

はーるぅよー
ちーかーきー はるよー

春はいつも容赦ない。
しかたねぇな、と、腰を上げ
膨らんだつぼみに挨拶をし、
肌寒い風にポケットに手を突っ込み
歩いていくのだ
自分で定義した気分で颯爽と

台風の次の日と言えばなんでしょう?
埃の洗い流された綺麗な空?
それは悪くないけど違います。
カラッとしてるのにどこか疲れたような街の雰囲気?
それも悪くないけど違います。
落ちた看板や倒木探し?
それも楽しいけど違います。

台風の次の日といえばなんといってもアレですよ。

増水した河!!!!

台風好きのくせにこれを見ないなんて真の台風好きとは言えません。渦を巻きながらいつもの5倍ぐらいのスピードで流れる濁流。河川敷のある河ならば川幅も土手いっぱいに広がって立木が濁流の中にポツン、ポツンと立っているのをみるのはほんとにワクワクします。

心と時間に余裕があるなら、腰まで浸かって河川敷探検をすることをお薦めします。普段良く知っているような場所でも、水浸しだと何がなんだか分からないのでとってもスリリングです。それにどこからが河だか分からない!(良い子はマネしないように)運が良ければカッコいい流木や不思議なゴミが手にはいるかもしれません。他人からは白い目(もしくは憐憫を湛えたあたたかい目)で見られますが、お手軽に「この世の果て気分」を味わったり、「青春の一ペエジ」を飾るのにも最適です。次の台風一過にはぜひ!

家の外では ゴーーーーーーーーーーっていってます。

コワイよー、おうちボロだだから壊れちゃうよー

大雨になると、何故か回線が不安定になるので早めに書きます。ああ、なんかゾクゾクしてきた。うう、今度はソワソワしてきた。ダメだ、落ち着いて書けない。

....................................。

ウィスキーを一口飲みました。

気を取り直して。
昨日のスクロールスクリプト、やっぱだめだったみたいですね。早速元のスクリプトに戻しました。ちぇっ。
方向性は間違ってなかったハズなんですけどね。

ところでこのところなぜか急にアクセスが増えています。もちろん大喜びしてます。今日なんて既に100人軽く超えてます([ru]にとっては凄い数です。ウルウル)。宣伝も少しはしたのですが、それ以前からなのです。不思議だなぁ。
でもこれもリンクしてくれてる人のおかげであることは確かですね。あらためて感謝です。ありがとう。

昼間は時間が取れなかったので、これからまた台風でワクワクしながら制作に取りかかります。

彼岸花が咲いてますね。あの花を見るのは好きです。
初めてみたのは小学校の時だったかな。家の近くにはあの花が咲くような場所はなかったのですが、たまたま虫取りか何かに行った公園の近くに咲いているのを見たのです。

あんなに鮮やかで大きくて不思議な花が、なんでもない日陰の土手に勝手に生えているなんて、とても不思議でちょっと怖い気持ちになりました。何かイケナイものを見てしまったような感じです。でもあまりに綺麗だったので引っこ抜いて持ってきてしまったのです。ちょっと興奮して得意げに家に帰ると、それは彼岸花であると教えられ、これは抜いてはいけない花であり、これを抜くと悪いことが起きるとか、人の魂が宿っているとか、怪しさ倍増の話をされて、心の中にクラ?イ小部屋が一個増えてしまったようでした。今調べたところ毒があるんですね。ただの迷信ってわけではないようです。子供の気持ちとしては、「ああ、僕はとりかえしのつかないことをしてしまった。どうしよう」って感じで結構悩みました。今でも彼岸花を見るとその時の気持ちを思いだしてしまいます。そんなに悪いものじゃないですけど。なんというか一対一で向き合うような気持ちです。一度も話したことはないけど昔から知っている同士、勝手な思い込みなのはわかってますが、そんな風になってしまうのです。

もう秋かと思うぐらい涼しかったですね。自転車に乗ってもそんなに汗かかないし、あったかいお風呂は気持ちいいし、風呂上がりにひやっとした風を素っ裸で感じたりすると「今日は秋だということにしておこう」とか思っちゃいます。

実は季節の移り変わりの中で一番好きなのは夏から秋に変わるときです。よく歌の世界なんかじゃ「みじかい夏が終わって淋しいぜベイベー♪」なんてやってるけど、そんなことはたぶん一度も思ったことはありません。別に夏が嫌いというわけじゃなくて、この変わり目が異常に好きなだけなんです。

まず気持ちがすごく軽くなって、どんなに遠くにでも行けそうな気がします。夏の暑さに閉じこめられていた欲望が一気に解放されるような感じです。次に自分の中に集中力が漲ってくるのが分かって、様々な予感で胸がいっぱいになって息苦しいような気がしてきます。つまり何処かへ行くにしろ、何かを作るにしろ、自分一人になって好きなだけやりたいことが出来るような気持ちになるのです。そりゃもうワクワクが止まらない状態です。

この秋の予感をうまいこと捕まえることが出来ればその次にはひたすら深く潜る冬がやってきます。だから冬は長い冬がいい。いつもどんなに長くても長すぎることはないと思うほど長い冬が欲しいと思います。しかし暴力的な喜びを伴って無情で優しい春がやってくると、僕は敗北感に包まれつつもその奇跡に感動してしまうのです。

急に思い立って蛍を見に行ってきました。
都会の人は蛍なんて聞くと随分遠くまで行ったんだなぁ、と思う人もいるかも知れませんが、家からバイクで15分ぐらいの所です。花火ほどではありませんが、蛍もよく見に行くんです。

そこは元貯水池として利用されていた湧水のある湿原で、東京から川一本隔てた街ににあるとは思えないほど木がたくさん生えていて虫もいっぱいいます。今日などは涼しかったので、まるでどこか山の上の湿原に来たような感じさえします。なかなかいいところです。今は公園として管理されていて普段は夜は入園できないのですが蛍が発生するこの時期だけ夜の8時30分まで「蛍鑑賞会」として公開されるのです。

実はもっと近くにもう一カ所蛍がいるところがあるのですが、こちらはただの斜面に沿った舗装道路脇、ほんの少し湧き水が出ているところがあって、そこでも見ることが出来ます。車なんかで走っていたら絶対気が付かずに通り過ぎてしまうような所です。実際見つけても、「何故こんな所に」と驚いてしまうような場所で、これはこれである意味風情のあるとこです。でもせっかくの夏の夕方、散歩も兼ねてとなると高原のような湿地帯の方が、ねぇ?

ちょうどすぐ近くにある身内がやっているバイク屋に用事もあったので、そこにバイクを止めさせてもらって、のんびり歩いていくことにしました。ヒグラシも鳴き始めてイイ感じです。途中コンビニによって白ワイン一本とコロッケとメンチカツバーガーを調達。

ところがいざ着いてみるとやたらに人がいっぱいでビックリしてしまいました。いつもの五倍ぐらいの人がいるのです。なんで?前はパラパラしか人がいなくて静かでよかったのに、何なんでしょうこの賑わいは。これも不況のせい?

仕方ないのでうるさい家族連れや子供会集団がいなくなるまでワインをラッパ飲みしながらコロッケをつまんで待つことにしました。だってこの行列に加わって散歩するぐらいなら、蛍がいるということがわかっている場所で蛍を見ずに涼しい空気を楽しむ方がいくらかマシってものです。

しかし子供というのは哀れな存在ですね。「おうち帰ったら蛍の勉強しようねぇ」「こっち来い!お父さんの手の中に蛍がいるぞ!」............
何故親というのは全てを台無しにしていくのでしょうか?あ、そこのお父さん、杉の木を見たってカブトムシはいないよ。お願いだから人の顔を懐中電灯で照らすのはやめて下さい。ワインぐらい飲んでてもいいでしょ?(ちなみに僕は家族見物をしながら、飛んできた立派なオスのカブトをゲットしました。今年はこれが初物です)

それでもしばらくすると急に静かになってきました。さ、行きましょか。

今年も蛍は淡い緑色の光りをチラチラさせて生きていました。あまりに小さい光りなので、蛍を探そうとするとあらゆる闇に蛍がいるような気がしてきます。
思えば蛍を初めて見たのってオトナになってからでした。子供の時にはとても憧れていたのにずっと果たせなかったんです。でもこうして何度も蛍を見に来ていると、ずっと昔から見てきたような気がしてきます。やっと自分の世界の中に蛍が住み着いたんですね。

当たり前すぎて書くのもはばかれますが暑かったです。予定していた仕事が5mmぐらいしか進みませんでした。そしてこんな時はなぜか家事がはかどります。どうにもノリが悪いときや、今日みたいな日は気がつくと料理を作ったり洗い物をしたり買い物に行ってたりするんです。

肉体労働は大して苦にならないんですよ。ところが机の前にじっと座って、タブレットがベタベタになるので上にタオルを敷いて、ジンワリ滲んでくる汗を感じながらイラストレーターかなんか起動して、暑すぎてマシンぶっ壊れるんじゃないの?とか思いながら、クソ小さいアンカーポイントなんてものをチマチマ動かしていたひにゃあ、あんた、誰だって「そうだ洗い物しなきゃ」って事になりますよ。おまけにウチは今時「井戸水」で水がチベタくて気持ちのいいこと。そしたら当然「お米もといでおこ。俺って働いてるって感じ?」ってことになって「今日の晩飯何にしよ」とか言いながら冷蔵庫を開けて、今度は気持ちのいい汗をかきながら下ごしらえかなんか始めちゃったりするわけですよ。するとやっぱり「あれがなかった」てな事になりますね?不本意ながらも、とっても涼しいスーパーにいかなきゃなりません。それにこの時間帯なら「半額天使」が出現しているに違いない(ウチでは半額シールを貼っている店員の女の子はこう呼ばれています)。読みは見事に的中。だてに長いこと通っちゃいません。家に帰ってくるとヒグラシがいい声で啼き初めて「汗もかいたことだし風呂にでも入るか」ってことになります。そして風呂上がり、下ごしらえした料理をチャチャッと作ってビールの一杯ぐらい飲んじゃって、働いたあとのビールは美味いや、あ?いい一日だった...って、仕事全然進んでないじゃん、が?ん。あせって仕事を再開する自分に天のお声が
「いまさらもう遅い。この怠け者がぁ!」
チェッ、チェッ。

ここで問題です。
サクバはこの場合どの道を選んだらいいでしょう?
1・クーラーを取り付けて仕事を優先する
2・暑いときは仕事をするのを諦める
3・暑くてもど根性で仕事をする
4・文句を言いながらもなんとなくやり過ごす

今は4番。理想は2番。三時のおやつは文明堂~

コロッケ大好き。夏になると特に食べたくなる。というわけで今日はコロッケを揚げました。もちろんビール付き。

ウスターソースにタバスコや生唐辛子なんかを混ぜたのを割とたっぷりめに付けて手づかみで食べるのが好き。ほんとは自分で作った方が全然美味しいのだけど、つい面倒で冷凍食品になっちゃいます。でもコロッケでさえあれば基本的に何でもOKです。これはビールにもいえてるな。生ビールとか黒ビールとか大好きだけど、ビールでさえあればなんでも許せる。

コロッケは子供の頃にも良くオヤツ代わりに食ってました。たしか10円か20円ぐらいだった記憶があります。お金がないときはポテトフライ。余裕があるときはハムカツ。

夏の夕方、友達と銭湯の帰りに小さくてあまり綺麗とはいえない揚げ物屋に寄って特有のむっとした熱気を感じながら「ソースいっぱいかけてね」とか言って買うんです。風呂上がりだから、店を出ると夕方の空気が気持ちよくて、どぶ川の上の橋の欄干なんかに腰掛けて熱いコロッケを食べると最高にうまい。

ほかにも夏に食いたくなるものって割とたくさんあります。ホットドック(これは春ぐらいから食べたくなる)とか、冷蔵庫で少し冷えたサンドイッチとか(ほんの少しだけパンがパサつき始めるぐらいがイイ)、自己流冷製オニオンスープ(超簡単)とか。カレー、餃子もポイント高いけどこれはいつでもなのでちょっと違うかな。なんかどれもあまり一般的じゃなさそうですけど。
素麺とかも好きですが、なぜかコロッケの方が全然「夏」な感じなんです。やっぱりガキの頃の刷り込み効果?

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