ru:Tag=[Toilet]

081017.jpgまた手描きブログで。リンク先にあと何枚かあります。この絵は友達限定じゃないと公開しちゃいけないみたいなのでこっちでw

日本画チックな描き方はだいぶわかってきた。この絵はまだかなり適当ですが、線が良く描けてると快感がありますね、この描き方。あとなにより練習になる。でもいかにも過ぎて、どっかで見たような絵になっちゃうのは避けられないな。スタイルが確立されすぎでネタ勝負になっちゃうようなところがある。まあ、それでもいいんだろうけど。色やテクニックの部分ではまだ開拓の余地がいっぱいありそうだし。もうちょっと探検してみたいような気もするが、今のところは漫画だったらアリって感じ。

便器ってもっと大きければいいのになぁ、と思った。小便専用の便器があるならどうでもいいことかもしれないけど、普通そんなの無いでしょ。で、女の子の場合は便器の大きさなんて関係ないけど、男の子の場合はひっかけると起こられるって事があるわけで、それが上手く出来なくてトラウマになっている子だった相当いるはずで、便器がデカくて、便座の幅も広ければ、女の子は座りやすくて、男の子は心置きなく小便が出来て言うことないじゃん!って、ねぇ。TOTOに売り込むか。

benjo87.jpg弱い鬼板っていう絵板で描きました。大きいのが見たい人はそちらへどうぞ。トイレ杯ってことでウズウズしちゃったもので。

最近こういうトイレ見ないな。もう絶滅でしょうか。
半分以上店がしまっていて、営業しているのはショボイスナックと焼鳥屋みたいな怖ろしく寂れたアーケードとかに、通行人から丸見えの公衆便所があったりすると決まってこのタイプだった。これって知らないオジサンと連れションになったりすると妙に決まりが悪いんです。地方に行けばまだあるのかもね。

room2.jpg俺はエロしか描けんのか(笑)。俺はエロにしか興味がないのか(爆笑)。俺がエロいのか(大爆笑)。こうやってエロいのばかり描いて(狂笑)それで平気なのか(嘲笑)。そんなにエロいのばっかり描いてると(微笑)ほんとのエロオヤジになっちゃうぞ(超爆笑)。それでもいいんかい(激笑)。オマエのプロジェクトなんざ(苦笑)エロゲーになるのがオチってことだ(超大爆笑)。大馬鹿者が!(あり得ないスーパーミラクル大爆笑。アメリカ製ホームドラマ風に)

すんません。やってみたくなったので。

関係ないけど、この一週間ぐらい恥とプライドのことをずっと考えてます。これって同じものの二つの顔だと思うのですが、その元のものはいったい何かがずっとわからないのです。別にわからなくても困らないのでほっときますが、知りたい願望がムクムクとしてます。でもほっときましょう。

で、恥とプライドですが、恥はかかなくてはなりません。プライドも持たなくてはなりません。かくべきだし持つべきなのです。でも恥とプライドにもいろいろあります。少年期や少女期に植え付けられたようなものはさっさと捨てとくのがよい。自分の恥じゃないし、自分のプライドじゃないから。でもこれが一筋縄じゃいかなかったりする。そして首尾良く捨てることが出来ても安心は出来ない。なぜかというと、自分の恥やプライドになった途端に恥をかいたりプライドを持つことに自覚的になれなくなるからです。プライドも恥も更新され続けるものだとぼくは思っているのですが、それが出来なくなる。それを更新するためにはさらに恥をかいてプライドを持つというスパイラルを続ける必要があると思うのです。

たくさんのスパイラルを経た強い恥や強いプライドは魅力的でよいものです。少なくともぼくにとっては。ピュアだしクールだしエロティックだし、ストレンジでアンビリーバボーでグレートです。

汗を掻くように恥をかき飯を食うようにプライドを持とう。

1_31.jpgきのう描いていた絵です。今日はなにもいじっていません。これまでに描きかけで放置してしまった絵ってどれぐらいあるんだろう。「未完の作品」って聞こえはいいけれど最悪な感じがします(少なくとも自分のやることとしては。他人のは寛容に楽しめるのですが)。この絵はちゃんと最後までいくのでしょうか。デッサンがまだかなり適当なので怪しいですね。

ル:通信は明日発行します。今日あたりかな?と思っていた人、24時間ぐらいお持ち下さい。

最近、なんか自分が変化してきているような感じがします。一言でいうと「ほぐれてきている」って感じです。凝っていたんですね。心が。肩凝りじゃなくて心凝り、コリコリ。

toillet2.jpgル・プロジェクトでやろうとしていることって、こういう一枚物の部屋やキャラクターを、何らかの移動手段で繋げていくイメージだったりする。ゲームを作ったりすると、マンガや映画といっしょで、どうしてもあまり構図などにこだわれないような場面が出てきてしまう。お話主体だからある程度は仕方ないのは判っているんだけど、それがけっこういやでもあり苦痛でもあって、どうにかして自分の描きたいモノだけで世界を構成できないだろうかというのが重要な課題だったりするのだ。

いまだにゲームにこだわる理由が何かあるとすれば、それはマンガや映画と違って、一本道のお話としてではなく、ランダムな経験の集合体として世界観を提示できる可能性があるということがかなり大きな理由の一つであることは確かだ。たとえばこの絵みたいな部屋が一つあって、そこで釣りが出来たり変な虫が捕れたりする。それだけで一つのゲーム的作品だ。それらを無数に組み合わせていくことで、大きなうねりのようなものを感じさせることが出来れば、かなり楽しめるモノになると思える。[ru]=道、というネーミングもこの接続し続けるような感じを一つにはイメージしている。といっても現状ではただの妄想話だけどね。

キネガワ堂は土、日ぐらいにはなんとかなるんじゃないでしょうか?なかなかまとまった時間が取れなくて。

benjyo.jpg便所的考察 物凄くシンプルな舞台装置

baby.jpg「聖母子」

似たような構図は何度か描いたことがあるけど、なにかを抱かせたのは初めてかも。といっても自分の手ですが。聖母子の典型的な構図ですね。かなり気に入ってしまった。時間を見て仕上げてみたいです。

今日はイタズラ書きをする時間はあったのだけど、サイトを作る時間はほとんど取れませんでした。自分の家にはいなかったのです。しかもそこにずっといなければならなかったと。おじいさんは山へ芝刈りに行っていたのですね。おかげでいろいろイメージを遊ばせることは出来ました。

たとえ自分で好きで始めたことでも、長期間同じことに付き合ってると、どうしても頭が意固地になってしまいます。たまにはノート一冊持ってどこかに出かけて、頭の中をまっさらにしてみるのってほんとに大事です。アイデアなんてほんとに「ひょん」なことから生まれてくる。意固地になってる頭には「ひょん」の入る余地がない。「ひょん」の出やすい頭がいいです。ひょん、ひょん。

toilet.jpg無性に便所の絵が描きたくなったので、印象を残しておいた。前から小さな部屋とか箱の中の人物とかに惹かれるようなところがあってよく描いていたのだけど、便所というモチーフはけっこう最強かも知れない。

最初にこういう感じを意識したのは「天国への自動階段」の「ヒエロニムスの台所」を描いたときだ。あの構図はルネッサンス期のあまり有名じゃない画家の「聖ヒエロニムスの部屋」とかいう題名の絵をパクったんだけど、その絵の構図に妙に惹かれる理由をずっと考えていた。それは絵に描かれた空間の構成だったり、幾何学的な空間に押し込められた有機体の魅力だったりしたのだけど、元を辿っていくとそのエモーションの大元には便所の記憶があるのかもしれない。それは「便所的なるモノ」といった方のがもっと正確なのかもしれないが、いずれにしても便所に代表されるような何かだ。超プライベートであったり、恥に関するもであったり、汚物感であったり、自由であったり、圧迫感であったり、人工性であったり、無防備であったり、孤独であったり、それらの総体として「便所的なるモノが」存在しているのだ。

そして僕の足元にはいつも「水」が溜まっている。

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