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09010101.jpgあけましておめでとうございます。
元旦、一日だけのお休みを遊んで過ごそうと、Timrickガルクラフト代表と三人でサイクリングに行ってきました。最初の目的地は千葉県柏市にあるこんぶくろ池というところ。手賀沼の水源の湧水池です。写真はあまりに良い所に写りすぎていますが、それでも不思議な感じのする場所でした。09010102.jpg次は利根運河へ。江戸川と利根川を結ぶ運河です。両側がサイクリングロードになっています。向かい風でしたがとても気持ちのいいところです。09010103.jpgここは東京理科大の理窓会記念林自然公園というところです。とにかく水辺が好きなので、ウォータースポット巡りなのです。朝の10時ごろに出発して、この時点で既に昼過ぎ。ファミレスを探して昼飯です。09010104.jpgあとは追い風に乗って江戸川をひたすら南下し、家に着く直前で初夕日。nenga2009.jpgこれは今年の架空干支動物年賀状です(今までの年賀状はこちら。牛は難しかった。虎とかどうしてくれよう。特徴がピンポイント過ぎだよ)。プリントとサイン入れは終わっているんですが、宛名書きは今日やる予定です。では、今年もよろしくお願いします。

08122501.jpg08122502.jpg今日も朝から自転車でひとっ走り。埼玉県側から大回りで行ったので20kmコースです。下の写真は公園の外側を流れる水路にある、使われていない船着場。昔はうなぎでも獲っていたんだろうか。いつも気になる好きな場所。

さあ、今日も絵を描こう。年賀状まで辿り着けるかなぁ…08122503.jpg

08122401.jpg08122402.jpg08122403.jpg朝の運動に水元公園まで自転車で走ってきた。ウチからだと往復で10-20km(回り方で変わる)ぐらいなので、お散歩には丁度いい距離なのだ。

この公園には子供の頃から随分とお世話になっている。今はバードサンクチュアリになっているような水辺も、その頃はまるでジャングルのような手付かずの状態で、探検するにはもってこいの場所だった。数は少なかったがクヌギの木ではカブトムシやコクワガタが取れたし、河には1メートル以上もある巨大な草魚(?)なども居て、釣り人のオジサンに「持って帰ってもいいよ」とか言われてどぎまぎしたりしたものだ。

今日は寒くて暗くて冬らしい日だ。ぬくぬくと仕事しよう。

今日は家のことについて文章を書いてみようと思ったのだが、あまりにも曖昧なことや困難なことがあり過ぎて、書く前からめげそうになってます。

つまりワタクシには以下のような欲求と課題があります。

1:大家さんから引越しを要求されている
2:住みたいような家はほとんどない
3:住みたいような家があっても買うことも借りることも出来ない
4:自分で家を作りたいと思っている
5:どうせ作るなら自分で考えた家を作ってみたい
6:自分で考えるには何も知らなさ過ぎる
7:作りたい家は軽くてメンテナンスの楽な家である
8:分解と移動が出来ればなお良い
9:世帯や生活形態によってユニットの組み換えが出来ると良い
10:広い作業場は欲しいが広い居住空間である必要は無い

これらの要求を満たす家に近い例はジャパンドームハウスのユニットドームやアメリカなどで利用されているトレーラーハウスなどがあります。アウトドア用のテントなどは耐久性を除けば、ほぼ完璧に要求を満たしています。日本の分譲住宅なども、ある意味工事現場などで組み立てられるプレハブ建築と何も変わらないという工法から見ると、実は要求に応じて組み替え可能なユニットハウスと見る事も出来ます。そこに住んでいる人は誰も自分の家をプレハブ建築だとは思っていないかもしれませんが、軸組みなどの在来工法で作られていないほとんどの住宅はプレハブ建築です。

これらのことから考えられるのは

1:構造を構成するパーツがある程度規格化されている
2:部屋に準ずるようなユニットが組み替え可能
3:軽量化を最優先するなら外壁に皮膜構造を採用する
4:もしくはアルミやカーボンなどのパネルユニットを採用する
5:部材の単位を個人で扱えるようにある程度細分化
6:地面に永続的に固定化するような基礎を必要としない

というようなことです。しかしまだヴィジョンが見えてこない。それはおそらく素材と工法のガイドラインが見えないからです。絵に描けるぐらいのイメージならなんとなく掴めるんですが…

そんなわけで、昨日は以前紹介した犬のしっぽブログの人のテンセグリティ・シェルターのプロトタイプが見られるということで青山のスパイラルで開かれているDO MORE WITH LESS 40 YEARS OF THE NORTH FACEに行ってきました。
テンセグリティ・シェルター.jpg


この大きさのドーム(外側の黒い方)で、構造材の重さは30kg程だそうです。素晴らしく軽い。圧縮材に使われているカーボンの帯板は東レから提供されたものだそうです。触ってもいいというので押したり引いたりしてみると、思っていたよりもずっとテンションは低い。逆にこれぐらい柔軟な方が強風などには強いのかもしれない。説明員の人にナイロン素材の耐久性やポリカーボネートの可能性や接着剤の進化についてなど、訳のわからない質問をしながら1時間ぐらい眺めてきました。

さて、どうすっかな。とりあえずは、つまらない借家を探すしかなさそうですが。ガルクラフト代表の手に入れたトレーラーハウスが羨ましいこの頃。
081130.jpg

関連リンク:
テンセグリティ・プリセッション
ダイナテクチャー
SlelfBuild DomeHouse Site

081124.jpg自転車の部品を買いに御徒町へ。でも夜勤明けで時間が早かったので、時間つぶしにまず上野公園を一周。

相変わらずいろんな展示をやっている。フェルメール展はちょっと見たいような気もするが、見ないと死ぬって程のものでもない。それよりも「西洋美術館を世界遺産に」っていうノボリがそこら中に立っていることのほうが驚いた。もうなんでも世界遺産だな。俺だったら西洋美術館じゃなくてアメ横を世界遺産にするよ。

その後ドトールで窓際の席に陣取り、コーヒーとジャーマンドッグを食いながら自転車のサドルなどを落書き。すると目の前を鳩が歩いている。寝て無いせいもあって、やけに鳩がリアルに見える。車に轢かれそうになろうが、人に踏みつけられそうになろうが、驚く風でも無く平然と首を前後に揺らしながら移動する鳩。どう考えたっておかしいだろ、お前。とか突っ込みを入れるが、鳩に聞こえるわけも無い。

そんなことをしているうちにやっと午前11時の開店時間がやってくる。チューブ、コラムスペーサー、壊れた空気入れのパッキンなどを購入し新製品を一通りチェック。驚くような製品は無い。というか欲しい物や見たいものはお店には売ってない様な物ばかりなのである。それに買えもしないようなものでもある。

目的は果たしたのでアメ横へ。まだ午前中なのにやけに人出が多い。ガード下などには入らずにセンタービルの地下食品売り場などを覗く。そして急にキムチを買って帰ろうと思い立つ。このところ唯一のマトモな味だったキムチが駅ビルから消えてしまい、近所のスーパーに行くたびに不味いとわかっているキムチを買うべきかどうか悩むという悲しい思いをしていたので、ここならマトモなキムチが売っているかもしれないと思ったのだ。しかし地下食品売り場には韓国食材を売っている店はあるのにキムチは売ってなかったので、また地上に戻る。売ってる、売ってる。何軒かをウロウロして、日本人に媚びて無さそうなキムチを物色。一番地味な店のものを買う。ついでにチャンジャも。雨も降り出し、ここらで退散。特急電車に飛び乗り一路帰宅。もちろんキムチは大当たりでした。めでたし、めでたし。

081111301.jpg何ヶ月ぶりで朝起きることに成功したので081111302.jpg行き先も決めずにサイクリングに出かけた081111303.jpg空気はずいぶん冷たくなって
コスモスはもう終わりかけていた081111304.jpg朝の光はくっきりと世界を照らし出し081111305.jpg陽が高くなる頃には初めて訪れる町にいた。

工場に囲まれ閑散とした駅前のベンチに座り

陽射しを浴びながらサンドイッチを食べていると

遠出をした中学生の気持ちになっていた。


memo
今日行ったのは千葉県野田市。有名な醤油工場の街。この前首都圏外郭方水路に行った時にこの駅を通り過ぎて、なんとなく惹かれていた。最初は手賀沼でも行くかと思っていたんだけど途中で思い出したというわけ。081111308.jpg市内には醤油工場ゆかりの古い建物などもちらほらと見かけられる。
この建物は興風会館081111307.jpgキッコーマンの工場には「もの知りしょうゆ館」というのがあって、工場見学が出来ました。見学自体は期待はずれもいいとこでしたが、おみやげに特選丸大豆醤油を貰って得した気分。お金が無くて醤油に困った時は工場見学に行きましょう。入場無料。081111306.jpg本日の走行距離は70kmぐらいかな。

081001-suiro1.jpg081001-suiro4.jpg081001-suiro3.jpg081001-suiro2.jpgすんごい久しぶりの社会科見学に行ってきました。首都圏外郭放水路です。写真は携帯で撮ったのでキレイじゃありませんが、気合だけは充分だっりするのでご勘弁を。

自由時間が短かったり、排出ポンプに使用されているジェットタービンは見学できなかったりと(精巧な模型があってそれを見てるだけでもワクワクしました)制限は多かったですが、それでもとても楽しんできました。デカイってことはそれだけでパワーがありますね。柱一本500トンって。

それと、このところどこへ行っても、そこに自分の怪獣を置いてみるってのが習慣化しているので、ここでももちろん脳内シミュレーションをしてきました。楽しすぎる。

CA3A0064.JPGCA3A0065.JPGCA3A0073.JPGCA3A0057.JPGCA3A0061.JPGCA3A0062.JPGCA3A0072.JPGCA3A0069.JPGCA3A0068.JPGCA3A0082.JPGCA3A0040.JPGCA3A0046.JPGCA3A0042.JPGCA3A0041.JPGCA3A0047.JPGCA3A0039.JPG

080802.jpgジオラマのような滝を見てきた。箱庭のような滝を見てきた。どんなに小さく切り取っても、そこにはいろんな植物が生えていた。どんなに小さく切り取ってもそこには水が流れていた。もともと世界はそういうものなんだろうと思う。それを忘れてしまうだけで。

05091501.jpg24歳ぐらいまで住んでいた町。古い工場目当てでふらっと寄ってみた。もともとこの辺は河に挟まれた0メートル地帯で、鍍金工場やプレス工場などの下請け工場のバラック建築がひしめいていたところだ。ガラージュの世界観なんかもこの町からかなりのインスピレーションを受けている。とはいっても時は既に2005年。今時そんなバラック建築が残っているわけも無い。写真はかろうじて昔の面影を感じさせる建築物たち。 05091502.jpg05091503.jpg05091504.jpg05091505.jpg05091506.jpg05091507.jpg05091508.jpg05091509.jpg05091510.jpg

050405.jpg近所にかなり昔に店じまいをした木造の古い精肉点がある。店の入り口は木製の雨戸で常に閉じられていた。ある日いつものように酒を買いにいくと、怖ろしく派手な印刷物で雨戸が埋め尽くされていた。一瞬何が印刷されているのかわからない。一体何事が起きたのかと頭の中が混乱する。しかしよくよく見てみると、それはカラーコピーで直接スキャンされたコンビニかスーパーの弁当やオカズであることが判明した。シャケ、イカ、オムライス、五目御飯に天ぷらうどん。おまけにスキャンしている当人の手までが写りこんだままだ。一体誰が何の目的でこんなことをしたのかまったくわからない。住人でないことだけは確かだ。だってそこに住んでいるのはかなり歳を取ったおばあさんが一人きりで、カラーコピーに写っているのは健康そうな大きな手なのだから。おそらく商店会の話し合いか何かで、見栄えの悪い店じまいした店を華やかに見せようとしたのではないかと想像したのだけど、それにしたってなぜにコンビニ弁当なのか?そのセンスは日本人のそれを超えて、サイケデリックアートのごとくカッコ良過ぎるのであった。

でし、ってなんだ。いやただのミスタイプでし。ホントなりよ。

今日は良い天気の中、初詣にいってきました。別に何の信仰も持っていないんですが、屋台がいっぱい並んでいるだけで楽しいです。射的でオネーチャンの絵が描いてあるライターを落とそうとしたんだけどダメだった。子供の頃は正月の初詣なんてまったく縁がなくて、かわりに春の花祭りというのがあった。近所で屋台が出るのはそのとき一度きりで、ここぞとばかりにいかがわしい食い物やちゃちいギャンブルに夢中になった。今の子供の感覚で言ったら、ディズニーランドとコンピュータゲームとトイザラスが一度にやってきたような浮かれた気分になったのだ。

よくハレとケという言い方をするけど、ハレというのは祝祭的な時空間を表していてケというのは日常を的な時空間を表すらしい。つまり祭事とか祈祷とかいうのはハレの空間なわけで、そこは神と一体化したり大漁や豊作を祈ったりするための神聖な時空なわけだ。数多くの芸術といわれるような作品だって、このハレの空間のためのものだったりする。でも、今って、ハレがないよなぁと思う。あってもとてもショボイ。神がいなくたってハレは必要だ。ディズニーランドのパレードに参加したり、映画のエンディングに感動したり、クラブで踊り狂ったりするぐらいじゃ全然足りないと思う。もっとハイで集中力が必要で怖いぐらいのものがビシビシと伝わってくるぐらいじゃないとハレの意味がない。ハレが欲しい。せめて自分用のハレがあればいい。そして絵を描くのは自分用のハレを作り出すのには結構有効だったりするのだ。

041121.jpg" ゆりかもめ"に初めて乗った。楽しいな、あれ。遊園地っぽい。橋の手前がループになっていたり自動車と一緒にレインボーブリッジ渡ったり、周りに建っている建物もうそ臭いデザインの建物がいっぱいで万国博覧会みたいだ。一番後ろの窓にへばりついてキャッキャッしてました。

で、何しに行ったかというとコミティアというイベントを見に行ったのです。会場の中は人ごみでむんむんしてました。そしてブースの数にびっくり。1500ぐらいある。日本全国から集まってきた漫画を描く人やグッズを作る人達です。こんなにいるのかって感じでしたが、これと似たイベントでコミケというのはこれの何倍も凄いらしい。さらに地方でもこの手のイベントがたくさんあるらしい。いったいどれだけの人がこの手のイベントに参加していて、どれだけの作品が作られていて、どれだけの本が売られているんだろうと想像すると気が遠くなりそうです。

中身はピンからキリまでいろいろだけどなんつうか凄いパワーだわ。終了時間になってみんな拍手をしていたのが印象的だったな。そういうものなのか、って感じで。自分たちが作り上げているんだっていう連帯感みたいなのがあるんだろうなぁ。

壊れたマシンの部品を買うのに秋葉原に行ってきた。雷が落ちてから3度目。Windowsマシンを作り始めてからだと10回以上行っていると思う。店の場所とかもかなり覚えてしまったし安い店とかもわかってきて、もうちょっと頑張ればパソコンオタクの仲間入りができるんじゃないだろうか。メイド喫茶とか同人ショップとかには入らないけどそんなことをしてみるのもいいかもと思ってしまうぐらいだ。メイド、普通に歩いているもんなぁ。コスプレのまんまデートしている子もいるし、ゴスロリとかと区別ない。いや、そんな大雑把なこと言うと本人たちからひんしゅく買いそうだけど。

それにしてもオタクの男共はなんであんなに死んだような目をしているんだろう。怖いよ。コミュニケーション不全の顔だ。中学生でも30代のオヤジでもみんな同じ眼をしている。パソコン仲間や同人仲間との付き合いはいいリハビリになっているんだろうけど、果たしてそうなのか?という疑問も湧き上がってくる。逆に壁を強化しているんじゃないかという感じがしてくるんだ。いろんな人がいるから一概には言えないけど壁を高く積み上げるのだけは止めたほうがいいよ。とはいってもそんなオタクを相手に世界の秋葉原は成立してもいるわけだ。コミュニケーション不全の街。それがある意味世界の最先端なのは逆に納得がいく。

negi.jpgnegi2.jpg近くにあるネギ洗い場です。今でも現役です。
とっても好きな場所なんだけど、この写真はとってもつまらなそうに写ってます。

昔この辺は畑や田んぼがあったところで、いかにもって感じの牧歌的な景色だった。中学生の頃に偶然自転車でぶらぶらしていたときにここを通りかかって、こんな田舎みたいな場所が近くにあるとことにちょっと興奮したものです。このネギ洗い場は沼なのか水が沸いているのかわからないけど、それよりもずっと昔から使われていたんでしょうね。今でも水の底を覗くとザリガニがいます。こんな場所なのに。住宅街にポッカリ空いたこんな小さい水たまりに生き物が住んでいるってだけでワクワクする。上の小屋はネギを束ねるひもや段ボールを入れておくための小屋のようですが、これがさらにイイ感じを出してこっそり感を強調しています。

こういう場所を見ると、頭の中にいきなり異世界が出来上がるような感じになります。あの水の中にはひょっとしたら主みたいなヌメヌメした生き物がいるかもしれないとか、上の小屋には密かに閉じこめられている老人が住んでいるかもしれないとか、夜中になるとここに入水しにくる気のふれたおばさんがいるかもしれないとか、実は水の底は暗闇の世界の入口になっているんじゃないかとか、そりゃもう映画一本撮れるんじゃないかってぐらいいろんな事が頭の中に浮かんでくる。こっそりしていて、不潔そうで、でもそこには何かの気配があって、見捨てられていて、どこにも属していなくて、粗末で、空間が甘くて、そういう場所には自分がしてみたい冒険が眠っているんです。

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さっき家の玄関でヘビ捕まえた! 家の中だよ。たぶんシマヘビ(後で弟に聞いたらアオダイショウだって)。1メートルぐらいの。いやぁ、スゲェひさびさだ。ヘビなんて捕まえたの。あんまりひさびさでちょっとドキドキしちゃった。元気良かったなぁ。グイグイ締め付けるの。ビョンビョンしちゃうの。そんでお腹がスベスベ。写真撮ってから林の中に逃がしてあげたけど、落ち葉と木の根っこの間をウリウリと這う姿のカッコいいこと!

電車に乗ってたら前に座っているおじさんの読んでいる新聞に小さくヌード写真が載っていた。夕刊なんとか、とかスポーツなんとか、とかそんな新聞だったんだろう。おじさんの視線はヌード写真にはなく、めくれて反り返ったはじっこに掲載された写真は俺の方を見ていた。放り出されたヌード写真はなんか哀れだった。どうせだったら熱い視線を注いで欲しいに違いないと思った。ぞんざいな扱いをされるヌード写真を見るとなぜか切なくなる。そして好きだったりもする。ヌード写真の商品価値の半分はジェラシーによって成立している。胃薬だったら優しさで出来ているのかもしれないけどヌード写真は違うのだ。ジェラシーを向けられないヌード写真は、カルガモに見捨てられたヒヨコのようなものだ。どんなものかは知らないけど。裸になった女の子や、それを写したカメラマンや多大な設備投資をしてバカみたいな部数を発行する新聞社や、そこで生まれた喜びや苦しさや恥やプライドや、そういうものを全部超えてたった一人のおじさんによって見捨てられたヌード写真は、いったい何を得たんだろうか。ただの紙切れがなにを得るわけもなく、なにを感じるわけもない。得たのは俺だ。俺は見捨てられたヌード写真によってジェラシーを得たのだ。それは俺のものになった。とても満足だ。

信号で止まったらちょうど歩行者信号が青になったところで、小さなおばあちゃんが少しビクビクしながら目の前を歩いていった。少しがに股で丁寧に着込んでいる服を着ていて、向かい側にある小さな診療所の中に入っていった。きっと毎日アイロンをかけたり、クリーニングに出したりしているんだろうな。一人暮らしだったりもするかもしれない。それでもちゃんと一日三回ご飯を作っていそうだ。

この前足尾銅山に行ったとき、脇に入った林道の中でそこ一軒しかない小屋(家というより小屋)で暮らしているおばあさんを見かけた。洗濯物を干しているところだった。こんな山奥でまわりにも誰もいなくて、道の終わりには滝があるだけのような場所で、たった一人で暮らしているのはどんな気分がするだろうと思った。毎日やることがあればそんなに不幸ではないように思えた。でもいったいどうやってお金を得ているんだろう。年金にしたって街まで歩いていってお金を降ろして来るんだろうか。買い物はどうしているんだろう。買い物なんてしなくていいぐらい食べ物は自分で作っているとしても、その畑はどこにあるんだろう。謎がいっぱいだ。それでもとにかくそこで生きているんだってことだけは確かだ。

二人ともなんかカワイイと思った。ひねくれた言い方だけど自動人形みたいだ。必死に毎日生きている自動人形。だんだん小さくなっていく自動人形。俺もいつかそんな自動人形になるんだろうか。カワイイ自動人形になるのはなかなか難しいに違いない。

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東京駅からすぐの、
「片倉ビル」に入っているギャラリーへ知人の個展に行った。


この片倉ビルは、関東大震災前の建築だそう。


正面の重厚な扉を開けて入る勇気がなく脇の通用路から入ったが、みんなそこを利用しているようだった。


建物の中央に映画美学校とエレベーターがあり、上りと下りの階段に挟まれた珍しい給湯室、天井が高くちょっと学校のような感じのする廊下(通路)と、たぶん大理石だと思う紳士用の小便器。何度も塗り重ねられたドアと窓の鉄枠が懐かしいぬるさと匂いを放っていた。


古くて立派な建物を味わい楽しむには利用するのが一番いい方法だけれど、なかなかその機会に恵まれないものだ。


個展を開いた知人は、会期中寝ぶくろ持参で寝泊まりしたというから羨ましい。

nikko1.jpgnikko2.jpgnikko3.jpg日光に行って東照宮を見てきた。
小学校の時の林間学校以来だ。とんでもなかった。バカだありゃ。東照宮って前はやり過ぎな感じがしてあまり好きじゃなかったんだけど、そんな気持ちはどっかに吹っ飛んでしまった。浮かれ騒ぎのお祭りなんだもん。特に白の使い方がイカれている。なんかを思い出すと思ったら暴走族の色使いだった。そっか、東照宮は400年だか前に山奥の杉林の中でやられた暴走族の集会跡だったんだ。すんげぇ納得。

nikko4.jpgnikko5.jpgスッキリしたところで次の日は足尾に。
超有名な銅山のあった街だ。

ほんとは銅山施設の中を見たかったのだけど、廃墟のまま放り出されているかと思ったら、別な会社が管理していて中には入れなかった。仕方無いので銅山観光という街が作ったテーマパークもどきに行く。でもこれがなかなかいい味を出していてトロッコに乗ってほんとに使われていた坑道に入っていって、水の滴る坑道の中、当時を再現した人形とかを見ながら歩いていくという趣向。下の写真は地下水がせき止められているところ。幻想的です。トロッコが坑道の中に入っていくところなんてまるでガラージュだったし、結構満足しました。足尾に行くようなことがあったらぜひ(といっても他に見るものなんてなんにもないド田舎ですが)。

nikko6.jpgオマケ
格好良すぎの金物屋さん。

030701.jpg030701-2.jpgバイクの電気が点かなくなったせいで久しぶりに電車に乗った。そんなわけでカメラを動員してみたのだ。あんま面白い写真無いけど。

写真が楽しめる理由っていくつかあると思うのだけど、どれもあまりしっくりこない。思いつくままあげてみると、色で見せる、違和感で見せる、主観で見せる、被写体の強さで見せる、コンポジションで見せる、思い出で見せる、他にもあるかもしれないけど、これらの内、色やコンポジションに関しては絵の方がずっと面白いと思う。自分で面白いと思えるのは主観(アラーキーとか)か被写体の強さ(ドキュメンタリー)だ。そしてたぶん一番興味があるのはドキュメンタリーの延長上として架空の被写体を作り出してそれを撮ることだ。これはドキュメンタリーとは言わないのかもしれないけど、被写体で見せるという意味では自分の中ではあまり変わらない。ジオラマに惹かれる理由もたぶん共通しているんだろうと思う。でも本気でこれをやろうと思ったらとりあえず絵は描かなくなると思う。

関係ないけど、写真というのは全て「念写」なのではないかと考えてみた。ずるい仮説だけどある意味ほんとのことだと思う。

hanabi9.jpgどんなに忙しくたって花火だけは行くんです。何をおいても行くんです。歩いていけるし、もうずっと行ってるし、大した時間じゃないし、なにより好きなんです。

hanabi6.jpgてわけで、サンドイッチとビールを持って花火見物に行って来ました。でも今年の花火はずいぶん様子が違っていたな。音楽鳴ってるし、アンパンマン花火(一応顔に見える)やらドラエモン花火(これはちょっと厳しい)やらキティちゃん花火(なんとか判別できる)やらのこどもに媚び媚びプログラムもあるし、いや笑って流すけどさ、取り敢えず音楽は無しでお願いしたいって、そうも行かないのか。でもまあ花火なんで、しかもこの俺がデジカメ持って出掛けるようなんだから、どっちもどっちだぁね。写真なんて撮っていたら楽しめないこと甚だしいったらありゃしない。でもとにかく花火なんで写真は前半でとっとと切り上げて、後半は手ぇ叩いて声だしながらしっかり楽しんできました。

ru000029.jpg今朝バイクで走っていたらとってもいい気持ちでした。空が高くて、風が吹いていて、雲がいっぱいで、高い雲と低い雲は形が違って速さも違って、低い雲は速く、高い雲はゆっくり。すき間には濃い青の空が見えています。いつも通る道なのに、どこを走っているんだかわからなくなってくる。行ったこと無いけど、ブラジルのスコールのあとでもヒマラヤ山脈の上で雲が通りすぎた後でも同じような気持ちになるんじゃないかと思えるような新しさ。世界が新しいって素敵です。そろそろ梅雨も明けるんですね。

最近ハマっているもの「セルフ給油」。
一回やってみたかったの。自分でガソリン給油。

アメリカ映画とかみるとよく出てくるでしょ、煙草くわえたまんま、埃っぽくてなんもないだだっ広いところにぽつんとあるようなスタンドで、退屈そうに給油しているような光景。かったるくて自由そうでイイなぁと思っていたら、近くに出来たんです。セルフ給油のスタンドが。こりゃやるっきゃないでしょって感じになって、早速やってみたら、最初は変に緊張しちゃって自分で笑っちゃいました。でもそれ以来ご愛用です。といっても車じゃなくてバイクなんで、満タンに入れようと思ったら溢れないように変に気を使うし、ゴチャゴチャした町中なんで映画のイメージとはほど遠いですけど。

まあ、それにしてもガソリンスタンドのバイトはやったこと無いし、これって意識してなくてもやってみたいことの内に入るようなものです、自分的には。なんか子供がバスの運転手になってみたいってのと同じレベルなんだけど、こういうのって大事です。この前いったホームセンターでは小学二年生ぐらいのかわいい女の子が永遠と展示してあるレジスターをチーン、チーンとやってました。彼女はきっと立派なレジ打ち少女になることでしょう。

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市のリサイクルセンターは、たまに行くと思わぬ掘り出し物に出会える。運が良ければ、丁寧な作りの良い木を使った(合板が使われていない)古い机や整理棚をみつけることが出来るが、そういうものはすでに買い手がついていたりすることが多い。今日は雨は大丈夫かなと思いながら出かけていき、図書館のついでに久しぶりに寄ってみた。 私のすぐあとから勢い込んで入ってきた年輩の女性が「小さなテーブルでいいんですが」と職員に聞いていた。会社内で喫煙所を設けるのに、テーブルがあれば椅子はなくともそれっぽくなるからと。 わたしは棚の裏側で、そのふたりの会話を聞きながら色々考えた。椅子をおくよりテーブルのが場所をとらないのかもとか、おいた途端にそこは喫煙場所に早変わりとか、テーブルを囲んで哀れにも立ったまま煙草を吸う社員の姿だとか、それはとても情けなく疎まれ続けるんだなぁ、、、とか。 駅のホームに線で四角く囲って、さあここで吸いなさい、でもこの線から出たらいけないんだぞーっていうのがあるけれど、中にいるのも外で見ているのも寂しい気持ちになってしまう。どっちの立場にいても格好悪くて落ち着かなくなるのは、やっぱり賢いやり方じゃないだろうそれは、と思う。 そして、先ほどの年輩の女性は低くて小さなテーブルを1000円で購入。市の職員が「まだ、煙草吸っている人がいるのか」と言い、「いっぱいいるわよ、いっぱい」そういうと女性はヒョイと小机をかついで出ていったのでした。

夜も晴れて、満月。

kame.jpg亀もひなたぼっこ。
てのは嘘でこれはおとといの写真。
でもきっと今頃ひなたぼっこしてる。

hebi.jpgこれもおとといだけど、2メートルぐらいのアオダイショウ。
ひさびさに見た。
捕まえようかと思ったんだけど、何する当てもないので、そのまま触って遊んで眺めてました。ヘビを首に巻くと気持ちがいい。ひんやりしていて滑らかで。頭から尻尾に向けて手のひらの中を通すとスルスルと行くのに、逆だだとカリカリと腹のウロコが引っかかる。

hare.jpgとにかく今日はいい天気。
でも寝ないとダメなので、そろそろ寝ます。
いい天気の気持ちで寝よう。

0304303.jpg昨日撮った写真です。
これはメッチャ怪しいインド料理屋。まだ入ったこと無いんだけど、これでカレーが旨かったら最高です。あ、今気が付いたけど、カレーだから黄色く塗ったんだ。しかしセットで500円からなんです(安すぎ)。その上客が入っているのを見たことがありません。メニューを見る限りでは値段以外は普通なんだけど相当勇気がいります。でもムズムズ。


0304302.jpg030430.jpg駅の近くのアーケード。いい味だしてます。
こちらにはラーメン屋があって、写真を撮ったときは午前中だったのですが、そのあと昼過ぎに通ったら行列が出来ていました。この店以外は閑古鳥、というかほとんど閉まっています。旨いんだろうか?値段は激安みたいだったけど。今度地元探検ツアーに出てみよう。

免許センターというところにいったのですが、奇妙なところでした。流山市という所にあるのですが、市とは言っても周りは畑や雑木林ばかり、そこにいきなりポストモダン(様々な時代の様式が引用されたりテクノロジーが「デザイン」になったりするようなやつ)な建物が建っています。お台場辺りに建っていれば目にも留まらないでしょうが、ここでは違和感バリバリです。

一歩中にはいるとおきまりに天井が高くあちこちに無駄な意匠が施されています。そして中には若いヤンキー兄ちゃんや管理職らしい年輩の人やOLや威勢の良さそうな鳶職人や妊婦の人や母親の付き添いで来ている25才ぐらいのお宅系の人など、そりゃもうよくもこの空間にこれだけバラバラな人が集まったもんだと思えるぐらい、いろんな人が無言で順番待ちなんかをしているわけです。たとえ電車の中や新宿辺りの街でもこの「平等さ加減」は実現しないでしょう。そしてこの薄ら寒い空間がその集団の「つながりの無さ」を強調して、なかなかにイイ味わいです。あまりに何もかもが嘘臭いのでまるでエドワード・ホッパーの絵を見ているような気がしてきます。

すると、そこにやけに存在感の強いおじいさんがいました。年はたぶん65才ぐらい。頭は白髪をキレイになでつけています。不潔な感じはしません。姿勢もしゃきっとしています。白いワイシャツを着て黒いズボンをはいています。ズボンはテカリがでていておまけにあちこち破れています。ミシンで丁寧に何カ所も縫ってありました。靴はナイキかオニツカかなんかのハイテクシューズ。全体が泥で茶色くなっています。肩からはかなり使い込まれた、感じのいい茶色の革のバッグを提げて、手にはベコベコになったステンレスの大きな魔法瓶式水筒。この組み合わせ、ただ者ではありません。一体何をしている人なんでしょうか。

僕はその人を見たとたん、それまで見ていた集団や建物が一気に相対化されるのを感じました。つまりそれまでの情報量よりも、このおじいさんひとりが持つ情報量の方がずっと多いように感じられたのです。

かっこいいーーー!たった一人でこの建物ごと相手にしちゃって、しかも屁でもないって感じです。人間かくありたいものです。

このところ毎日のように江戸川という割と大きな川に懸かる橋を自転車に乗って渡っているのですが、ちょっと面白いことに気付きました。それは「普通の人」は歩いたり自転車に乗ったりして大きな橋を渡ることは非常に少ないということです。

特別な目的を持っている人(ジョギングをしている人とか)、他に選べない人(ホームレスでお金がないので電車に乗れない人)とかがとても多く、ふつうの街路などと比べるとそこを通行している人の人種の割合が全く異なっているのです(そういえばこの橋を最後に歩いて渡ったのは酔っぱらって朝帰りをしたときでした)。普通の人はもちろん車やバイクに乗って橋を渡るわけで、橋の歩道では全くの別世界が繰り広げられているというわけです。ドキュメンタリーかなんかで、「長い橋を渡る人々」とか撮ったら妙な映画が出来上がりそうだなと想像してしまいました。

ところで僕は橋がとても好きです。橋のイメージというとよく言われるように異界への入口という感じが一つあります。子供の時に近くに木根川橋(キネガワ堂の由来)という長い橋があったのですが、その橋は当時まだ木橋で人と自転車しか通ることは出来ず、しかもボロボロで子供一人平気で川に落ちることが出来るぐらいの裂け目があちこちにあるというとんでもない橋でした。
始めておじいちゃんに怪獣映画に連れていってもらったとき、この橋を渡って対岸の映画館まで歩いていったのですが、子供の気分としては外国にでも行くような気持ちでこの橋を渡ったのを覚えています。行ったのが映画館だったこともあり、まさに異界への入口だったわけです。行きには気にならなかった橋の裂け目が、帰りには妙にリアルに見えて下に流れる川に吸い込まれそうに感じたのは、今にして思うと微妙な変化が心の中に起きたせいなのかもしれません。

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