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080928_fly.jpg怪獣の演出用に虫をもっと登場させたいなぁと思って顕微鏡画像とかをいろいろ調べてた。この絵はそれらを眺めた記憶だけで描いたので極めて適当。ハエのイメージです。複眼デカ過ぎです。

そういえば、参考画像とかを集めてもそのまま描くことってまず無いです。理由はそうやって描くのはつまらないから。理解の範囲内ででっち上げるのが楽しい。

それと怪獣のオープニングに2枚ほど付け加えたくなってしまいました。最初の4枚も描き直さないとならないし、今のうちにやっておこうかと思っています(続きも描きつつね。きょうもラフを8枚ほど描いた)。今のところの計算だと、どうやっても半年以上は掛かっちゃいそうだし、先を焦ってもしょうがないよなと。アリスの時が半年。天国への自動階段が1年。ガラージュは2年半ですからね。まあ、時間は掛かるもんだ。

080815.jpg昨日うちの裏の網戸にくっついていた虫。見たことある人はどれぐらいいるんだろう。俺はうまれて初めて見た。自慢じゃないけど、昆虫はかなり好きだ。種類だって普通の人よりはそこそこ知っている。でもなんだかさっぱり分からなかった。

最初は羽化している途中なのかと思った。だって前足が長すぎるから。普通蛾や蝶の幼虫はこんな前足はしていない。にしても足が細すぎる。カゲロウの仲間なのか?アリ地獄でもなく、近くに水もないのに?

早速調べてみたがなかなか見つからない。ヘビトンボの幼虫はちょっと近い気もするが全然違うし、やっぱり蛾なのかと思いさらに調べていくとやっと発見。シャチホコガの幼虫だそうだ

うーん、自分の家の周りにこんな奇妙な幼虫がいたなんて。恐るべし昆虫界。ちなみに成虫は極めて普通

050729.jpgこのところ条件が揃ったこともあって、ゲーム企画にスイッチが入ってます。だいたい何かに本気になってくると、日記を書いたりするのがおろそかになるパターン。楽しみにチェックしてくれている人にはほんと申し訳ない。もうちょっと作業が進んだらスクリーンショットとかアップするつもりなんで捨てないでやってください。

…という言い訳NEWS、ってどうなのよつう話ですね。とほほ。しょうもないので写真でも貼ってお茶を濁してみたり。

たぶん生まれたてのアゲハチョウ

040915.jpgキボシカミキリ。さっき飛んでいるところを捕まえた。割とよく見かけるやつだけど、子供のときはこんなんでもかなり嬉しかった。

そういえば深夜に今年の異常気象の解説をしている番組を見ていて面白かった。なんでもギリシャで発生した低気圧のせいで偏西風が蛇行して、その蛇行のうねりが日本に届いたときに太平洋高気圧を発生させたんだという説明だった。なんでギリシャにそんな低気圧が発生したのかは原因がわからないんだそうだ。

全てはつながっていて、目に見えなかったり、気が付かないところにもたくさんのつながりがある。複雑系を知ることよりも、複雑系を生きることのほうが大事だって気もするんだけど、知りたい欲望もまたなくならない。でもどのように知りたいかということがシンプルになればその欲望もいいものじゃないかと思えてくる。再現性がなくても、説明がうまく行かなくても、知り得たことが無駄なわけがない。カミキリムシの触覚が感じることだって「完全な一部」だと思うんだ。

040803.jpgこの間何をやっていたかというと、チムリク用にWindowsマシンをもう一台組み立てたり、8年ぐらい使い続けてきたMacintoshがそれに嫉妬したのかついにぶっ壊れてしまい、そいつをもう一台合体させて修理したり、とにかくコンピュータばっかりいじっていたのです。もう当分は触りたくないやってぐらい。くそ暑いのにいったいなにをやっているんでしょうか。

写真はウシアブの頭。
よく山のほうでは見るやつだけど、ウチの周りでは見たことなかったのに、今年はなぜかたくさん見かける。眼の間から針が出ているのがわかると思うけどこれでチクっとやって体液を吸うイヤなやつ。

ずいぶん間が空いてしまった。この三日ほど何をしていたかといえば、飲んだり、Windowsマシンのセットアップをしたり、また飲んだり、またセットアップをしていたりしたのだ。いろいろ身の回りに変化が多くて、落ちつかないったらないのです。遊んでいるだけじゃん、って話もあるが、変化バリバリなのはホントなんですってば。

とかどうでもいいことを言っているけど、もう夏ですよ!ヒグラシだって鳴いてます。今、ちょうど朝鳴きが始まりました。なんていい声なんでしょうか。あの鳴き声ってカナカナって言われるけど、あんまりしっくりこない。「フィリフィリ」とか「リティティティ」とか、もう少しふさわしいあらわし方がありそうだけど、こうやって書いてみると、これもいまいちだな。蝉の鳴き声とか鳥の鳴き声とかそれ自体が名前になっている種類も多くて、さらに方言まであったりするんだよね。自然の音を少ない音のバリエーションで置き換えるのって面白い。制限があるからこそ多様な解釈のバリエーションが生まれる。

ニイニイゼミも目を覚ましました。

ジイーーーーーージイーーーーーー
リティティティティティティティティティ

暑いなぁ。今部屋の中が30度あります。3日ぐらい前には蝉も初鳴きしていました。いくらなんでも早過ぎねぇか?

あ、今も鳴き始めた。ニイニイゼミ。この辺じゃ最初に鳴くのはこいつです。山の方だともっと早くにハルゼミというのが鳴く。そういうえば蝉って出始めの頃は鳴き方が下手なんだよな。ウグイスもそうだけど、そういうもんなのかって感じだ。鳴き方なんてDNAに組み込まれていて最初から同じ鳴き方しか出来なさそうなものだけど、気温とか(昆虫は変温動物だから外気によって筋肉の動きとかが相当影響を受けると思う)慣れとかで上手く鳴けたり下手になったりするんだな。そんでもってやっぱり鳴き方が下手だとモテなかったりするに違いない。求愛が下手だって事だもんね。

ところで昆虫とかの人間以外の動物に対しての個体差って普通はあんまり問題にされないけど、ペットだったら明確に意識されるように(アメリカ人からみたら日本人の顔が区別できないのと同じで)、それってただの情報量不足による鈍さがあるだけで、実際のところは地球上の全ての生物に個体差があるわけでしょ?この単純で当たり前なのに驚くべき事実はもっともっと意識されてもいいことのように思う。ある個人にとって世界が新鮮に見えるということはそういうことだ。

tommbo.jpg
ジョロウグモの巣にかかった、今年最後のトンボ。もう冬。

sakurakogane.jpgこの前アップしたのはほんとに緑だったけど、これはちょっとお上品な色をしている。和風。死んだマネ中です。

関係ないけど、やたら忙しくなってる。いったいどうしちゃったんだろう。このままだとほんとに[ru]がヤバイぐらいだ。仕事ないのも困るけど忙しすぎるのも考え物だ。贅沢言えるようなもんじゃないけど、[ru]がちゃんとしていないと自分の場所がどこだか分からなくなりそうだ。うぅ、ボランティアでも募集するかな。グラフィックデザインとウェブデザインできる人、っていないだろうなぁ...だいたいそういうことやってる人ってのはみんな時間がないか、自分でやりたいことがあるかのどちらかに決まってるんだよね。本気で無理っぽくなるまではなんとかやるしかないか。
ちと気張っていこう。

kogane.jpgこの手のやつって種類が多いので、ちゃんとした名前は図鑑見ないとわからない。撮ったのはTOKIYA氏。しかし生物の精密さと美しさにはホレボレする。いやんなるぐらい、もうどうにでもしてってぐらい凄すぎる。こんなにいいものがあるのに、なんでなんか作る必要があるだろうか、とさっきまでは思っていたんだけど、これを書きながらそうじゃないような気がしてきた。たぶん逆だ。こんなにいいものがあるから、なんか作りたくなるんだ。お得なことが分かったような気になったので今日はここで終わり。

jakou.jpgジャコウアゲハっていうアゲハです。割と珍しい。自分で捕まえたんじゃなくて身内が捕まえたのを貰いました。綺麗です。標本にするのも面倒なので写真を撮ってから逃がしてあげました。

幼虫はウマノスズクサというのを食草にしていますが毒があるので鳥に襲われないのだそうです。成虫になってもお腹が赤くてそれっぽい。近くにもいるようなんだけど自分で捕まえたことはありません。

このアゲハ、最初に見たのが小学生の時でその時も捕まえたのは兄貴でした。奥多摩あたりで。要するに自分では一度も捕まえたことがないんです。ちぇ、ちぇっ。

今図鑑で調べてみたら、さなぎは「お菊虫」って言われているそうで、江戸時代に無実の罪で手打ちにされたお菊という女の人の伝説に由来しているって書いてある。さなぎの形が後ろ手に縛られた人間の形に似ているらしくて、その上、墓地とかにこいつのさなぎが多いからだろうと書かれている。うわぁ?、出来過ぎだなぁ。こんなの読んじゃうと成虫もいかにもそれらしく見えてくる。こういうの嫌いじゃないです。昔の人がどんな風に連想して想像力を働かせたのかがよくわかる。そして急に対象がリアルに感じられてくる。

こういうリアリティって現代ではとても希薄な感じがする。せいぜいブランド物語とかアイドル伝説ぐらい。それって限定されたところに集中しすぎだ。手の届くところにこそそんなリアリティが必要なのに。そうじゃないと生きるのが窮屈すぎる。
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ガラージュ、今日からまた少しやります。
あんまり時間ないけど、少しでも進めるつもり。

kuwa.jpg
クワガタ。
この季節に、なかなか立派な。早すぎるよ。まだ6月になったばかりじゃないか。

みんなと違うって大変な運命。孤独な奴。

mukade.jpg
mukade2.jpg
seiuti.jpg
この前買ったデジカメに単眼鏡をバラしたレンズをつけてマクロで遊んでみました。上のムカデはチムリク写。下のはサクバ。スッゴイです。もう何でもありですね、このカメラ。単眼鏡望遠は35mmX3X7で700mmぐらいだし、マクロは数ミリまで寄れます。その上動画もメチャ綺麗だし、録音も延々と出来る。200万画素なのでプリントサイズは大きいのが望めなかったり、録音はモノラルだけで音質はショボかったりするけど、遊び道具としては充分です。というかflashとかの素材にしたり、テクスチャーを撮ったりする分には充分すぎるぐらいです。

これで急に思いついたヘンテコメロディも録音できるし、散歩中に出会う素敵なサビサビも撮っておけるし、図鑑で調べられないような小さな生き物もじっくり見られるし、超コンパクト三脚も買ったのでコマ撮り遊びも出来る。どうしましょって感じですよ。

ところで今年はムカデ多いなぁ。もう2匹目です。多足類が多い年とか昆虫が多い年とか、こういうのって波があります。畑の豊作と凶作みたいなものです。ムカデは一番恐いのであまり歓迎できません。ちなみにこの写真のムカデは4センチぐらいの小さい奴。写ってるのは半分に切られているので2センチぐらいです。カッコいいんだけどね。

isoge.jpg忙しいのです。自分発ではない、やらなければいけないことが溜まっているのであります。そんなわけで大急ぎでどうでもいいような絵を一枚描いたのでした。

蝶と蛾には種としての区別はありません。触覚がこん棒状になっている種を蝶と言っているだけなのです。蛾は毛がいっぱい生えているとか、お腹が太いとか、必ず夜に活動するとか、色が汚いとか、そういうのは全部偏見です。
気持ちに余裕がなくて書くことが思いつかないので豆知識を披露してみました。

ちなみにこれも蛾です
では、またあした。

butterfly1.jpgbutterfly2.jpgチョウチョです。下のはちょっとルドン風ですね。
極彩色の楽園風の絵って前から描いてみたいと思っているものの一つです。人工的な感じがするぐらい鮮やかなのにハイパーリアルなリアリティがあってウットリするような感じ。サイケデリック系になるのかなぁ。

パステルなどでは何度か挑戦したことがあるのですが、どうもぼけた感じが気に入らなくて、それっきり描かなくなってしまったんです。それに鮮やかな色って自分を見失いやすくて難しかったというのもあった。色数が少なければコントロールしやすいのですが数が増えると面倒見きれなくなってしまう。でも今ならなんとかできそうな気もします。

サクバは花鳥風月に目覚めるのか?!

haramusi.jpghanemusi.jpg機械でも生物でも架空のものを考えるのは楽しいです。でも生物は難しいです。特に昆虫。知れば知るほど難しい。まず元が非の打ち所が無く素晴らしい。これはどんな生物でも一緒。でも昆虫はそのバリエーションがとんでもない!「これは新しいだろう」と思って描いていると、ほんとにいちゃったりするんです。荒唐無稽なのを考えるにしても、「リアルな荒唐無稽」じゃないといやなので、もっともっと知るしかないんだろうと思います。

こういうのは怪獣などもそうなので、割と昔から描いていたことになりますが、本気になったのはドゥーガル・ディクソンという人の「新恐竜」という本がきっかけでした。この本は、もし恐竜が絶滅していなかったらという仮定の下に、本物の生物学者である著者が様々な恐竜を考案して図鑑風に見せる本なのですが、もう、素晴らしいです。他にもアフター・マン(こちらは人類死滅後)という本もあってこれも面白い。

ついでに似たようなのを紹介するとハラルト・シュテュンプケという人の「鼻行類」や、レオ・レオーニの「平行植物」なども面白いです。とくに「鼻行類」はある意味「新恐竜」よりも傑作です。

うう?、作品づくりに没頭したい。今月はなんだか忙しそうなので、お絵かきはもちろんのこと、サイトの方もあまり時間が取れ無さそうです。スピードノロ目ですが我慢してね。
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ガラージュ動作確認アンケート、まだまだこれからだぜよろしく実施中!

さっき家の中で、というより自分の机でエゾカタビロオサムシを捕獲しました。
実は昨日から家の中で目撃情報はあったのです。「何やら見たことがない甲虫がいる」と。ウチは全員虫は平気(といってもゴキブリやゲジゲジやムカデは勘弁ですけど)なので、しかもそれが甲虫となればこれは困ったニュースではなくていいニュースです。オサムシというのはゴミムシなどの仲間で(というよりゴミムシもオサムシ科)、北海道などには恐ろしく綺麗な種類もいます。昆虫好きの人にはかなり人気がある種類なのです。だいたいが肉食です。普通にいる奴は背中の羽がくっついていて飛ぶことが出来ず地面を割と速いスピードで這い回っています。

今日捕まえたエゾカタビロオサムシというのは、そんなオサムシの仲間でもちょっと変わっていて木の上を住処にしていて蛾の幼虫などを食べるそうです。しかも飛べる。昨日の目撃情報でも「確かに飛んでいた」「見た目はオサムシみたいだった」といわれていたので、カタビロオサムシだろうとは思っていたのですが、でも僕が今までに捕まえたことがあったのはクロカタビロオサムシという奴だけだったので、生まれて始めてみた種類だったのです。急に血圧が上がったのはいうまでもありません。リンクの写真じゃよく分からないけど、銅金色の光沢がとてもキレイです。嬉しい?(しかし虫の事なんてどうでもいい人からしたら、ちょっと色が違うだけじゃないのって感じでしょうけど)。

ところでこれを書くためにちょっと調べてみたら、なんとこの虫はレッドデータの減少種に指定されているらしいです。その割には捕獲情報も大量にありましたけど。お隣の東京都は葛飾区にもいるみたいだし。さらに調べると今度は売ってました。5匹で一万円也。南西諸島産って亜種とかで珍しかったりするんでしょうか?

標本はどうしようかなぁ。ちょうどいい標本箱があれば迷わずしちゃうんですけど、どれもいっぱいだしなぁ。もう少し眺めてから考えようっと。

夕方、買い物がてらちょっと散歩に出たのですが、近くの公園でムラサキシジミを捕まえました。名前の通り青紫色の金属光沢を持つ小さくて綺麗なシジミチョウです。間近で綺麗な羽を見させて貰ってすぐに逃がしてやりましたが、あまり元気はありませんでした。風が強かったせいかもしれません。

昆虫にはこのシジミチョウのような金属光沢を持った種類がたくさんいます。ウチは千葉県のふつうの住宅街ですが、蝶では他にウラギンシジミやカラスアゲハを見ることが出来ます。甲虫ならば玉虫やたくさんのゴミムシ、オサムシ、ゾウムシ、コガネムシにハムシなど大量の綺麗な虫を見ることが出来ます。

このような金属光沢はふつうに説明されている理由によれば、警戒色としての意味を持つのではないか、とか言われていますが、ほんとの所はどうなのでしょう、と、僕はいつも疑問に思ってしまいます。だって綺麗すぎる。もちろんどんな生き物も信じられないぐらい美しいのですが、蝶の羽の文様や配色、ハンミョウの羽の異常な鮮やかさ、そして金属光沢の虫たちを見ると、そこまでしなくてもいいだろうというぐらいのとんでもないパワーを感じます。

大学生の頃の生物学の先生が三木成夫という先生で、とても面白い先生だったのですが、その人の説によると、「蝶は綺麗になりたいから綺麗に進化したのだ」といっていました。これってすごく強引だけど、僕は「そうだ、そうだ」と非常に納得してしまい、あれ以来ずっと綺麗なものを見るたびに「お前はこんな風になりたかったのか」と思ってしまうのです。そして金属光沢(といっても虫たちの方が先ですから、この言い方はおかしいのですが)の虫たちを見ると「なりたいパワー」のとんでもなさに心を奪われてしまうのです。

僕は人も同じように「なりたい者になる」ものだと思っています。逆の言い方をすれば「なりたい者にしかなれない」。問題は自分は何になりたいのかをを本人は知らないと言うことです。でもたぶん自分が何になりたいのかを問題にするべきではないのでしょう。言い方がループしていて分かりにくいかもしれませんが、「なろうとし続ける」事が「なりたい者になる」事の本質のような気がするのです。

急に思い立って蛍を見に行ってきました。
都会の人は蛍なんて聞くと随分遠くまで行ったんだなぁ、と思う人もいるかも知れませんが、家からバイクで15分ぐらいの所です。花火ほどではありませんが、蛍もよく見に行くんです。

そこは元貯水池として利用されていた湧水のある湿原で、東京から川一本隔てた街ににあるとは思えないほど木がたくさん生えていて虫もいっぱいいます。今日などは涼しかったので、まるでどこか山の上の湿原に来たような感じさえします。なかなかいいところです。今は公園として管理されていて普段は夜は入園できないのですが蛍が発生するこの時期だけ夜の8時30分まで「蛍鑑賞会」として公開されるのです。

実はもっと近くにもう一カ所蛍がいるところがあるのですが、こちらはただの斜面に沿った舗装道路脇、ほんの少し湧き水が出ているところがあって、そこでも見ることが出来ます。車なんかで走っていたら絶対気が付かずに通り過ぎてしまうような所です。実際見つけても、「何故こんな所に」と驚いてしまうような場所で、これはこれである意味風情のあるとこです。でもせっかくの夏の夕方、散歩も兼ねてとなると高原のような湿地帯の方が、ねぇ?

ちょうどすぐ近くにある身内がやっているバイク屋に用事もあったので、そこにバイクを止めさせてもらって、のんびり歩いていくことにしました。ヒグラシも鳴き始めてイイ感じです。途中コンビニによって白ワイン一本とコロッケとメンチカツバーガーを調達。

ところがいざ着いてみるとやたらに人がいっぱいでビックリしてしまいました。いつもの五倍ぐらいの人がいるのです。なんで?前はパラパラしか人がいなくて静かでよかったのに、何なんでしょうこの賑わいは。これも不況のせい?

仕方ないのでうるさい家族連れや子供会集団がいなくなるまでワインをラッパ飲みしながらコロッケをつまんで待つことにしました。だってこの行列に加わって散歩するぐらいなら、蛍がいるということがわかっている場所で蛍を見ずに涼しい空気を楽しむ方がいくらかマシってものです。

しかし子供というのは哀れな存在ですね。「おうち帰ったら蛍の勉強しようねぇ」「こっち来い!お父さんの手の中に蛍がいるぞ!」............
何故親というのは全てを台無しにしていくのでしょうか?あ、そこのお父さん、杉の木を見たってカブトムシはいないよ。お願いだから人の顔を懐中電灯で照らすのはやめて下さい。ワインぐらい飲んでてもいいでしょ?(ちなみに僕は家族見物をしながら、飛んできた立派なオスのカブトをゲットしました。今年はこれが初物です)

それでもしばらくすると急に静かになってきました。さ、行きましょか。

今年も蛍は淡い緑色の光りをチラチラさせて生きていました。あまりに小さい光りなので、蛍を探そうとするとあらゆる闇に蛍がいるような気がしてきます。
思えば蛍を初めて見たのってオトナになってからでした。子供の時にはとても憧れていたのにずっと果たせなかったんです。でもこうして何度も蛍を見に来ていると、ずっと昔から見てきたような気がしてきます。やっと自分の世界の中に蛍が住み着いたんですね。

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