俺のブラウザのブックマークフォルダにはCheckというフォルダがあって、毎日見に行くようなサイトは全てそこに入れてある。ちょっと前まではいつもそのフォルダの中のサイトを一つ一つ開いて見に行っていた。
ところがRSSリーダーを使うようになってから、全くと言っていいほどそのフォルダを使うことがなくなってしまった。ほとんどのサイトの更新情報は日記の部分であったりするわけで、作品ギャラリーの追加のような大きな更新はそうそう出来るものではない。またそういう更新があっても日記でお知らせするものだ。つまり日記や掲示板さえチェックしていれば、自分が知りたかった情報はほとんど知ることが出来るわけだ。これは逆に言うとRSSを吐き出さない日記のシステムを使っているサイトにはご無沙汰になったということだ。要はブログ化されていないサイトは見ないようになってしまったわけだ。
何故か?その答えは簡単で速いからに尽きる。
今使っているRSSリーダーには70以上のフィードが登録されていて、そこに100から200ぐらいの記事が毎日配信されているけど、それぐらいの量だったら苦もなくチェックできてしまう。おそらく何百も登録している人だっていっぱいいるだろう。これだけの情報をブックマークからいちいちチェックするのはとんでもない手間だけど、RSSリーダーはそれを可能にしてくれるわけだ。
同じことはタブブラウジングにもSNSにもTumblrにもTwitterにも言える。より手軽に、より速く、求める情報に繋がりたいという欲望がそのシステムを加速させる。これまでいちいちHTMLを手書きしていたような人がブログに移行し、ブログでやっていた人はTumblrに移行し、同時に、見るだけだった人が発信者としても参加するようになる。なんという便利で平板な世界。
しかしほんとにイイ事ずくめなんだろうか?そこで流通する情報の大元は誰が作っているんだ?その源流の発信者には正しいトラフィックと利益は還元されてるのか?そう考えると納得いかない気持ちがムクムクとしてくる。技術の進化の方向が間違っているとは思わない。そういう問題じゃない。たぶん問題なのは人の欲望の方だ。
発信される情報には2種類ある。一つは作品やプロダクトや犯罪などのニュースソースなどと言われるような情報であり、もう一つはそれらを寄せ集めたニュースだ。そして人々が求めているのはニュースであってニュースソースではない。だから利益やトラフィックはニュースに集まる。手軽さによって爆発的に増殖した発信者たちも、そのほとんどはニュースを再生産しているに過ぎない。でもそれっておかしくないか?トラフィックと利益はニュースソースにもたらされるべきじゃないのか?まるでジャングルと伐採業者のような話だ。それってただの間接的搾取じゃないか。
昔に戻ればいいとは思わないし、引き返す必要なんて無いし不可能だ。ただかつてのインターネットにかすかに感じられた、ニュースソース達の存在のあり方が危機に瀕しているように見えるのだ。何とかできないかと思うのだ。
11/2 03:11
テキストエディタやアップローダーはこれだけ普及してブログツールにも統合されているのに、なんでサウンドエディタやグラフィックエディタや3Dエディタの統合はされないんだろう?難しいことじゃないはずなのに。それとも既にあるのかな?
手書きブログやドロワーを試しているのも、その辺に不満があるからってのが一つの理由だ。当然そんな風な統合ツールが出てくれば、そこからそれぞれの情報をどんな風につないでいくかなんてのは、どんな風にもデザインできるわけで、SNSみたいな囲い込みに取り込まれることなく、より大きな自由と活性化をもたらす事だって不可能ではないと思える。現状のブログランキングだとか、Pixivの評価システムとかはどうにも偏った価値観を育てているように思えてしょうがない。
04:20
この問題はブログが流行り始めた頃に検索エンジンのアルゴリズムが破綻するんじゃないかと思っていたことの結果のように見える。グーグルの、より多くの優良サイトからリンクされているサイトは同じように優良コンテンツを提供しているというサイト評価システムは、それが登場した頃にはとても有効に働いていた。画期的だった。でもブログによってそれは崩れたと思ったわけだ。ゴミのような情報が増えすぎて、グーグル以前の状態に戻されたようにさえ見えてしまう。
確かにネット上には有益な情報がかなりの範囲でアップされるようになった。昔書いたエントリーで、消費者のための情報は充分すぎるくらいあるのに、製作者のための情報は貧弱すぎる、というようなことを書いたことがあったけど、そういう情報だってしつこく探せばちゃんとアップされている。図書館の暗がりで10年ぐらい開かれたことないような本にしか載っていなかった写真が、あっさりと見つかったりする。でもそういう変化は、ほんとに真剣に求めなかったら見えないような変化でしかない。
つまり、情報はあるのに評価されない。評価されないから消える。ということが現状になってしまっているように見えるのだ。効率よく伐採する為のテクノロジーばかりが優先されている。伐採のスピードは成長スピードを上回っている。今に伐採するもの自体がなくなるだろう。地球や社会の循環型経済を考えるよりも前に、自分の体の循環型経済を考えるべきだ。自分の豊かなジャングルを刈り取っているのは自分自身なのだ。
Comments
こういう進化をクラウ
重っ でも面白い。