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タンブラーとかグーグルリーダーとか利用していると、インターネットも従前の意味での娯楽になったんだなぁ、と思った。

例えばもちろんテレビとの違いはある。スクロールさせないと動かないし、クリックしないと再生されない。でもテレビだってザッピングするためにボタンを押しまくり、その為にコントローラーを手放さないことを思えば、なんの違いも無い。

最小の身体的行為で流れる情報を切り替え、反射神経でコンテンツを渉猟する。それが娯楽だ。ゲームだ。自分の体が求める欲望をバーチャルな表現物に晒し、そこであたかも自分の体が生きているかのように錯覚できる感覚を求め、人はチャンネルを切り替え、映画館の椅子に座り、ページをめくり、コントローラーを操作し、クリックし、ひたすらスクロールするのだ。

そこで本人に起きている現実は、チャンネルを切り替え、映画館の椅子に座り、ページをめくり、コントローラーを操作し、クリックし、ひたすらスクロールしたことだけだ。だが、もちろん、そこで得られた情報によって、ジャンプしたり、大事な人が死んだり、使命を成し遂げたり、空を飛んだり、したように身体は反応するわけだ。

人は夢見る生き物だ。たぶん人じゃなくたって夢を見るだろう。たぶん夢見ることは必要なことなんだろう。必要だから夢をみるんだろう。でも、夢は必要なだけ見るべきなんだと思う。必要以上に見ちゃいけないんだと思う。夢に夢を持っちゃいけないんだと思う。

夢に夢を持たせるためのテクノロジーより、必要なだけ夢をみるためのテクノロジーの方が好きだ。

15:03
おそらく、必要な夢とは自分が見る夢のことだ。他人が見た夢ではなく。 俺が思う良い表現物はそのことに気づかせてくれる表現物だ。表現した人もそれを見た人も、その表現によって、それぞれの場所に帰っていくようにあるときにだけ、間に置かれた表現は救われる。そういう表現を見ると、俺は感謝の念に包まれる。あなたがいてくれてよかったと思う。孤独でも間違っていなくて、それこそが正しいことなんだと思える。

俺のこのサイトは、つくづくごった煮だ。もちろん好きでそうしているのだ。それが正しいと思ってそうしているのだ。俺がごった煮的に生きているんだから、それを整理して判りやすくする必要なんて無いと思っているわけだ。

しかし同時に、整理して判り易くすれば、他人に対しては安心感を与え、その安心感ゆえに、利用したいとか、好きになりたいとか思わせることも可能なんだろうとも思うし、むしろ社会的な意味では積極的にそれをやらないなんてバカじゃないのかと言われても仕方ないような事だってことも良くわかっている。

「ジ・アートオブ・トモミサクバ」ってサイトと、「作場知生の自転車ブログ」ってサイトと、「ゲーム作るぜ」ってサイトと、「I wish next technology」ってサイトと、「画像資料室」ってサイトとかをそれぞれ作るのが正しいのだ、人から見れば。そして自分でもそうすることで自分が助けられることが起きたりもするだろうし、グダグダ言っていないでそんな風にやればいいんじゃない?とも思ったりするのだ。

でもこれって分業と同じだよなぁ、という思いが、俺をそこに行かせない。自分で自分を分業化するなんておかしい。

と、ここまで書いて、ひょっとするとこれは単にツールの未熟さの問題に還元できることなのかもしれないと思った。誰もが意識せずとも複数のSNSを利用し、SNS的でなかったようなサービスもSNS化する中で、既にOpenIDだのに進むベクトルは出てきているわけだけど、たとえばの話、自分のサイトを持たずにいろんなところで書き込みをするだけの人が、自分の書き込みを統合して自動的にホームページにしてしまうようなツールがあったら(既にあったりするのかな?)、そんなこと思わなくて済んでしまうようなことが起きるだろう。これはメタサービスだ。メタサービスが無い状況でそれを人力でやるのは面倒なのだ。時間の無駄にしか思えないのだ。

どこに書くか、どんなツールを利用したか、どんなジャンルのことを書いたか、なんて、そんな事を気にせずとも良くなるようになるのは、それほど難しいことではないはずだ。それが出来るまではごった煮で行こう。

081219.jpg風邪ひいたっぽい。熱は無いのに胃がダメダメ。今日は一日寝てしまった。おかげでだいぶ回復。予定は狂うが、病気はいろいろリセットしてくれるんでありがたいけどね。写真は調子悪いのに自転車で買物に出かけたオジサンの図。

ところで以前にもTumblrについて書いたけど(これこれ)、ちょっと嵌ってます。俺のアカウントはここ。風邪をひいていても出来てしまうタンブラー。恐るべき安楽ツール。インターネットとゲームはこれだけでもいいんじゃん?とでも言いたくなるほどの破壊力です。前にも書いたようにいろいろ思うことはあるわけだけど、たぶんそれぞれのタンブラーのページってのはグーグルの検索結果やテレビでニュースがやっていることと何にも変わらないんだと思う。

ああ、でもこれってアカウント作ってそれなりに他人をフォローしてリブログしまくらないと伝わらないと思うけど、試しに自分の作品を全部タンブラーに放流してみたいとか、そんな欲求に駆られるような魅力があります。

ちなみにウチのサイトは無断リンク、無断引用推奨ですよ。盗用は困るけど。作品なんて楽しんでもらってナンボです。

俺のブラウザのブックマークフォルダにはCheckというフォルダがあって、毎日見に行くようなサイトは全てそこに入れてある。ちょっと前まではいつもそのフォルダの中のサイトを一つ一つ開いて見に行っていた。

ところがRSSリーダーを使うようになってから、全くと言っていいほどそのフォルダを使うことがなくなってしまった。ほとんどのサイトの更新情報は日記の部分であったりするわけで、作品ギャラリーの追加のような大きな更新はそうそう出来るものではない。またそういう更新があっても日記でお知らせするものだ。つまり日記や掲示板さえチェックしていれば、自分が知りたかった情報はほとんど知ることが出来るわけだ。これは逆に言うとRSSを吐き出さない日記のシステムを使っているサイトにはご無沙汰になったということだ。要はブログ化されていないサイトは見ないようになってしまったわけだ。

何故か?その答えは簡単で速いからに尽きる。
今使っているRSSリーダーには70以上のフィードが登録されていて、そこに100から200ぐらいの記事が毎日配信されているけど、それぐらいの量だったら苦もなくチェックできてしまう。おそらく何百も登録している人だっていっぱいいるだろう。これだけの情報をブックマークからいちいちチェックするのはとんでもない手間だけど、RSSリーダーはそれを可能にしてくれるわけだ。

同じことはタブブラウジングにもSNSにもTumblrにもTwitterにも言える。より手軽に、より速く、求める情報に繋がりたいという欲望がそのシステムを加速させる。これまでいちいちHTMLを手書きしていたような人がブログに移行し、ブログでやっていた人はTumblrに移行し、同時に、見るだけだった人が発信者としても参加するようになる。なんという便利で平板な世界。

しかしほんとにイイ事ずくめなんだろうか?そこで流通する情報の大元は誰が作っているんだ?その源流の発信者には正しいトラフィックと利益は還元されてるのか?そう考えると納得いかない気持ちがムクムクとしてくる。技術の進化の方向が間違っているとは思わない。そういう問題じゃない。たぶん問題なのは人の欲望の方だ。

発信される情報には2種類ある。一つは作品やプロダクトや犯罪などのニュースソースなどと言われるような情報であり、もう一つはそれらを寄せ集めたニュースだ。そして人々が求めているのはニュースであってニュースソースではない。だから利益やトラフィックはニュースに集まる。手軽さによって爆発的に増殖した発信者たちも、そのほとんどはニュースを再生産しているに過ぎない。でもそれっておかしくないか?トラフィックと利益はニュースソースにもたらされるべきじゃないのか?まるでジャングルと伐採業者のような話だ。それってただの間接的搾取じゃないか。

昔に戻ればいいとは思わないし、引き返す必要なんて無いし不可能だ。ただかつてのインターネットにかすかに感じられた、ニュースソース達の存在のあり方が危機に瀕しているように見えるのだ。何とかできないかと思うのだ。

11/2 03:11
テキストエディタやアップローダーはこれだけ普及してブログツールにも統合されているのに、なんでサウンドエディタやグラフィックエディタや3Dエディタの統合はされないんだろう?難しいことじゃないはずなのに。それとも既にあるのかな?

手書きブログやドロワーを試しているのも、その辺に不満があるからってのが一つの理由だ。当然そんな風な統合ツールが出てくれば、そこからそれぞれの情報をどんな風につないでいくかなんてのは、どんな風にもデザインできるわけで、SNSみたいな囲い込みに取り込まれることなく、より大きな自由と活性化をもたらす事だって不可能ではないと思える。現状のブログランキングだとか、Pixivの評価システムとかはどうにも偏った価値観を育てているように思えてしょうがない。

04:20
この問題はブログが流行り始めた頃に検索エンジンのアルゴリズムが破綻するんじゃないかと思っていたことの結果のように見える。グーグルの、より多くの優良サイトからリンクされているサイトは同じように優良コンテンツを提供しているというサイト評価システムは、それが登場した頃にはとても有効に働いていた。画期的だった。でもブログによってそれは崩れたと思ったわけだ。ゴミのような情報が増えすぎて、グーグル以前の状態に戻されたようにさえ見えてしまう。

確かにネット上には有益な情報がかなりの範囲でアップされるようになった。昔書いたエントリーで、消費者のための情報は充分すぎるくらいあるのに、製作者のための情報は貧弱すぎる、というようなことを書いたことがあったけど、そういう情報だってしつこく探せばちゃんとアップされている。図書館の暗がりで10年ぐらい開かれたことないような本にしか載っていなかった写真が、あっさりと見つかったりする。でもそういう変化は、ほんとに真剣に求めなかったら見えないような変化でしかない。

つまり、情報はあるのに評価されない。評価されないから消える。ということが現状になってしまっているように見えるのだ。効率よく伐採する為のテクノロジーばかりが優先されている。伐採のスピードは成長スピードを上回っている。今に伐採するもの自体がなくなるだろう。地球や社会の循環型経済を考えるよりも前に、自分の体の循環型経済を考えるべきだ。自分の豊かなジャングルを刈り取っているのは自分自身なのだ。

080818.jpgこのツール、Flashを使ったPhotoshopみたいなものなんだけど、かなり凄い。

Pixlr

今までにもこの手のFlashお絵かきツール(というよりこれは画像編集ツールだけど)はあったけど、ここまでツールに徹しているものって見たことない。こういうものがあれば、ネットへ繋がっているだけで、画像編集ソフトなんか持っていなくても、ホテルのロビーのパソコンだろうが、携帯電話からだろうが(現状では動かないにせよ)、誰でもどこからでも絵を描いたり画像の編集が出来るわけでしょ。ウチの劣悪なネット環境とPen4のCPUじゃ、かなりもっさりした感じはあるものの、それでも充分未来を感じるなぁ。最新環境だともっとサクサク動くんだろうか?とりあえずグラデーションツールと筆圧感知対応希望。

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